第21話 ドワーフの薬屋(3)
「う゛ぅっ……。あ、頭痛い」
一階で朝食の用意をしていたレイたちの元へ、二階からヨロヨロとした足取りでリリスが降りてきた。
「「……」」
昨日のことは果たして覚えているのだろうか。レイとローグは、目を合わせて同じことを考えた。爺さん、声をかけろ。それは、お前さんの役目じゃろ。と目で会話をしている。
「……リリス、ひとまずこれを飲め」
「おぬし、だから二日酔いに聖水を出すんじゃない。仕方がないの。爺特製の酔い覚ましを持ってきてやるから、ちょっと待っておれ」
レイは、椅子に崩れ落ちたリリスに聖水を差し出した。が、ローグに止められてしまったので、渋々それを引っ込める。専用の薬があるなら、その方が良いだろう。
作業部屋から出てきたローグが、渋みのある明るい青緑色の液体の入った瓶を持ってきて、リリスに手渡した。リリスは、気だるげに栓を抜いて、一気に飲み干す。
「……うっ。すごいスースーする」
「よく効くじゃろ」
目を閉じて渋い顔をしていたリリスが、涙で潤んだ目をぱかりと開く。
「た、確かに! もう気持ち悪くない!」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
ローグは嬉しそうにウンウン、頷いている。レイは、そのやり取りを若干あきれた目をしながら横目で見て、リリスの分の朝食を用意する。と、いっても買ってきたパンにフルーツ、簡単なスープにスクランブルエッグとソーセージを焼いたものだ。爽やかな酸味の果実水も、グラスに注いでやる。全員揃ったところで、朝食だ。
「リリス、昨日のことだが……」
「あ! 昨日はごめんね! なんか色々喋りすぎちゃって……」
エヘヘ、と頬を掻きながら、リリスは果実水をグイっとあおった。自分でもちょっと気まずいらしい。
「昨日の話は、私と爺さんの胸に秘めておくから、これからは外での飲酒は気を付けた方が良い」
「そうじゃの。周りが信用できる奴ばかりとは限らんからのう。リリスは可愛い顔しておるし、警戒し過ぎるくらいがちょうど良いじゃろう」
「うん……。ありがとう……」
リリスはしょんぼりした。記憶がしっかり残っているだけに、自分でもやらかしてしまった自覚はある。このメンバーで、家の中だったから良かったものの、店で一人で飲んでいたものなら、今頃どうなっていたか分からない。
「まぁ、でもたまには、吐き出すことも必要だろう」
「そうじゃの。ため込み過ぎは、体に良くないわい。酒は美味く飲んでなんぼじゃからの」
「まだ果実酒は残っているし、少しずつ飲んで慣らしていけばいい」
「そうじゃの。慣れてくれば、自分でも適量が分かってくるじゃろうて」
「二人とも、ありがどう……」
我慢していたようだが、リリスの涙腺は崩壊した。気が付かなかったが、本当に色々溜まっていたらしい。
レイとローグは顔を見合わせて、やれやれと顔を左右に振った。手のかかる妹が、娘が、それぞれ出来たような気分だ。レイは、新たに買い足した白いハンカチを、リリスに手渡した。
リリス号泣の朝食を終えて、ハーブティーで心を落ち着かせ、三人は今後の予定を話し合っていた。
「リリスには、まずは調薬の基礎を学んでもらうとするかの」
「はいっ! よろしくお願いします!」
「私は、定食屋に肉を持って行った後、近場の迷宮にでも行ってくる。必要なものがあれば、書き出しておいてくれ」
「それは助かるの。ちょうど切らしておるものもあるし、ちょっと待っておれ」
「あぁ。ここまでで採集した薬草も出しておくから、使ってくれ」
「それは有難いの。そこの机の上に並べておいてくれるか」
「あっ。レイ、私のもあるから手伝うよ」
こうして三人は、それぞれに動き出した。
***
レイは、定食屋の女将にアイテムバッグに入っていた、適当な肉を渡して三人分の食事を頼んだ後、迷宮への街道を歩いていた。食事は帰りに受け取るので、その時にまた食材を渡せるよう迷宮で何か狩ろう。何がいいだろうか、と考えながらとサクサク歩く。
レイは相変わらず、自分で料理をする気はない。自分は剣を振っている方が性にあっているし、そういう風に育てられたのだ。無意識に染みついた考えは、そうそう変わることはない。リリスが食べたいと言えば、作ってやることもやぶさかではない、が。
(……どうも、リリスには甘くていけない)
そう思いつつも、こんな生活も悪くない、とも思った。
これから向かう迷宮は、リケ村からキリリク方面への街道を歩いて、しばらくいったところにある。キリリクは稼げると人気の、宝石が出る迷宮を抱えている。が、そのキリリクからも微妙に遠く、周辺に何もないこの迷宮の人気は低かった。浅い層でとれる獲物もパッとしない、ということも大きい。
(奥まで潜れば、それなりの物もとれるが)
レイはそう知っているが、この迷宮の探索はさほど進んでいない。リケ村から比較的近い位置にあるが、リケ村に宿屋がないということも、人気のない要因だろう。気のいい住民が多い村なので、頼めば民家に泊めてもらうことは可能だが、わざわざそんなことをする冒険者はほとんどいない。
迷宮前にたどり着いたレイは、入口横の小屋に入る。こんな迷宮でも一応、出入りは管理されているのだ。宝石迷宮と違って、入場料や獲得したものの提出義務などはないが。
この管理小屋は、冒険者ギルドから委託を受けたリケ村の住民が常駐している。簡易的なギルドの役目もあるので、迷宮で得たものの売買も可能である。レイは、この小屋の壁に貼られている依頼票を一通り確認していく。あえて受注はしないが、ついでに狩れそうなものがあれば、狩ってくる予定だ。
「おや~。レイじゃないか~。久しぶりだな」
「あぁ。これからしばらくの間、世話になると思う」
レイは、管理人にギルドカードを見せて挨拶を交わし、迷宮へと足を踏み入れた。外とは空気が違い、迷宮内はひんやりと涼しい。少し薄暗いが、明かりは必要ない。
「さて、何から採集するか」
レイは、ローグから渡された手の中の、欲しいものリストを開いた。一番上には、でかでかと「酒!」と書かれている。
「……あの爺さんめ」
レイは、リストの一項目を無視することにした。
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