第28話【レオン視点】

「……で? ご褒美って、なにが欲しいわけ? 言っとくけど、その、あんまりエッチなのはダメだからね?」

「えー」

「えーじゃないわよ! 当然でしょ! あんた幼女になにする気よ⁉︎」

「それってつまりリディアちゃんが大きくなったらすごくエッチなのもOKってこと?」

「なっ⁉︎」

「あーんなことや、こーんなこともOKってことだよね?」

 と脳内にモザイク必須の妄想をしているとかぁーっとりんごのように顔を真っ赤にするリディアちゃん。

 急いで俺から離れると、自分の体を抱くようにして視線で刺してくる。

「あんたバカじゃないの⁉︎ 心が読める異能を逆手にとっていかがわしい映像を見せつけてくるとか、マジありえないんですけど!」

 ……きゃわわ。

「えへへ。数少ない長所です」

「そんな長所いらないわよ! 捨てちまえ!」

「ひどい!」

「うっさい!」

「からの?」

「別に大きくなってからじゃなくても少しぐらいのお触りなら――ってなに言わすのよ⁉︎」

 ちょっと可愛すぎやしないだろうか。

 もし計算でやっているのだとしたらとんでもない魔性の女の子だ。

 とはいえ、俺のようなダメ男に甘いというのは、ちょっぴり将来が心配にもなるわけで。

「俺はリディアちゃんの将来が心配だよ」

「それあーしの台詞なんですけど⁉︎ 神セブンに養ってもらおうとか考えている男に言われるとか末代までの恥よ!」

「えっ、そうかな? むしろ安心じゃない? リディアちゃんをはじめ神セブンのみんなって天才だし、すごい努力家じゃん。そんな娘たちのヒモだよ? 安泰しかなくない?」

「……っ! あんたはまたそうやって無自覚に――ほらっ、幼女を口説いてないでさっさとやることやってきなさいってば」

 顎で合図した先にいるのはもちろんシオンだ。彼女がいるのは町を一望できる高台。クウが木を使って組み立てベンチが置いてある。

 その後ろ姿はとても小さく、今すぐそばに寄り添いたい。

 とはいえ、どうやって説くか。

 最近の俺は男爵にボコられ。

 それを目撃した響さんに呆れられ。

 院長が弱すぎてみっともないせいでレベッカたんが覚醒して。

 なんか響さんとレベッカが師弟関係に熱が入って。

 俺のことを魔の手とか言って。セクハラから神セブンを守ることになって。

 挙げ句の果てにチンピラごときに誘拐されて。救出してもらったら院長がみっともないで響(嫁さん)とシオン(娘)が母娘ケンカし始めて今に至るという――。

 あれ、俺カッコいいところなくない⁉︎

 こんなんで才女たちのヒモになるとか夢のまた夢の話じゃない⁉︎

 ……やばい。完璧な計画を立てたはずなのに院長が雑魚過ぎて、現実が追いついてねえぞこれ!

 PDCAのC、チェックを意図せず思い返してみたところ、俺自身驚かずにはいられない無様っぷりである。

 これで『院長のために寄付したい!』なんて考える孤児がいたら、ただのダメ男製造機だろう。

「……ねえ」

「ん? どうったの?」

 突然声をかけられて素っ頓狂な声が漏れてしまう俺。やべえ、マジでださい。

「触れなさい」

 一瞬、ふぁっ⁉︎ と思った俺だが、差し出された小さな手を確認して、ああ、そういうことかと納得する。

 リディアちゃんの肌に触れる心が読まれることは前述のとおり。

 つまり、これは真剣モードということだ。

 さすがの俺もそれをわかっていてふざけるほど子どもじゃない。まして相手はリディアなのだ。できるかぎり誠実に対応したいところだ。

 俺は差し出してきたリディアちゃんの手を摘むわけでも、触れるわけでも、まして握るのでもなく――。

 恋人のように指を絡ませることにした。

「ちょっと! 今真剣モードで話しかけたでしょうが!」

「うん。だからこそだよ。これなら逃げたくでも逃げれないでしょ?」

 と微笑みながらリディアちゃんを見る。

「……度胸があるのか、ないのか。はぁ、もういいわよ。で? やっぱり使う気なの? 【天啓】」

 うーん。やっぱりそこ気になるよね。その質問が飛んでくることは脳みそが足りない俺でもわかっていたんだけど、さーて。どう答えたもんかなー。

 心を読まれていることを承知で思案する俺。

 指を絡ませたことで、リディアちゃんが逃さないわよ、と言わんばかりに握るチカラを強めてくる。

 役得。役得。

 さて、質問の答えだけど――、

「時と場合による、かな?」

「ふーん」

「反対にリディアちゃんはどう思う? なにが正解かな?」

「幼女にそんなことを相談するとか大人としての意地はないわけ?」

 ジト目。凹む。

「いや、わかってはいるんだけどさ。リディアちゃんもご存知のとおり俺の夢ってみんなに養ってもらうことでさ」

「それをさらりと口にできるところがあんたのすごいところよね」

「えへへ。褒めても飴ちゃんぐらいしか出ないよ?」

「褒めてないわよ! (コロコロ)」

「で、ヒモの視点から言えば【天啓】は当然使うべきだと思っている」

「……」

 沈黙。返事はない。こっちの思考や感情が筒抜けなのに対して、リディアちゃんのそれは認知することができない。一方通行なのだ。

「リディアちゃんだけに先に打ち明けておくとシオンの才能は『商売』。まあ、文字の読み書きや計算、頭の回転が早かったから、ある程度想像できていたかもしれないんだけどさ」

「……そうね。それであんたは何を迷って――ああ、そういうこと」

 いや、口に出す前に把握しないでよ。

「そっか。ゲスでクズで怠惰でエッチでスケベでお金と美少女のことしか頭にないあんたでも良心の呵責に悩まされることとあるんだ」

「泣くよ、リディアちゃん」

 さて、ここでみっともない本心を白状すると、俺は【天啓】を発動することに大義名分を求め出し始めていた。

 当初こそ奴隷や孤児に発動する気満々だったとはいえ、彼女たちの人生を縛ってしまうんじゃないかとも思い始めていた。

 つまり情が移ってしまったのである。悪く言えばゲスになりきれないゲス野郎といったところか。

 錬金術師のクウ、小説家のスピアは潜在していた才能が趣味でもあり、さほど躊躇する必要はなかった。

 エリスは若干悩んだが、あの娘は聖女になるべくして生まれた少女だった。

 当初孤児院で浮いていた俺に最初から優しく、誰隔てなく慈悲の心を持っている彼女は争いを好まない。

 法医術は間違った人間が持てばいくらでも黒く染まることができる諸刃の剣だ。

 そういう意味でもエリスたんは十分過ぎるほどの素質と資格を兼ね備えており、本人も強く望んだ経緯があって授けることになった。

 法医術は貴族の特権だ。あまりに高価なそれは一般階級は手を出せない。

 できれば無償で提供したいというエリスたんの夢を聞いている。そのための計画もある。そっち方面はすでに賢のレティファと綿密な打ち合わせを開始している。

 レティファは王家の血を受け継いでいることもあり、人心掌握は元から備わっていた才能だ。【天啓】を躊躇することはない。

 問題はレベッカとシオンだった。

 レベッカたんはもう後の祭りになってしまったわけだが、剣術である。

 色んな意味で他の娘たちより険しい道になるであろうことは想像に難しくない。

 それは剣術以外の才能を下に見ているとかではなくて――女の子に剣を握らせてしまうという点だ。

 才能がズバ抜けている分、進む先は必然的に中枢。危険も大きくなっていく。

 もしも俺が剣術の才能を――恩を売る形で覚醒させてしまい、冒険や護衛中に命を落とすようなことがあったら俺はすごく後悔する。たぶん、とかじゃなくて絶対。断言できる。

 美少女に養ってもらおうと画策し、それを行動に移すようなクズだが、女の子の命を賭けてまでやることじゃない。

 そういう点で言えばシオンは商売だ。

 おそらく大商人になるだろう。寄付を募り、後輩のためと快く応じてくれれば、経営や運営はグッと楽になる。いよいよ俺の夢も達成される。

 そのための計画も立て終えて、響さんに申請もした。

 しかし、もしシオンが大金を稼ぎ、寄付してくれるようになった場合、俺はもう後戻りできない。

 自分の欲望のために一人の少女の人生を縛りつけてしまう。たとえ商人という道をシオンが望んだとしても、それは本当の意味で彼女が歩むべき道だったのか。

 ずっとモヤモヤが頭に残って後悔しないだろうか。

 くそう。どうせならつよつよゲス野郎になりたかった。

「今でも十分つよつよゲス野郎だから安心しなさい」

 辛辣だ。毒舌ギャル魔女の名は伊達じゃない。

「ひどいよ……」

「あんたが何を迷っているかは理解したわ。だからあーしが助言してあげる」

「あんたのやりたいことをやりなさい」

「えっ?」

 リディアちゃんの言葉は予想外のものだった。てっきりこんこんと説教されるかと思いきや、やりたいことをやりなさい……?

 もしかしてデレ期かな?

「違うわよ! あんまりふざけたこと言ったら、響さんのパンチラを必死な形相で追っていることやあんたの本心をみんなにバラすわよ!」

「すみませんでした。それだけはどうかご容赦を」

 幼女に全力の土下座で頼み込む。

 元はと言えば響さんに好かれたい一心でいつの間にやらかぶることになった紳士仮面だが、今ではもう一人の俺として結構気に入っているのである。

 さらに言えばみんなから寄せられる好意や敬意(最近はグラつき始めているかも、だけど)を手放したくない。

 幼女から「すごい」「かっこいい」「天才」だのなんだのと賞賛してくれるのはすごく気持ちいいのだ。たとえそれが実はませたみんなからのお世辞だったとしても俺は手放したくない!! 断じて!

「……ってあげる」

「えっ?」

「ほら。あーしだけがあんたの本心を知っているわけじゃん?」

 毛先を指にくるくるリディアちゃん。

 どっ、どうしたの……? すごく可愛いんだけど。

「っ! だーかーら! あーしだけがあんたの暴走を止めることができるストッパーだって言ってんのよ! 今度からなにか迷っていることや苦しんでいることがあったら……いち早く把握できるあーしが助言してあげるって言ってんの」

「えっ、なにそれすごい! それって俺が良心に潰されないよう一緒に罪を背負ってくれるってことだよね⁉︎」

「違うわよ! 罪を背負わないように助言してあげるつってんの! ちゃんと聞いてた⁉︎」

「つまり俺のこと大好きってこと?」

「違うわよ!」

「しゅん」

「あっ、いや、違うわよも違うというか……あー、もう! 要するに! 一緒に悩んで是非を判断してあげるってこと。それで言えば今回は是よ。是で承認してあげる! だから早く行って来てあげて! あの後ろ姿は見ていて気持ちいいもんじゃないでしょ!」

 俺から手を離し、ちっちゃなそれでバンバン背中を叩いてくるリディアちゃん。

「ちゃんとシオンを立ち直らせてから帰ってきなさい。それができたらその……ご褒美あげるから」

「レオン、いきま〜す!」

 文字通り幼女に背中を押された俺はなんの気の迷いもなくまっすぐシオンの元へと向かうことにした。

 なんだろう。今の俺のならなんでもできそうな気がする! 

 ご褒美ってなんだろう? スカートの中に潜らせてくれる、とかかな。

 すごいよ! テンション上がってきたあああああああ! 


 ☆


「……まったく。ほんと肝心なところだけ鈍感。あんたの本心をバラすわけないっての……神セブンの中であーしだけの特権なんだから」

 とレオンを見送りながら呟くリディア。

 と同時に、すぐ近くまで他の神セブンが迫っていたことにようやく気づく。

 合流するや否や、

「あれ、リディアじゃない。まさかいつもバカにしてるレオンの勇姿を覗きに来たんじゃないわよね?」

 とレベッカ。それを皮切りに、

「卑怯なの! クウもお父さんのカッコいいところ見たい、なの!」

「あの、私もその――聖女を夢見ながら覗き見なんて最低だってことはわかっているんですけど……」

「私も聞きたいですリディアさん!」

 とスピア。

「ふふっ。みんな考えることは同じですわね。というわけでリディアさん、みなさんにも――お願いできますわよね?」

「なっ! まさかあーしにあのバカの説得を盗聴させるつもり⁉︎ ダメに決まってるじゃない!」

「「「「「あんたが言うな」」」」」

「ちょっ――!」

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