第11話【レオン視点】
たとえば君が投資家だとしよう。
応援したい会社は経営難による倒産の危機に瀕していた。
それを防ぐために度重なる投資をし続け、見事売上がV字回復したとする。
株価も上がりようやくリターンを回収できそうになった瞬間、社長から「配当は渡したくありません」と言われたらどう思う?
たとえば君が農家だとしよう。
雨の日も風の日も雪の日も――。
水を与え、栄養を与え、害虫駆除し続け、ようやく豊かに実った果物や野菜から「出荷されたくありません」と言われたら?
愛と平和の象徴であるガンジーでさえ両目を剥いて「ぶっ殺すぞ」と口にするんじゃなかろうか。
少なくとも俺はいま似たような心境である。
なぜなら卒院を間近にして。
権謀術数に長けたレティファが俺の部屋に乗り込んできたからだ。
彼女の第一声は「この孤児院から巣立ちたくありませんわ!」である。
涙ながらに訴えるレティファは完全に大人の女の色香を放っており、俺の内心は「あわわわわ」状態。
前世の俺はいわゆるコミュ障であり、女の子に泣いて迫られるどころか、手も繋いだこともない。
俺「こういうとき、どうしていいか、わからないの」
もう一人の俺「笑えばいいと思うよ」
笑えるか!
いっ、いかん。経験の無さから頭が真っ白に。まだ何も始まっていないのに燃え尽きちまったよ。真っ白にな。
本当は俺が泣きたい。
しかし俺には院長として、賢者としての立場がある。
なによりここで下手な真似をすれば他のメンバーも残りたいと言い出しかねん。
ヒモになるつもりが、まさかの居候の危機という。なんでやねん。
ひとまず俺は心を落ち着かせるためホットミルクを飲むことにした。
どスケベボディのレティファはピンク色のパジャマ。
おんどれ……胸がパツパツじゃねえか! 胸がシャツを押し上げボタンが「ぎぎぎ」と喚いてんじゃねえか!
うぐぐぐぐ。女の武器をフルに使ってきやがって。
「……落ち着いたか?」
俺が差し出したホットミルクを両手で持つレティファは物憂げな瞳である。
……そんなに響さんと別れるのが辛かったの?
いや気持ちはわかるよ。響さんの歳上属性ハンパないもんね。俺も何度おぎゃりたくなったかわからないもん。
響さんは俺がこの孤児院に来る前からいたわけで。
レティファたちからすれば母親的存在。
天才幼女たちが巻き起こす怒涛のトラブルに夜逃げしてやると思っていた俺が踏み止まることができた偉大な存在だ。
響さんが相手にするのは幼女たち。前屈みやパイタッチ、お尻を突き出している光景を合法的に拝めることができた。
そんな響さんと離れ離れになることは片翼をもがれた――いや、片玉をもがれた痛みに匹敵するだろう。
わかる。その気持ちは痛いほどわかる。
しかし! しかし、だ。
俺はこの孤児院に唯一にして絶対のルールを設けている。十六で卒院することだ。
配当金でセミリタイアは俺の夢。なにより彼女たちには大金を稼ぐ才能に恵まれている。こんなど田舎のちっこい孤児院に残っていては宝の持ち腐れだ。
くそう。俺が逆の立場ならすぐに王都に旅立っているところだぞ?
俺TUEEEEによるハーレムは男なら誰しもが憧れる展開。
異世界に転生し、他人の才能を見抜くチカラしか与えられなかった俺の気持ちも考えて欲しい。
「わたくしはずっと考えておりましたの。どうすればレオン様が幸せになれるのか」
巣立ってくれ。そして孤児院に寄付をしてくれ。もし嫌じゃなければにゃんにゃんの相手もして欲しい――レティファが王女でさえなければ。
「もしわたくしをこの孤児院に置いてくださるなら王位継承権を辞退しますわ!」
おいおいおい、何言っちゃってんの⁉︎
王族ともあろう方がこの孤児院に残りたい……ドMかよ!
王位継承権を破棄するとなればいざこざに巻き込まれる可能性は大いにある。
元王女なんて肩書、やりようによってはいくらでも使い道があるはずだ。
過激派にこの孤児院が居場所だと嗅ぎ付けられた日にゃ襲撃されかねん。
まあ、こっちには文字通り『鬼(種族)』の響さんがいるので相当の腕利きじゃないかぎり孤児たちに指一本触れられないだろうが……そんな危険な爆弾をここに置いておくわけにはいかない!
俺は足りない脳みそを振り絞る。
まさかここへ来て頭脳戦を求められるとは。一体誰が予想できたっていうんだ。
俺は両目を固く閉じ、腕を組む。
重たい唇をゆっくりと開くように、
「……夢はもういいのか?」
「⁉︎」
作戦一。子どもの夢を思い出させる。
レティファには特殊な過去があり、ある日突然、王族であることが判明した。
なんの前触れもなく騎士団がこの孤児院にやってきた日のことは鮮明に覚えている。
忘れられるわけがない。
幼少期の想い出を残そうという建前で前屈みになった響さんの胸チラ、屈んだときのパンチラを魔道具で盗撮した日のことだったからである。
孤児院の院長、寮母長の胸と尻を盗撮。現行犯逮捕。そんな見出しが脳内にありありと浮かんだ。
脱線した。話を戻そう。
レティファが王女であることが発覚してからそれこそ色んなことがあった。
その中で彼女は幼いながらにとある夢を抱いた。
自身が孤児として育ってきた経緯もあるのだろう。彼女は男尊女卑を男女平等の国にしたいと願うことになる。
もちろん俺はその夢を全力で応援した。素晴らしい。与えられるべきは機会の平等だ。男は仕事、なんて価値観はもう古い。ヒモの何が悪いんだろうか。ヒモとはエンターテイメントである。
そもそも女の子は本来推しを持つ方が能力を発揮できるはずだ(俺調べ)。
それはやはり母性が関係しているように思う。自分の稼いだお金や労力を注ぐことで応援したい推しがスターへの階段を駆け上がっていく。まさしく心の免疫。心に効く。
貢がれた方も幸せになれる。これぞWIN WINである。誰も不幸にならない。
だから頼むレティファ。巣立ってくれ。才能など微塵のカケラもない俺の代わりに働いてくれ。
もちろん溜まったものを吐き出すために俺を玩具にしてくれても構わない。後腐れのないえっちは大歓迎である。
「そっ、それは……」
レティファの決意に陰りができる。
俺は知っている。レティファはまだ子どもの頃の夢を胸に抱き続けていることを。
俺は知っている。レティファにはやりたいことがあることを。
俺は知っている。レティファの才覚【人身掌握】は王になれることを。
なにより俺自慢の弟子たちはみな女の子である。それも次期女王と家族ぐるみの付き合いだ。彼女の後ろ盾は才能を発揮し、それを世間に認めさせていく上で欠かせない。
レティファは聡明だ。
そんなことは俺が言うまでもなく理解している。
レティファはいつだってみんなの姉として接してきた。だからこそその才能が女だからという理由でぞんざいに扱われ、猛威を振ることができないのは我慢ならないはずだ。
勝利の方程式は見えた!
私失敗しないので。
「私だってみんなとの別れは悲しい。だがこの孤児院はもはや檻だ。上を見てくれレティファ。透き通るような空がある。君たちは羽ばたくことができるんだ。才覚に恵まれた者はその才を発揮する義務がある。薄情な私を許してくれ。この通りだ」
――俺は天才ではなかろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます