第48話 前夜
日帰りで海に行く前夜。出発が早いのですぐに寝なければならないと頭ではわかっていても体はそううまくいかない。
小学生みたいで恥ずかしいけど楽しみで眠れない。それにプラスしてそもそもまだ眠くない。
催眠効果を期待して宿題に手を付けるも明日のことを考えるとなかなか捗らず、その上睡魔にも襲われない。
♪ぴろりん
一緒に海に行くメンバーのうちの誰かだと思う。
シコ太郎の線も捨てきれないけど、海に行くことは隠し続けて一学期を終えることができた。
夏休み中はいろいろな部活が本格的に活動するので取材にうってつけとヤツは言っていた。
そんな貴重な時期を逃してまで
男はおっぱいに逆らえない。身をもって実感している。
「と、誰からだ」
予想は大体ついている。
あまり交友関係の広くない僕に連絡をくれる人なんて限られている。
『やっほー。まだ起きてる?』
『起きてるよ。全然眠れない』
『小学生みたいでかわいい』
『かわいい言うな!』
怒りマークのスタンプなんかも送ってみたりして普段のやり取りをLINE上で再現する。
もちろん本気で怒ってるわけじゃないし会話だと軽くあしらうくせに
こんな風に泣かれると僕が悪かったみたいな気持ちになるから不思議だ。
完全に情緒を彼女にコントロールされてしまっている。
『どんな水着が気になる』
目が血走っているスタンプを送ってみた。
公共の場なら多少の照れ隠しはするけど、二人だけのやり取りなら欲望丸出しにしても問題ない。
むしろ変にカッコをつけて興味がないフリをした結果、水着を着てくれなくなったら死活問題だ。
『じゃあちょっとだけ』
すぐさま返事が来て、画面を開きっぱなしなのですぐに既読を付けてしまった。
もしかして写真を見せてくれるのか?
余計に眠れなくなってしまいそうだ。でも、いつまでも悶々とするよりチラリとでもヒント的な写真を見た方が落ち着くかもしれない。
がっついて良かった。節度は必要だけど自分の欲望には素直に生きるのが一番だな。
♪ぴろりん
そわそわしながら待つこと10分。
自然と暗くなっていた画面に一件の通知が表示される。
この文字列を見た瞬間に光速でロックを解除した。
「マジか……」
思わず感嘆の声が漏れた。
スマホの画面いっぱいに広がる胸の谷間。
接写し過ぎて水着は映っていないが、それはつまり布の面積が小さいことを意味する。
このたわわな胸を僕は独り占めしている。
だけど海には悪い虫が多い。きっとそうだ。
そんな悪い虫から彼女を守らなければならない。
前日に見せてもらえてよかった。ただ浮かれて海に行くだけだったら大きな失敗を犯していたかもしれない。
♪ぴろりん
通知音と共にメッセージがルームに追加される。
『どう? ドキッとした?』
さっき送った血走ったスタンプを再送信する。
言葉では言い表せない感情がここにある。
『ふふ』
『やっぱり男の子ってエッチだね』
ぐうの音も出ない正論とはまさにこのこと。
謝るのはなんか違うし、エッチで悪いかと開き直るのもカッコ悪い。
どう返したものかと悩んでいるとさらにメッセージが送られてくる。
『実はね』
『さっきの写真』
『腕だよ』
…………は?
いや。言わんとしていることはわかる。
腕を曲げてその部分を接写すると胸の谷間に見えるってやつ。
でもさ、この柔らかそうな肉感とボリュームは腕の肉じゃないよ。
バスケで鍛えた彼女の体は引き締まっている。
お腹やお尻は服の上からでしか確認できないけど、腕に関しては半袖なので生足ならぬ生腕をしっかりとこの目で拝んでいる。
いくら曲げたってこんなにお肉が集まるものか。
なるほど。急に恥ずかしくなって苦しい言い訳を始めたわけだな。
悪いな
『いやいや良いおっぱいでした』
『ありがとうありがとう』
すぐに既読が付いたので
どうせなら焦らした方が良かったかな?
『いや、本当に腕のアップだから』
『水着はもうカバンにしまってるし』
『さすがにノーブラの胸を送る度胸はないって』
なん……だと……?
形が崩れないように寝る時もブラをするという情報を小耳に挟んだことはあるが、
ノーブラおっぱいの感触が生々しく蘇る。
外でノーブラは痴女だけど家の中なら何も問題はない。
むしろ外し方とかわからない僕にとっては朗報ではないか。
『そっか。腕なんだ。水着は明日の楽しみにとっておくよ』
『彼女の腕とおっぱいの区別くらいできてよね』
だったらちゃんと見せてよ。
入力しては消し、入力しては消しを繰り返して、最後に送信しかけたところで思い止まった。
イメージだけど、パパ活のやり取りみたいでゾワッとした。
こんなメッセージを送らなくても明日になれば彼氏として堂々と水着姿を拝めるんだ。
今は我慢の時。焦って気を起こすとまた心がすれ違ってしまう。
♪ぴろりん
『時間切れ~』
『
『明日のお楽しみだね』
『
『焦らされるのが好きなんだね』
むふふといやらしく笑う犬のスタンプが腹立たしい。
僕はMではないし焦らされるのも好きじゃない。
まあ、相手が
どうせこの時間切れというのもなかなか返事が来ないから送っただけで、即レスで見たいと送ったらイジられたに違いない。
きっとそうだと自分を納得させないと悔しさで枕を濡らしてしまう。
『明日は早いしもう寝るよ』
『すごい楽しみだから』
『万全の状態で行く』
『おやすみ』
もうどんなメッセージが来ても返事はしないと心に誓いおやすみを送った。
名残惜しくても半ば強制的に終わらせないとだらだらとやり取りが続いて結局寝るタイミングを逃してしまう。
夏の日差しが降り注ぐ海に行くんだから万全の状態で行きたいのも本音だ。
絶対にどんなメッセージでも返信はしないぞ。
♪ぴろりん
返信はしないだけでちゃんと既読は付けておく。
重要な連絡事項だったら困るし。
が、しかし、彼女からの返事は0文字だった。
代わりに送られてきたのは1枚の画像。
ウインクしながら投げキッスをする自撮りだった。
片目を閉じているせいでうまく撮影できなかったのか少しブレているし、そもそもウインクがぎこちない。
そんな雑な自撮りでもしっかり可愛いんだから、女の子は日々頑張っていることを実感させられる。
「寝る時はTシャツなんだ」
ノーブラのおっぱいを包む布は大きなカーブを描いていた。
Tシャツが映らないように胸の谷間を撮影するには脱ぐしかない。
わざわざそんな手間を掛ける理由はないので、きっとあの写真は腕のドアップだったんだろう。
もし僕が一度もキスしたことがなければスマホの画面にそっと口づけをしたかもしれない。
でも、僕はもう唇で触れる唇の感触を知ってしまっている。
唇とは似ても似つかない固い液晶画面をタップする。
彼女の証言と状況証拠から腕画像だと99%確定しているのに、残り1%のわずかなおっぱいの可能性を捨てきれず、僕はそっと画像を保存してベッドに入った。
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