50.一日目・拠点確保
俺達が何とか一体のシルヴァンを片付けるよりも早く、他の二人は戦闘を終わらせていた。
ロージーはその手に細く黒い金属の鞭、ガムリは以前も見たサーベルのような銀色の片刃剣を血に濡らしている。
「行くぞ……どうした、怖気づいたんじゃないだろうね」
「こん位でブルっちまってんのか、なぁ……やっぱりこいつらはここで置いて行こうぜ?」
なれなれしいガムリの手を払いながら、ロージーは淡白な視線を向ける。
「時間が惜しいんだろ。ぼさっと突っ立ってないで早くついて来な」
無視して背を向け歩き出したロージーに舌打ち一つして、ガムリは片刃剣から垂れた血を振るってこちらに飛ばした。
細かな灰に空中で変化したそれらが舞い、リッテがこほこほと咳をする。足手纏い扱いしやがって……。
いい加減嫌がらせに飽きた俺達も、睨み返すだけで後に続く。
しかし思ったより魔物とは戦えそうに思う。ローヌの村での経験が生きているのか……多数に囲まれなければ、何とか自分一人でもやれそうなことに少し安堵する。
「……がんばろーね。絶対あいつ、見返してやるんだから……」
肩を叩いて励ましてくれるリッテの手が暖かく、頼もしかった。
あれきり警戒しているのか、シルヴァンも話にあったキャメルリザードも姿を見せず、しばらく歩くと丘陵の頂上に妙な物を発見する。
空中にわだかまる不気味な黒い円。ガムリが口笛を吹いて不気味な笑いを漏らす。
「ヒュウ……ククク、あれが地獄の蓋って訳かい。お前たち良く目に焼き付けとけよ? 冥途の土産になるかも知らんぜ?」
「大きなお世話だよ! あれ、ロージーさんどこ行くの?」
「位置は確認した。今日は付近で野営するよ……」
早速丘から下りだすロージーに続いて、俺達は顔を見合わせた。
付近に魔物がいる中で大丈夫なのか心配ではあったが、どうやら杞憂だったようだ。
ロージーは崖を背にした見通しの効く場所を見つけ、地面に一本の金色の杭を差し込む。それは魔具だったようで、半径5M位の大地が青白いドーム状の光で包み込まれる。
「これで周りには魔物は近寄れない。しばらくここを拠点にするからね。翌日の明朝から
こんなところで?
周りからは何となく魔物達の気配が伝わって来て、まともに休める気がしない。心配事に気を取られていた俺の肩が、剣の鞘でドンとどつかれた。
「おら、何をぼさっとしてやがる。火を焚いて飯を炊くのは下っ端の仕事だろうが! とっとと取り掛かりやがれ!」
「くそ、俺はあんたの部下じゃねえぞ!」
「あぁ? 関係ねえぞそんなこたぁ。どこだってそうだろ、力のねえ奴はある奴の言う事を黙って聞く。そうすりゃ揉めずに済んで一番効率的なんだ。秩序ってのが簡単に守られるんだよ。それとも何か、お前が俺より強いとでもいうつもりか? あの時、ギルドで尻尾撒いて逃げた手前の姿を俺は忘れてねえぞ。雑魚が、笑かすな」
「……やりゃいいんだろ」
この男の言う事は一部、正しい所もあるのかも知れない。
平和な世の中では適用されない、弱肉強食の理屈。それをこの男は信奉しているからこそ、ギルドマスターであるロージーに黙って従っているのだ。そして、ロージーも男の意見を肯定した。
「荷物の中に簡単な水やら食糧やらは入ってる。最大一週間滞在することをよく考えて使いな」
彼女が何も言わない以上、黙って従うしかない。気に入らない面もあるが……良く考えたら前の世界でもこういうことはあった。
言っていることはもう少しマイルドかも知れなかったが、立場が下の者に対する無言で理不尽な圧力は常にあったのだ。
「あ、あたしも手伝うから……」
「いや、さっきの戦闘で一番役に立っていなかったのは俺だから、俺にやらせてくれ。料理は多少やったことがある」
これでも未来の嫁さんにに披露する為、クッ〇パ〇ドやWEBで得た知識をもとに研鑽を繰り返した経験があるのだ。俺は用意された食材の中から、適当な物を探す。
腐りにくい根菜類、干し肉、堅いチーズや、パンなどが有るから、野菜類をボイルする位で他は普通に出せそうだが、少し味気ない。
ただ、意外と豊富に香辛料が用意されている。塩、シナモン、ガーリック、唐辛子、シナモン等……あ、クミンかターメリックか忘れたが、それもある(全部それらしき物)。
俺はそれらを適当にぶち込んで、刻み玉ねぎと一緒に炒め、芋や人参、干し肉を突っ込んで煮込み、カレーらしきものを作った。少しシャバシャバしている。
味見をして見るが……うん、悪くない。白米が無いのが残念な位だ……。
上から影が差したので見ると、ロージーとリッテが眺めている。
「香辛料を上手く使ったようじゃないか……ふ~ん」
「へえ……凄く美味しそうな匂いがする……」
もしかして、この世界ではカレーは存在しないか、一般的な調理法では無いのかも知れない……煮込み終わったカレーを皿にとりわけ、チーズとパンを添えて皆に渡した。
「……何か不思議な味。辛いけど、まろやかっていうか」
「ふむ……悪くないね。明日も頼もうか」
他の二人にも概ね好評だったのは嬉しかったが……もう一人の男は食事ができても身動きすらしない。
だが近くまで持って行ってやると、素早く身を起こす。どうやら酒をかっくらって横になっていたらしいが、警戒心だけは大したものだ。
「人が働いてるときに良いご身分だな。……飯が出来たんだけど?」
「……チッ、そこにおいとけや」
むくりと起き出したガムリは意外と素直にもそもそと食べ始める。食える時に食っておくと言うのも冒険者の流儀なのかも知れない。
「……おらよ。ごっそさん」
あっという間に空になった皿を投げ出して彼はまた睡眠をとり始め、俺はそれをいそいそと片付ける。
気持ちの通わないこのやりとりに、なんとなく元居た世界のことを少しだけ思いだした。
その日は夜風が冷える中、二交代で見張りにつくことになった。
基本的に心配は無いが、魔具の魔力が切れた時の為と、結界で抵抗しきれない魔物が出た時の備えてということだ。
後は、焚火の番も役目の一つ。消さないようにしなければ、というか消えると寒い。
リッテはロージーと、俺はガムリとペアを組んだが、当然の如く俺は見張りを押し付けられ、毛布をひっかぶって寝息を立て始める彼を恨めしそうに見つめた。
こうなるだろうという予想はあったので、仕方が無いと割り切る……一人で静かに考える時間が出来たとでも思うしかない。
俺は薪の爆ぜる音を見ながら、こういう癒し系の動画に憧れたことがあったのを思い出した。何故か一時期ソロキャンプに憧れて道具を買い漁った時期があったのだ。
リュック、テント、バーナー、ナイフ、シュラフ、ランタン、クッカーetc……選んで荷物を詰めるまでは確かに楽しかった。だが、その先は思ったより楽しめるものでは無かった。
キャンプ地までの長い移動に加え、手間取るテントの設営、苦戦する料理と薪の管理、虫との戦い、突然の豪雨等。
家に辿り着いた頃には疲弊しきっており、全然心身ともにリフレッシュ出来なかったのだ。楽しみにしていた星々も雨天で全然拝めなかったりしたし。
今、丁度満天の星空が見えていて、俺は地面に寝転がって、空をぼんやり眺める。
星の知識がないせいで、元の世界とどんな違いがあるか良く分からなかったが、そこにはものすごい数の星々がまるで粉雪の様に散りばめられ、時折ほうぼうが、淡い光を瞬かせる。
自然って何でこんなに綺麗にできているんだろうなぁ、なんて感傷にしばらく浸りながらうつらうつらしていた俺は、少し意識を無くした後、薪の乾いた音がした気がして目を覚まし、体を起こす。
焚火が、先程と変わらない火勢を保っている。
意識が落ちていたのは、思ったより短い時間だったのだろうか?
記憶の底で、薪がカランと乾いた音を立てたのが聞こえた気がしたのだが、誰も起きていないようだ……気のせいか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます