第52話



「う、うーん……」



 今朝の目覚めの時のように、ケイトは小さい呻き声を上げながら意識が覚醒していく。

 視界が徐々に鮮明になっていくのを感じていると、不意に男の声が聞こえてきた。



「ようやくお目覚めのようだな」



 声のする方に視線を向けると、そこには四人組の男女がこちらを見ていた。



 大柄な体格をした筋骨隆々なスキンヘッドの男、小柄でゴブリンのような見た目をした男、その二人の男の中間くらいほどの少しほっそりした体型の男に、無駄な脂肪が付いていないしなやかな体つきの女の四人だ。



 ケイトに声を掛けたのは大柄な男で、それぞれの立ち位置から男がこのグループのリーダー格であることが窺える。

 彼女は自分の置かれた状況を少しずつ理解しながら、男に向かって問い掛けた。



「ここは何処なんですか? あなたたちは何なんですか?」


「おいおい、今自分の置かれてる立場ってのがわかってねぇんじゃねぇのか? ええ、お嬢さんよぉ」



 そう言いながら、醜悪な顔をぐにゃりと歪ませケイトの問い掛けを一蹴する男。

 それに対して、他の三人が呆れたようにせせら笑う。



「まぁいいだろう、どうせお前はこの先奴隷として生きていくことになるんだ。人として最後の質問に答えてやる」



 そう言い放った男は、ケイトに向かって説明し始まる。

 男曰く、ある人物の依頼で奴隷の調達ためこの街にやってきたのだが、順調に仕事も片付いていき、そのまま調達した奴隷と共に依頼主の元へと戻ろうとしたところ、たまたま宿の外で掃除をしていたケイトに目が止まり、もののついでに連れて行くことにしたという彼女からすれば迷惑極まりないものであった。



「そ、そんなもののついでみたいな理由で私を攫わないでくださいよ!!」


「うるせぇ、とにかくそういう訳だから大人しくしていることだ」



 というような説明を受けたケイトは、自分の今置かれている状況を理解し、周りを見回した。

 そこはどうやら廃墟の中のようで、瓦礫が散乱しており、とても人が住めるような状態ではないほど朽ち果てていた。



 なんとか隙を見て逃げられないかと四人組を観察するも、皆それぞれ戦闘に特化しているようで、ただの宿の看板娘であるケイトである彼女がどう頑張っても逃げられる相手ではなかった。



「ぐへへへ、それにしてもお嬢ちゃんいい体してんなぁ、堪んねぇぜ」


「ひっ」



 そう言いながら、いやらしい顔を向けてきたのは小柄な男で、その顔は男の欲望が如実に表れたものであった。

 そして、男がケイトの体に触れようと手を伸ばしかけたその時、それを大柄な男の声が止めた。



「おい、やめとけ。無傷の奴隷を手に入れてこいっつうのが依頼主の要望だ。下手に手ぇ出して依頼主の機嫌を損ねてぇのか」


「へっへい、すいやせん」



 大柄の男に窘められ、小柄な男は引き下がった。

 もう一人の男はそういうことに興味が無いのか、腕御組んだまま目を閉じその場で佇んだままだ。



(ああ、なんでこんなことになっちゃったんだろう……今朝までは平和な日常だったのに)



 このまま自分が奴隷として連れて行かれ、この先自分の身に降りかかることをケイトが想像していると、突如として何者かの声が響き渡った。



「誘拐犯ども、そこまでだ!!」



 果たしてこの声の主が、ケイトにとって救世主となるのだろうか……。






【探索魔法】を使って、ケイトの居場所へとやって来た秋雨は勢い込んで廃墟へと乗り込んだ。



「誘拐犯ども、そこまでだ!!」



 誰も住んでいない廃墟ということもあって、秋雨の声は異様に響き渡った。

 その叫びを受けて、その場にいた五人の視線が秋雨へと注がれたが、彼の姿に驚愕したのはケイトだけだった。



「ア、アキサメさん、ど、どうしてここに?」


「助けに来た」


「へっ?」


「だから、お前が誘拐されたって聞いたから助けに来たって言ったんだ」



 それは極々普通の自然な答えだったが、四人組はその言葉に警戒した。

 見た目は駆け出し冒険者の雰囲気を持ったまだ子供といっても過言ではないような年齢の少年が、突如として現れたことに不自然さを感じたのだ。



 他に仲間がいるのかと賊の一人である女が、自分の持つ索敵能力で調べてみたが、少年の他に誰もいないという結論に至り、それを他の三人に首を横に振って教える。

 ますます目の前の少年が何者なのかと頭に疑問符が浮かぶ中、次の行動に移ったのは意外にもその少年からだった。



「てことで、大人しくケイトをこちらに返すのならよし、返さないというのであれば、この場で叩き斬ることになるがどうする?」


「へっ、成人したばっかの駆け出し冒険者が粋がんじゃねぇよ。こっちは四人もいるんだ、今のてめぇになにができんだ、おぉ?」


「ならば仕方ない、いざ尋常に参る!!」



 秋雨はそう言うと、腰に下げていた剣を抜き放つと一直線に四人組へと向かって行ったのだが……。



「うらー、うらうらうらうらうらー」


「はははははは、なんだあのへっぴり腰は、まるでゴブリンじゃねぇか」


「げひゃひゃひゃひゃひゃ、まったくだ。なんであんな奴が冒険者やってんだぁ!?」


「……」


「フン」


「ア、アキサメさん……」



 秋雨の突進を見ていた五人は、ある者は小馬鹿し、あるものは何も語らず、またある者は落胆の表情を浮かべていた。

 だが、その顔に変化がおこったのは、秋雨が引き起こした行動だった。



「うらうらうらうらうらー、ぐはっ」


「はははは、見てみろよ、とうとうアイツ石に蹴躓いて転びやが――」



 秋雨が顔面から地面に激突したその瞬間、小馬鹿にしていたリーダー格の男の言葉が途中で止まった。

 石に蹴躓き転んだ秋雨の手からすっぽ抜けた鉄の剣が、一直線に男へと向かって行き、吸い込まれるように男の胸に突き刺さったのだ。



「そ、そんな……馬鹿な……」

 


 リーダー格の男の胸に突き立てられた剣は、男の胸を完全に貫いており、今も真っ赤な鮮血が傷からしたたり落ちている。

 剣は当然なことながら、男の心臓を貫いており、それからしばらくして、男は背中から仰向けに倒れ二度と動きだすことはなかった。



 目の前で起こったことが信じられないとばかりに、秋雨以外の四人はただ呆然と目の前で起こった出来事を見ていた。

 その後時が戻ったかのように、小柄な男が秋雨に向かって悪態をつき始めた。



「て、てめぇ、よくもやりやがったな! 許さねぇ、ぶっ殺してやる!!」


「いてててて、うん、なんだ? ……あ、一人倒してる。ラッキー」



 服についた埃を払いながら秋雨が立ち上がると、幸運にも一人倒していたため、素直な感想が口からこぼれた。

 その言葉が小柄な男の癪に障ったらしく、醜悪な顔をさらに歪めながら、ナイフを取り出し臨戦態勢を取る。

 それを受けて、他の仲間も自分の得物を取りだし構える。



「ならば俺の魔法を受けてみろ! くらえ、【火の小玉フレイムビーズ】」



 秋雨が相手に指先を突きつけながら呪文を唱えると、指の先から直径五センチほどの火の玉が放たれる。

 だが、それは魔法に知識のない者が見ても、明らかに威力のない低レベルの魔法であることが窺えた。

 魔法を唱えられた瞬間、他の者が秋雨の魔法に警戒する素振りを見せたものの、その魔法が大したことが無いとわかると、声を上げて笑い出した。



「げひゃひゃひゃひゃ、なんだそのしょっぼい魔法は、そんなんじゃ野うさぎ一匹殺すこともできなそうだぞ」


「くそう、馬鹿にしやがって……みてろよ」



 小柄な男の態度が気に食わなかったのか、秋雨は廃墟内の隅に置いてあった木製のバケツを見つけると、それを手に取って中身を男に向かってぶちまけた。

 そして、バケツの中身がぶちまけられたタイミングと同時に、秋雨が唱えた魔法である【火の小玉】が男の元へと届くタイミングが重なった瞬間、男の周りが炎に包まれた。



「ぎゃああああああああ」



 突如として現れた炎に包まれた男は、自身の体が炎によって焼かれていく嫌な感覚を味わいながら、最終的に消し炭となってしまい、真っ黒こげになった人としての原形を留めていない何かが残るだけであった。



 秋雨が男に向かって投げたバケツの中身は、屑鉄や劣化してしまって使い物にならなくなった【火炎鉱石】だったようで、それが【火の小玉】で引火して炎を発生させたらしい。

 実は彼らがいる廃墟は、以前工房として機能していた頃に、工房の炉を短時間で高熱に上昇させるため【火炎鉱石】を使用していたようで、工房を畳む際に廃棄物として偶々その場に残していったものであった。



 ちなみに【火炎鉱石】というは、その名の通り火気に触れると膨大な熱を生み出す鉱石のことであり、鍛冶場の炉や調理場の竃の温度を上げるために度々使われるものだった。



「“上手に焼けました”ってレベルじゃねぇなこりゃ」



 自分で仕出かしたことながら、そのあまりの消し炭具合に若干引きつった顔を浮かべ、真っ黒い物体Xを見下ろす。

 だが、まだ敵は残っているため、いつまでもそれに意識を向けているわけにもいかず、気を持ち直し、残った敵に意識を集中することにした。

 人はそれを“現実逃避”というのだが、今この場にそれを指摘する人物がいなかったのは、秋雨にとって幸運だったことだろう。



「よし、次はお前だ。覚悟しろ」


「……っ!?」



 後に残ったほっそりした体型の寡黙な男は、自分の置かれた立場を理解したのか、持っていた剣を構えなおした。

 だが、その警戒は秋雨の次の行動を見た瞬間に霧散してしまうことになる。



「うらーうらうらうらうらうらー」


「……」



 秋雨は再び敵に向かって突進したが、持っていた鉄の剣は今もリーダー格の男の胸に突き刺さったままだ。

 他に手ごろな武器もなかった秋雨は、仕方なく両腕をぐるぐると振り回し、まるで子供のように相手に向かって行った。

 それを見た寡黙な男とケイトは、ただ呆れたような表情をするだけだったのである。



(この男はそこそこ強そうだから、三十二分の一じゃなくて十六分の一にしておくか)



 そう頭の中で呟いた秋雨は、その考え通りに力を全力の十六分の一にまで調整すると、わざと段差に躓いたふりをする。



「うらうらうらうらうらー、げはっ」



 それはごく自然でさりげない仕草であり、誰が見てもそれが演技などとは微塵も感じないことだろう。

 そして、足を取られて勢いを止められず、そのまま寡黙な男へと突進していく。

 男も秋雨が急に体勢を崩したため不意を突かれてしまい、秋雨の動きに反応できずに彼と衝突してしまう。



 それは、ちょうどプロレス技でいう所の【ラリアット】を受けたような状態で、秋雨の左腕が男の首元に直撃する。

 勢いづいた力は男の体に衝撃を与え、その力は男の体をいとも簡単に宙へと誘い勢い良く吹き飛ばされてしまう。

 男にとって不運だったのは、その勢いのまま頭から木製の壁板に激突してしまい、そのあまりの凄まじい衝撃に、壁板を突き破った時にはすでに意識ごと生命を刈り取られてしまったことだろう。



 秋雨が、ケイトの捕まっていた廃墟にやって来てから三人の男が帰らぬ人になるまでの時間は、十分も経っていなかったのであった。

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