第74話 リリスの休日
今日は冒険者活動は休み、
お昼ごはんにはまだ早い。リリスはここのところ通っている定食屋を思い浮かべて、ニンマリと笑った。
「今日のお昼も、シーラおばさんの所にしよっと!」
レイの助けもあって、懐は温かい。リリスは鼻歌を歌いながら、石畳の上を跳ねた。キリリクは大きな街だけあって、多種多様な店がひきめきあっている。
リリスの好きな甘いお菓子の店だって、個人で営むこじんまりとした店から大きな商店まであって、見ているだけでも満たされる。
「今日は、どんな甘いものを食べよっかな~」
甘いもの? 甘じょっぱいもの? お砂糖た~っぷりの甘々のもの? 色とりどりの甘いもの? 素朴な甘さのもの? 果物のスッキリとした甘さも捨てがたい! あ~~今日も甘いものが私を待っている!
脳内は、甘いもので侵されていた。そんな中でも足は自然と跳ねて、視線は様々な店を行き来する。キリリクは誘惑が多く、危険な街なのだ。このままでは甘いもので、身を持ち崩しかねないリリスである。
なお、先ほどからリリスに声をかけたい男性が、一定数現れては消えている。フードは被っているものの、飛び跳ねる度にフードから可愛い顔が「こんにちは」しているのだ。
だがしかし、その誰もがあっちへ行ってみたり、こっちへ行ってみたり、飛び跳ねて不規則に移動するその足取りについていくことが出来ず、リリスに気付かれることもなく、雑踏の中に消えていった。
目移りするままに人に流されていたリリスは、気付けば少し開けた広場に足を踏み入れていた。中央の噴水には何やら人が集まっている。
(何かあるのかな?)
好奇心に導かれるがまま、リリスはその人だかりの外側の輪に加わってみる。すると、一人の若者が噴水の淵に足をかけて伸びあがり、一段高い所から集まった人々をぐるりと見回した後に、口を開いた。
「お集まりいただいた皆さん! 皆さんは、現在のキリリクをどう思いますか! かつてのマーラ王国の面影を僅かばかりに残すのみとなった、このキリリク、いや、この旧都マーラを! もはやマーラ公国は、ドゴス帝国の属国のようではありませんか! 迷宮で得た宝石は、帝国と繋がっているギルドに搾り取られ、街には生活のままならない労働者が溢れている――」
伸びのある、そこそこ良い声を張るその青年の弁は流れるように続き、どんどんと熱を帯びていく。
(あ、これがレイの言っていた活動家? 確か、キリリクってかつてのマーラ王国領土で、マーラ王国復興を呼び掛けてるんだった……かな?)
リリスはレイに教えてもらったことをおぼろげに思い出しながら、ひとり頭を捻った。そんなリリスを残して、周りの熱気はグングン高まっていく。
フードで顔を隠し、下を向いて考え事をしていたリリスは、急に大声を上げた隣の人に、ビクッと肩を揺らした。
(おぉ、なんかすごい盛り上がってる……)
周りとの温度差がすごい。そんなことを考えながら、リリスは片足を後ろに引いた。気配を消してそのままゆっくりと後ずさり、その輪の中から離脱する。
「ふ、ふぅ。本当に都会はすごいよ」
かいてもいない汗を拭きとる真似をしたリリスは、顔を上げた。ふと、その視線の先に、可愛らしい看板が見える。リリスはまたもや好奇心に導かれるままに、そちらへ足を進めた。
お菓子屋さん? それとも雑貨屋だろうか? 淡紅色と淡い水色で彩られた看板は、とっても可愛くて絶妙に女心をくすぐってくる。
カランコロンカラン、となんとも可愛らしい音を奏でる扉を押して、先ほど目についた店に足を踏み入れた。
「……ん? 本屋さん?」
その店は、本屋のようであった。ただ、普通の本屋とはどこか
「あら? ここは初めてかしら?」
「え、あ、はい。そうなんです。ここは、何のお店ですか?」
入口で立ち尽くすリリスを不審に思ったのか、近くにいた店員さんが親切にも声をかけてくれた。どことなく上品そうな女性だ。
「ここはね、女性向けの
道理で、内装がずいぶん可愛らしいはずである。外から見れば、一見可愛らしいただの雑貨屋だ。リリスはその女性にお礼を言って、中を見てみることにした。
客層は、先ほど聞いた通り若い女性ばかりだ。中には明らかに身なりのよい女性もいて、貴族かもしれない。
リリスはそういった女性を避けながら本棚を物色していると、明らかに男性同士っぽい二人が絡み合っている表紙のものがあった。が、そっとソレを見なかったことにした。
(ん~~、恋愛小説って読んだことないけど、どうなんだろう? 興味はあるけど、本って高いんだよね)
それなら甘いものを買いたい……と思っていたリリスは、ふと目線の先に気になる本を見つけて手を伸ばした。そのタイトルには、「肉食男子も大満足! 気になるアノ人を胃袋でオトす料理集」と書かれている。
リリスの脳裏に、ニコルの声が蘇った。
――『男を落とすには、まずは胃袋を掴むこと! ちゃぁんと覚えておくのよ~』
リリスは満足気にひとつ頷くと、その本を片手に会計台へ向かうのであった。
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