第27話 ドワーフの薬屋(9)

 圧迫感を与えるように空に高く、堅牢な石造りの城壁を抜けると、雑多なざわめきが耳に入って来る。人々は活気に溢れ、馬はリズムを刻むように闊歩し、整えられた石畳の街並みは美しい。上を見上げれば、今日も気持ちの良い青空が広がっている。


 レイは、キリリクに来ていた。ローグの酒がもうすぐ底をつくからだ。村で借りた馬を城門入ってすぐの厩舎きゅうしゃに預けると、酒屋を探してゆっくりと歩き出した。


 踏みしめる石畳は、旧都の面影を残している。今も昔も宝石で栄える街は、堅牢な城壁からは想像もつかないほど美しい。繊細で美しい鉄細工の看板に、歴史を感じさせる趣のある細工が施された街灯、繊細なモザイクで彩られた噴水は、青く澄んだ空にキラキラと光を反射する水を噴き上げている。

 遥か昔、キリリクはそれだけで一国を誇っていただけのことはあり、かなり大きな街である。その全てを一日で回ることは不可能だ。街中でも馬車移動が普通である。今も二頭立ての馬車が、せわしなくレイの横を通り抜け、外套がいとうの裾をはためかせた。


(ギルドは確か、大通りを真っすぐいった右手側だったはず)


 レイは新旧入り混じった工房を横目に、ひとまず冒険者ギルドを目指すことにした。大きな街だけに、酒屋も多い。ひとまずギルドで迷宮の素材を換金して、酒屋の情報も得たい。


 ここキリリクでは、冒険者ギルトも当然ながら大きい。ところどころ欠けて汚れの目立つ重厚な石造りの建物は、それだけで歴史を感じさせる。レイは、押し開きにくいその扉を潜って、粗野な冒険者でざわめくギルドに足を踏み入れた。


 早速素材の売買を済ませてしまいたいところだが、先に依頼票の掲示してあるボードを確認する。さすが宝石迷宮を抱えるだけあって、その迷宮で採れる素材の依頼が多い。宝石迷宮はリリスが楽しみにしていたので、次の機会でいいだろう。ザッと全ての依頼に目を通したレイは、早速買取カウンターへ足を向けた。


 今回売るのは、リケ村近くの迷宮で手に入れた灰色や黄色の熊、狐、牛、羊、鹿、鳥、山羊、大熊猫の解体済みの素材だ。食用できる肉と魔石は自分たちで使うため残しておき、その他の毛皮や角、爪などを並べていく。

 黄大熊猫の毛皮を取り出した時、レイの後方にいた冒険者がざわめいた。


「おいおい、黄大熊猫じゃねぇか。こんなもんどこで手に入れたンだぁ?」


 今日のレイは、濃紺色のフード付きローブを着ている。フードを頭からすっぽりと被ってしまえば、細身の男にしか見えない。腰から下げた剣には気づいているだろうが、一見すると魔術師のような風体のレイは、確かに腕っぷしが強そうには見えない。

 レイは、こういった見た目だけの、昼間からギルドに留まって鬱憤を晴らすしか能のない冒険者に幾度となく絡まれていた。こんな時間から依頼にも出ず、こうしてただギルドに溜まっている冒険者など底が知れているのだ。直接話しかけられている訳でもないので、相手をするだけ無駄である。


(大方、宝石迷宮の入場料も払えないのだろう)


 宝石迷宮はその迷宮の性質上、入場料が高い。冒険者であれば、入ってしまえば元は十分に取れるのだが、それすら払えなくなる冒険者も一定数存在する。なにせキリリクは、酒にも女にも困らない街なのだ。冒険者は一攫千金を夢見てキリリクに押し寄せるが、この街で身を持ち崩す者も多い。


(リケの迷宮へ潜ればいいものを……)


 レイは、昨日まで潜っていた過疎化している迷宮を思った。馬を駆ればさほど遠くない距離なので、こんなところでくすぶっているくらいなら、そちらへ潜ればいいと思う。だが、キリリクにくる冒険者は、リケの迷宮を田舎迷宮と馬鹿にしているのだ。


「おい! 無視すンじゃねぇ!」


 素材を売って、受け取った金をアイテムバッグに仕舞ったレイは、自分の肩を掴もうとして伸ばした男の手を叩き落した。ついでに、振り向きざまにその男を含めた数人に殺気を放つ。男は顔を青くして腰をへたらせ、そのままよろよろと尻もちをついた。それを横目に見ながら、レイはフードを下した。


 レイの顔を認めた男は、更に顔を青くさせる。男から見たレイの容姿は、どうみても貴族、もしくはどこかの国の王子である。貴族に目をつけられたら、その国で活動しにくくなる。何せ、貴族や王族は、国の権力者である。したがって、冒険者や商人は、貴族に名を売り、媚びを売り、取り入って名を上げることが成功への近道となる。もちろん、己の実力だけで成り上がるものもいるし、名前が売れて実力があっても権力から距離を置いている者もいる。


 しかしながら、今この床にへたり込んでいる男をはじめとする小物ほど、陰では文句を言いつつも、権力にめっぽう弱かったりするのだ。さきほどの男の取り巻きであろう、レイに殺気を当てられた後方の男たちは、巻き込まれては御免だとばかりにへたり込む男を置いて逃げ出した。


「……黄大熊猫と戦いたいなら、リケの迷宮へ行け」


 それだけ言って男に興味を無くしたレイは、買取カウンターの中でこちらを見守っていた女性職員から酒屋の情報を聞き出した。レイは、自分の顔の使いどころをよく分かっている。レイの顔に見とれて目にハートを浮かべた職員は、周辺の職員にも聞きこんで、有益な酒屋の情報をもたらしてくれた。


(煩わしいばかりのこの顔も、たまには役に立つ)


 フードをヒョイと被りなおしたレイは、未だに呆然と床に座り込んでいる男を尻目にギルドを後にした。資金も手に入ったし、ついでにリリスに菓子でも買って帰ろう。レイは、そう思いながら足取り軽く、教えてもらった酒屋への道を進む。先ほどの並びとは異なり、鮮やかな色彩で遊び心のある看板が立ち並ぶ通りは目に楽しい。


 よく晴れた空に、細い路地の石畳の上でまどろんでいた猫が、にゃぁと鳴いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る