第6話【レオン視点】

 マイスイートエンジェル、エリスたんは純粋無垢な少女だ。

 誰隔てなく平等に接する様はまさしく聖女様。

 物心ついた頃には魔術の恩恵が貴族階級しか受けられないことに疑問を持ち、やがて法医術を一般階級にもたらす。

 女神の生まれ変わりであるとまで噂される美貌と相まって、新たに立ち上がったエリス教は世界四大宗教にまで発展した。まさに聖女になるべくして生まれてきたと言っても過言じゃない。

 そんな彼女はまだ穢れを知らない真っ白な少女。

 孤児院を出て行きたくて仕方がなかった彼女たちの中でも「見捨てないで」と訴えかければ響く唯一の存在。

 預かっていた大金を返した途端、手のひらを返したように晴れやかな表情で「卒院します!」宣言されることなど夢にも思っていなかった俺にとって最後の生命線である。

 他の神セブンたちに悟られないよう、こっそりと呼び出していたエリスが緊張した面持ちで入ってきた。

 彼女は伏せ目がちにこちらをチラチラと覗ってくる。

 ……えっ、なにその気まずそうな感じ。

 もしかしてもう全部手遅れな感じ?

 どことなくそわそわしているエリスたんにさっそく精神がもっていかれそうになる。

 ついさっきシオンからされた仕打ち(卒院を祝う豪華なパーティーの開催と呪縛が解き放たれたような笑顔)で負った心の怪我は完治していない、勝てるのか? 俺は……

 その怪我が痛くて痛くて堪らないんだよ!

 俺はもうほんとにずっと我慢してた! 卒院する神セブンの女の子に声をかけ続けたときもすごい痛いのを我慢してた!

 俺は長男だから我慢できたけど次男だったら我慢できなかった。

 頑張れ! 人は心が原動力! 美少女に好意を寄せられて(もう無理だけど)、寄付によるヒモ生活を送るって決めたじゃないか!

 だから心はどこまでも強くなれる‼︎

 ――よし。まずは褒めちぎろう。女の子は褒める。常套手段だ。

 ごくりと生唾を飲み込み、俺は緊張した面持ちのまま口を開く。

 情に……情に訴えかけるんだ! 

 たとえ俺が育て上げた彼女たちとにゃんにゃんしたいと思っていたゲス院長だとしても、それを打ち明けてはいない。

 できるかぎり彼女たちの目を見つめて話す癖をつけていたとはいえ、日に日に女として成長していく身体に視線が吸い寄せられていたことなど、色目に敏感な彼女たちならきっと気づいていたんだろう。

 エリス。

 こいつは俺を殺す気はない。

 それだけは確実だ。

 ならばエリスたんの純粋無垢な心につけこみ俺に対する軽蔑を殺してしまえば……。

 残りの者にはエリスたんが俺の味方をしてくれたという話から口車に乗せていけば……。

 新世界の神になり損ねた青年のごとく内心で真っ黒な思考を練る俺。

 あれ、でもこれフラグ立ってんじゃね?

 このままじゃ「馬鹿野郎ー! エリス誰を撃ってる⁉︎ ふざけるなーっ‼︎」って叫ぶことになるんじゃ……うわ――――っ 死にたくない‼︎ 逝きたくない――――

「エリスは心優しい子だ」

「⁉︎」

 俺の突然の言葉にビクッと肩を上下させるエリス。

 えっ、なにその反応⁉︎ 露骨すぎたかな?

 いや、躊躇するな俺! レオンは強い子、泣かない子!

「神セブンの中でも最もお利口だった」

「……はぅ」

 ん? なんかいまエリスの息が漏れたような……。

 こっ、これは押せばイケるか――⁉︎

 ならばエリスたんが昔好きだった『いい子いい子』してやろう。

 エリスたんの髪は純銀を溶かしたようなサラサラストレートヘアで撫でさせてもらう俺もめちゃくちゃ気持ちいいんだよな。

「……うぅ」

 うめくような甘い息。熱を帯びていたそれにちょっぴりドキッとさせられてしまった俺はエリスたんの方をチラリと見やる。

 頬はうっすら紅潮し、俯いているその態度は誰がどう見ても落城寸前の女の子だ。

 育ての親でもありながら良心に漬け込み、それに心が揺れ動く優しいエリスたんの姿に良心が苛まれるにも拘らず――俺はこう思ってしまった。

 可愛すぎる。お尻を撫で回したい。

 欲望に忠実な俺の息子は仮にも彼女たちの父親でもあるというのにエンジンがかかり始めていた。さあ…振り切るぜ!

 いや、振り切ったらあかん。ここで性欲を露にしたら、唯一寄付をしてくれるパトロンを失うことになる。それだけはなんとしてでも避けなければ。

 十年もの長い期間投資してきたのだ。こんなところで強制ロスカットにあうわけにはいかない。絶対に諦めるな。今は耐えろ。そして残りの人生をヒモチャンピオンとして生きろ。

「身も心も美しく育ってくれた自慢の弟子だ」

 一ミクロンでも情に訴えかけるため、走馬灯のようにエリスたんの日々を思い出しながら褒め言葉を紡いでいく。

 こういうのは本当に心の底から思っているかいないか、受け取る方は敏感だ。

 だが甘い。俺には十年間父親として接してきた記憶もあるのだ。

 子どもはおろか女の子と手を繋いだことも数えるぐらいしかない俺に実父としての気持ちはわからない。

 だが、神セブンの娘たちと過ごしてきた長い日々は俺に父親としての感情も湧かせてくれた。それは実父のそれと遜色ないだろう。

 ……まあ、娘に欲情する父親など俺ぐらいのものだろうが。

 父親である俺の息子が娘に欲情してしまうんだが。

 ……ライトノベルのタイトルにどうだろうか。うん、無理だ。でも美少女文庫様なら受け入れてくれるじゃなかろうか。

 褒めちぎりながらエリスの髪をすくように撫で続ける俺。

 ああ、言っていることやっていることを客観的に見ても間違いなくヒモだ。

 いよいよヒモとして接する日が来た。

 俺の胸の奥が疼いた。味わったことのない甘美なそれだ。

 金と身体目的でみんなを育て上げたことに多少の罪悪感を覚えながらも、そこに後悔が入り混じることなどなかった。

 むしろこの日を待ち望んでいたと、はっきりと自覚した。

 それは一方的に与え続けることに納得がいってなかったからだろう。

 俺も――俺の息子も気持ちよくなりたい。何かお返しが欲しい。穢れを知らないエリスたんに舐めて欲しい。しゃぶって欲しい。挟んで欲しい。

 たくさん出たね、って褒めて欲しい。おっ、大きくて黒光りしてて、立派です! と誇ってもらいたい。

 たとえそこに愛がなく、恩返しだとしても返せるものがあるなら返して欲しい。そう強く感じた。

 ……ああ、エリスたんはいま何色のパンツ穿いてるんだろ。はぁ……はぁ……。

 ペテンか、とツッコミたくなるほど褒め言葉が止まらない俺。

 正直に告白すれば危なかったです。褒めちぎっている間にいつの間にか欲情していたんだから。

 我慢できずに押し倒しそうになったほどだ。

 エリスの方をチラッと覗けば、彼女はどこかもの欲しそうな表情を浮かべていた。

 よっ、欲情してやがる……! 

 と自分に都合が良いように解釈してこれが俺にトドメを刺すための罠であることを察した。

 間違いない……! 色仕掛けハニートラップだ!

 そうか、わかったぞ!

 俺は殺人現場に必ず遭遇する死神――メガネがメガネに光を反射させたときのごとく真相にたどり着く。

 エリスたんは聖女。純粋無垢で穢れを知らない。だからこそ俺が彼女がハニートラップなんか仕掛けるわけがないと思い込んでいる。

 エリスは――いや、この場合は神セブンの中で頭が切れるシオンかレティファが差しむけた刺客だ!!!!

 きっとこの部屋は盗撮されているに違いない。無自覚に男を誘惑する天然純粋天使の言動に少しでも変な素振りをしたら現行犯逮捕するつもりなんだろう。

 おのれ……神セブン!!!! 育ててもらった恩を仇で返しよって。ここでエリスを差金にしたあたり、向こうの本気度を感じる。

 家畜にはなるまいと目の奥を光らせ、虎視眈々と俺の首を狙ってやがった!

 どっ、どうする……? ポーカーフェイスであると自負している俺を狼狽させるとはさすが天才たち。

 誰を敵に回したか思い知るがいい。でも彼女たちってもう王都でその名を知らない者はいないし……。

 つまり現状は俺を泳がすための茶番。いかん、視線がキョロキョロと定まらない。

 泳がされているのは目もということか。やかましいわ!

「あの――」

 ああああああああっ‼︎ 声が、声が上擦ったぁぁぁぁたああああ!

 もう背中は油汗でびっしょりだ。つう、と額から滑り落ちる汗。

 えっ、ちょっ、エリスたん⁉︎ どっ、どどどどこ見てんの⁉︎ 

 その視線の先って首……首ぃっ⁉︎

 まっ、まさかまさかエリスたんを、娘としての関係もある彼女に色目つかっていたことがバレてた⁉︎

 こんな変態ドスケベロリヒモ光源氏院長なんて生きる価値はないと⁉︎ 死ね。死んでしまえ。喉笛を掻っ切ってやろうか、と?

「「……」」

 俺とエリス、二人の間に言葉にできない緊張感が走る。心臓もバックバク。マジで飛び出る三秒前。

 ええい! ままよ! たとえレオン死すともおっぱいは死なず!

 こうなったら俺の持ち札の中でも最強を誇るアレを発動してやろうではないか!

 やがて俺は意を決してエリスの目を見据えます。

 あかん。死にたくない。たぶん目が潤んでる。

 尊厳も矜持も捨てることを決意したとき、俺はエリスの両肩をがっしりと掴み、そしてゆっくりとこう叫んだ。

 
































「――孤児院から巣立っても見捨てないでください!!!! どうか寄付をお願いします!!!!」

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