第54話【第三者視点】
(ふふ。なかなか面白そうな男どす。カティを魔術大学校に入学させた甲斐があったなぁ)
レオンとの邂逅を思い出すクルルは口の端を釣り上げていた。
錬金術を発動することなく、石鹸が製造できると豪語し始めたときは震えたクルル・レオモンド。
むろん彼女とてそれを鵜呑みにするほど阿呆ではない。レオンの新製造法が真実であることを見破った上での判断である。
スキル『真偽天秤』
真実と偽りを見抜く視覚。
商売人にとって重宝するスキルである。それを持つクルルはレオンが色んな意味で本物であると認めた。
まず情熱。
シオンを商売人に育て上げる。その決意と覚悟が交渉の言葉からビシバシと伝わってきた。並々ならぬ想いがなければあれほどの熱弁は震えない。
真。嘘偽りのない真。
商売人は一切合切感情を切り離すわけではない。人間の思考というのは感情に大きく左右する。目に見えるものだけで商談をまとめるのは二流。一流は恩義を始めたとした感情面さえも損得に勘定した上で合理的な判断をする。
結局のところ、商売とは人と人とのつながりである。利益だけを追求すれば、不測の事態が訪れたときに、しっぺ返しを食らう。それも再起不能に追い込まれるほどのそれだ。
だからこそ一流の商売人は絶対に感情を軽視しない。利益のためなら目に見えないもの
も数字化する。ある意味究極系の合理主義ともいえる。
(あの男の堂々した口ぶり。間違いないどす。新たな製造方法は安価で仕入れることができますよって。品質チェックにクリアするようなら大儲けやね。石鹸の需要なんて今さら説明する必要もないさかい。あの娘を弟子にするだけでその大金が懐に入ってくること思たらこちらに利しかありませんよって)
どうやらレオモンド商会代表クルル会頭の中ですでに損得勘定は完了している様子。
(『真偽天秤』はあくまで真実と偽りを見抜くだけですさかい、対象の胸の内まで見れへんのは残念やわぁ。ただ面白そうな男や。さすがカティを落としただけのことはあります。商会のためにも繋がりを作っておきたいのが本心どすが――できればあの娘の方にも鳥肌を立たせて欲しかったのが本音やねぇ)
初回交渉後もレオンは何度も代表を訪ねていた。きっとレオンとシオンの関係も師弟に近いそれなのだろうと。絆の深さはそれなりに感じた様子のクルル。
しかし、保護者の熱意こそ本物であれど、肝心の弟子に魅力を今ひとつ感じられなかったのだろう。
(「跡継ぎを別の道に引き摺り込んだ責任はこのシオンの働きで取らせてもらおう。どうかご容赦願いたい」なんて大それたことを堂々と口にするような男や。たぶん、あの娘も本物やろうけど……どうせ弟子に迎え入れるんならうちも本気で叩き込みたいしなぁ。その方が面白くなりそうどすし。問題は――)
その娘がうちを認めさせる何かが欲しいことやね。
と考えた次の瞬間、
「会頭。お客様がお見えになっておりますが、どうされますか。数ヶ月前にお邪魔したシオンですと伝えてもらえれば、とのことですが」
「……ここへ通しなさい」
「かしこまりました」
☆
会頭室に招き入れたクルルは胸の内をおくびにも出さず、内心で笑みを浮かべていた。
「うちも忙しいさかい、ズバッと要件を言ってくれるかぁ?」
「私を弟子にしてもらいに来ました」
とシオン。その一歩後には小さなリュックサックを手に持った響の姿。
「……それについてはあの男に何度も断ったはずよって」
「今日はレオンちゃんに秘密でクルルさんに商談を持って来ました」
「商談? あんたがうちにかいな。ははっ、そりゃまた――」
――バンッ、と机に叩きつけられる。それはシオンが会頭にリバーシを示した音だった。
「――これは?」
「リバーシというボードゲームよ。使用するのは八×八の正方形の盤と表裏に黒と白を塗り分けた石。必ず自石の色を相手の色と挟むように交互に打ちながら最終的に多い方が勝利よ」
シオンの説明を聞くや否や、未知のゲームでありながら頭脳戦であることをすぐさま理解するクルル。
「よろしければ私と一局どうでしょうか」とは響。このあとシオンが持ちかける本番のため先鋒を切る形で申し出る。
半時間も経過もしないうちに結果は出る。
初見であるにも拘らず、先を読み合うゲームだと瞬時に理解したクルルは軽いお遊びとして指したにも拘らず、盤面は彼女の石色で染まっていた。
その光景に色々と思うところがありそうな響だが、シオンの一生一代の大勝負がかかっていることもあり、悔しそうな言動を控えてすぐに控える。
(これは――素晴らしいわぁ。使用する道具は盤面と両面に塗り分けられた石の二つだけ。ルールは単純。にも拘らず、熱中して遊ぶるさかい、流行るやろなぁ、これは。なにより老若男女誰でも手を出しやすいのがいいどす)
響との一局によりクルルの思考を『並列思考』で読んでいたシオンは、
「どう? このリバーシが欲しくなったんじゃないかしら」
余談だが、この世界には知的財産権という概念はない。それすなわち、
「商売人にこんな面白いゲームを見せたらあきまへん。うちが思いついてしまったと主張したらどうするつもりよって」
もしもリバーシをレオモンド商会が商品化しても誰も咎められないということ。
しかもこの遊戯はど田舎の――それも孤児院だけの遊戯である。発案者がそれなりに広まっていれば盗作と訴えることもできるが、ごく一部の人間にしか知られていなければ――ましてや相手がレオモンド商会となれば泣き寝入りするしかない。
「だからこうしましょう。これからクルルさんと私で一局対戦するの。私が勝てば弟子入りさせてちょうだい」
「うちが勝ったときは何をくれるんどす?」
「私とリバーシをあげるわ」
「……へえ」
そう言って取り出してきたのはレオンとシオンが結んだ契約書である。
知的財産権がない世界のため、本来は不要なものである。しかし、これを結ぶことでリバーシが明確にシオンの所有物であることが明記されている。
私をあげるわ、とはレオモンド商会の職員になるということ。すなわちリバーシは若手社員の発案の新商品となる。
おそらくこれはレオンが発案したボードゲームなのだろうとクルルはいち早く察知していた。そしてそれを読んでいたシオンは商品化するにあたっての懸念をあらかじめて潰していた書類を示した。
つまりそういうことである。
シオンが勝利すれば王都随一のレオモンド商会に無償で弟子入り。
クルルが勝利すれば間違いなく跳ねる商品を入手できる。しかも敗北したところでこれといった被害はない。
しかも、
「もしクルルさんが勝ったらリバーシの所有権を持つ私がレオモンド商会に入ることになるわ。そこからさらに幹部候補として面倒を見てくれるなら石鹸の話も有効になってくるわね」
「……へえ、評価を上方に修正せざるをえないわぁ」
シオンが勝利すればレオモンド商会会頭に弟子入り。敗北してもリバーシ発売のため会の職員として滑り込める上に、大抜擢するなら石鹸が付いてくると持ちかけた。
すなわち勝敗に拘らず、どう転んでもシオンに美味しい条件になっている。
しかし、そこを指摘するわけにはいかない。クルルにとってシオンの提案は旨みしかないからである。こちらも勝っても負けても魅力的だから。勝てば当然リバーシによる大金が転がり込むし、負けてもこれほど魅力的な提案を王都髄一の商会会頭に臆せず持ち込める幼女である。そこに己の経験と知恵を叩き込むことで間違いなく将来有望の商人へと育つだろう。あながちレオンが言っていた跡継ぎも冗談ではなくなってくる。
これだけ面白い幼女が欲しくないわけがない。なによりナンバー2、3の商会に交渉に行かれては困るのだ。つまりクルルはシオンに魅せられている。すでにこの時点で勝敗は決していると言っても過言ではなかった。
「レオモンド商会会頭、クルル・レオモンド。シオン、あんたの対戦、受けて立つよって」
「いずれ王都で『大商人』となるシオンよ。これからよろしくお願いします師匠」
結果がどうなったは言うまでもない。
『並列思考』を発動したシオンのパーフェクト勝ち。盤面は今後の将来を示唆するようなシオン一色の大勝利であった。
☆
「よくやりましたねシオン。きっとレオンさんも喜んでくれるでしょう、ですが――本当に孤児院に戻らなくていいのですか?」
持っていたリュックサックを手渡しながら最終確認をする響。リュックにはレオンの折り紙を始め、紙セブンとの思い出や生活必需品が入っていた。
そう。シオンはこの一世一代の大勝負に文字通り全てを賭けていた。勝利を収めた暁には、王都に残り商人としての修行を積むことを決意していたのである。
「本当はレオンちゃんによく頑張ったねって褒めて欲しいけど……でも、今戻ったら覚悟が揺らいじゃうから。だから……ぐすっ、ううっ、ひっ、響さん!」
強がっているもののやはり突然の別れは悲しいのか大粒の涙がシオンの小さな頬を滑り落ちていく。それを見た響も抑えていた感情が溢れ出し、彼女を抱きしめる。
「大丈夫。大丈夫ですシオン。今生の別れというわけじゃありません。私やレオンさん、みんなの顔を見たくなったら、いつでも会いにくればいいのです。いえ、むしろ駆けつけます。離れていてもずっと一緒ですから」
「うっ、うううあわああああああああん!」
響の温かい感情を体温を通して吸収しようと抱き着くシオン。響も腕にチカラが入る。
「私……頑張る! 頑張るから! だから――」
「ええ。みなまで言わなくともわかります。私たちは家族ですから」
そして、いよいよ別れのとき。
行きは二人で乗った馬車に響が一人で乗り込む。
「レオンさんには私の方から上手く言っておきます。こちらのことは何も心配入りません。だから……頑張りなさいシオン。そして辛くなったらいつでも帰れる場所が――あの孤児院がシオンの家だということ忘れてはなりませんよ」
徐々に馬車とシオンの距離は遠くなる。次第に追いつけなくなったシオンは息が切れて止まってしまう。
二人は互いに互いの姿が見えなくなるまで見送り、そして――シオンに王都に残り、レオモンド商会で厳しくも充実した商人生活を送ることになる。
一方、その頃、全ては繋がっていることなど何も知らない――というより発言そのものすら忘れてかけているレオンは、隣街の商業ギルドに足を運んでいた。
「なんだ兄ちゃん。もしかして商売でも始めるんのか?」
「ええ。そうなんですよ」
レオモンド商会に脈がないと踏んだレオンはせめて商売の雰囲気だけでもシオンに経験させてあげたいと出店するための使用料を払いに来ていた。何を販売するかも含めての話し合いもお楽しみの一つだったが。
それができる日が来るのは――もっともっと先。彼女が成人し、レオンが『G7監督室』室長、G7総監督になってからになるなど夢にも思っていなかった。
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