第63話 合宿に向けて

「やっぱ海と言えば焼きそばとカレーだよね。謎においしい」


「一説によると潮風がいいアクセントになってるらしいよ」


「マジ? じゃああたしもおいしくなってるかな」


「そ、それはどういう……」


「や~ん。てるのエッチ」


「「…………」」


 里奈りなが言った通りこの気温だと完全に料理が冷めるということはなく、生温い感じになった焼きそばとカレーを頬張る。

 そんな僕らを仁奈になさんと爽井さわいくんは冷ややかな目で見つめていた。


「お姉ちゃん達、妙にテンション高くない?」


「そう? えへへ、そうかな~?」


「絶対おかしいよ! ねえ?」


「ああ、すげー浮かれてる。海の家でおまけでもしてもらったのか?」


 海の家で再びナンパ野郎に絡まれたことは内緒にしようと里奈りなと約束した。そもそも仁奈になさんの中では最初の一件を里奈りなが知らないことになっている。


 だから余計なことは何一つ言えない。僕らは注文して放置したままだった料理を取りにいって、里奈りなはなぜか浮かれて帰ってきた。

 そのなぜかの部分については触れないでほしいというオーラを放ち続けるしかない。


「いや~、夏休みはこれからじゃん? 合宿もあるな~って急に考えたら楽しくなっちゃって」


「あの地獄の合宿を楽しみと言えるんだ……」


 里奈りな爽井さわいくんで随分と合宿に対する反応が違う。剣道部と違ってバスケ部は男子と女子で別れているから練習メニューが違うのかもしれない。


「いつもは男女別で練習するんだけどさ、合宿は基礎トレは一緒にやんの。男子は女子に良いとこ見せようって張り切って自滅するんだ」


「へえ、星太せいたもそうだったんだ?」


「いや! 俺は去年から仁奈になのことが好きだったから、ただひたすらに自分との戦いをしてたよ」


「本当? お姉ちゃん」


「さあ、あたしも自分のことで精一杯だったから」


「なっ! 余裕とまでは言わないけど、先輩もビックリの笑顔でトレーニングしてたじゃねーか!」


「なあんだ。星太せいたはお姉ちゃんのこと見てたんだね」


「ち、違う。いや、だって顔は同じわけだし、同じ一年であんなに動けるのはすごいなって素直に思ってただけで。……純浦すみうらなら気持ちわかってくれるよな?」


「え? 僕?」


 急に話題を振られても気の利いた返しなんてできない。

 率直な感想を言えば、ばいんばいんに揺れ動く里奈りなのおっぱいをガン見しているだろうということだ。


 だけど、それでは火に油を注ぐだけ。爽井さわいくんのフォローにもならないし僕にも火の粉が飛んでくる。

 笑顔で話題が変わるのも待つことしかできない。すまん。爽井さわいくん。


「剣道部も男女合同なんでしょ? ねえ仁奈にな、あたしと入れ替わらない?」


「無理言わないで。お姉ちゃんはなんとなく剣道できるかもしれないけど、わたしはバスケなんて無理」


「そうかなあ。合宿前に練習すれば案外行けるかもよ?」


「ちょっと練習してできるようになるのはお姉ちゃんだけだから。まあ、わたしだって星太せいたと同じ合宿に行きたいけどさ」


仁奈にな……」


「だって他の女の子に浮気するかもしれないし」


「しないよ! 信じてくれよ!」


「あはは。あれだけ大胆な告白をしたんだから二人が付き合ってるのは周知の事実なわけだし、他の女子だってなかなか手出しできないよ」


「それが危険なんだよ純浦すみうらくん。略奪愛の方が燃える子とかバスケ部にはいそうだし」


「そ、そんな人いるのかな」


 略奪する方ではなく、される方で燃えている人が今この場に存在している事実を知っているのは僕と当の本人だけ。

 うっかりその情報が漏らしてしまうんじゃないかと肝が冷える。


「合宿の日程はバスケ部が先で、その次に剣道部だったよね?」


「室内スポーツの合宿はみんなあそこだからね」


「つまり、帰りのバスにうっかり乗り忘れてしまったらあたしも剣道部の合宿に」


「お姉ちゃん!」


「冗談だって。そんなことしたら仁奈になにも迷惑が掛かっちゃうし」


「よかった。里奈りなならやりかねないから」


「んん? てるはあたしと一緒の合宿はイヤ?」


「そういうのじゃないけど、彼女と一緒のところを部活のやつらに見られるのは恥ずかしいっていうか」


 寝室は男女でしっかり別れているし、先生の見張りだってある。

 それでも同じ建物の中に彼女が寝てるのかと想像するだけでムズムズとこみ上げてくるものがある。男子高校生としては仕方のないことだ。


仁奈になてるが合宿中に浮気しないように監視を頼んだ」


「お姉ちゃんもよろしくね。星太せいた、人気があるから」


「任せない! 爽井さわいくんに近付く女は全員蹴散らすから」


「そこまでしなくていいよ。彼女ムーブやめて!」


「ちなみにあたしは仁奈になの彼女ムーブは許可するから。もしもの時はあたしになりきっててるを誘惑から守ってね」


「大丈夫だよ。僕は爽井さわいくんと違ってモテるタイプじゃないから」


「甘いよてる。彼女欲しいってがっつく男子はモテないけど、彼女ができて余裕ができた男子はモテるようになるんだから」


「そうなの?」


 里奈りなの独自理論ではないと疑った僕は二人に判断を仰いだ。

 仁奈になさんと爽井さわいくんが黙って頷いところを見ると、おそらく真実なんだろう。

 

お互い初めての彼氏彼女だと言っていたけど、モテる人には恋愛相談も集まりやすいという偏見を持っている。

 そんな二人が、彼女ができた男はモテだすと言っているんだ。もしかしたら僕も……。


「って、それ全然嬉しくない! 僕は里奈りな一筋だから!」


「えへへ。ありがと。でも、そういう男に限って彼女の目が届かないところで……みたいは展開は定番だよ」


「僕はそんな定番通りにならないから!」


 言えば言うほどフラグみたいになっていく状況に疲れて、この後も続いた僕が浮気する説に対してついに反論をやめた。

 

 ナンパ野郎には恐い目に合わされたけど、この一件のおかげで里奈りなとの距離がさらに縮まった気がする。

 里奈りなも浮気はダメみたいなことを言ってくれたし、このまま順調に行けば寝取られ計画を諦めてくれるかも?


 合宿中の稽古は地獄だけど、彼女にカッコいい姿を見せるためと思えば乗り越えられる。

 そんな希望が湧いてくる海でのダブルデートは最終的に楽しい思い出でいっぱいになった。

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