第43話 相談

「はぁ……」


「どうした純浦すみうら。昨日励みすぎたか?」


 下ネタから会話に入るシコ太郎のスタイルは今日も健在だ。たいていの悩みはこのゲスでおバカな悪友の絡みで吹き飛ばしてきたけど、こればっかりはどうにもならない。


「まあ、そんな感じだ」


「え……マ?」


「あ、いや、誤解するな。一方的に空回っただけだ」


「ちっ! 双海ふたみ姉のあられもない姿を納めてもらおうと思ったのに」


「相変わらずゲスいなお前は」


 里奈りなにキスを拒否られてからLIENでも連絡を取っていない。

 彼女の言葉を勝手に解釈して、ロマンの欠片もない帰り道の路地裏で半ば強引に迫った僕が悪いのは明らかだ。


 殴られたり別れを告げられていないだけマシだと思う。怒ってはいるだろうけど、そこまで話が進展しないだけ里奈りなの懐の深さに感謝しなくては。


「っていうか双海ふたみ妹も彼氏ができたろ? あ~あ、これでどっちもガードが固くなっちまう。商売あがったりだぜ」


「お前はブレないな」


「ゲ~スゲスゲス。俺はこの持て余した性欲を写真で発散するんだ。高校生活をエロに捧げる!」


「カッコいい風に言ってるけど最低だな」


「どこかだよ。男子高校生なんてみんなそうだろ。くぅ~、巨乳をいつでも揉める男は余裕ですなあ」


 そういう評価をされるとクラスメイトからの視線が痛い。

 いつでもどこでもおっぱいを揉めるわけじゃない……っていうか自分から揉むことなんてない。

 あくまでも里奈りなのサービス精神をありがたく享受しているだけだ。


「お前のせいで教室に居づらくなっただろ」


「愛する彼女の元へでも行ってきな」


 その愛する彼女と気まずい雰囲気になっているのを知ってか知らずかシコ太郎に煽られて僕は教室を後にした。

 特に尿意は催してはいないけど、ゆっくりとトイレに行って帰ってくれば休み時間も終わるだろう。


 双海ふたみ里奈りなの彼氏としてちょっと有名になり、こそこそと噂話をされるのをしり目に廊下を歩く。


純浦すみうらくん」


「あ、仁奈になさん」


「よかった。教室だと声を掛けるタイミングがなくて」


「そうなんだ」


 まさかシコ太郎は仁奈になさんの気持ちを察して……? いや、それはないか。単純に僕をイジっておもしろがってるだけだ。


「昨日、お姉ちゃんとなにかあった?」


「…………」


 双子の姉妹でまだ高校生なんだから、当然二人は同じ家に帰宅する。

 里奈りながどんなに平静を装ったとしても、ずっと一緒に過ごしてきた妹ならわずかな変化も感じ取れるのだろう。


「お姉ちゃんって悩み事があってもテンションでごまかして、いつの間にか自分で解決しちゃってるの。それが昨日はすごく落ち込んでて、純浦すみうらくんとなにかあったのかなって」


「あー……」


 平静を装えないくらい落ち込んでいたと知り、僕は自分の行動を猛省した。

 いつも元気で大胆な言動を取るから、心のどこかですぐに許してもらって仲直りできるんじゃないかと期待していた。


 でも、女の子にとってすごく恐い思いをさせてしまった。彼氏失格だ。


「実は……」


 里奈りなが僕の想いを受け入れてくれると早とちりしてキスを迫ったこと、そしてそれを拒絶され、そのあとは連絡を取っていないことを話した。


「そうなんだ。お姉ちゃん、意外と恋人とのスキンシップに奥手なんだね」


「奥手ではないと思うよ。いきなり胸を押し当てたりするし。でも、どこかに里奈りななりのラインがあって、そこを超えられない感じ」


「なるほどね」


 唇に人差し指を当てて考え込む姿に思わず見惚れてしまう。

 いつもなら豊満な胸に集中する視線も、つい瑞々しい唇へと移る。


「また練習してみる? わたし」


「え? いや、それはもう」


 だって今の仁奈になさんには彼氏がいる。

 そんな女の子と恋愛の練習なんてしたらお互いにとって浮気になってしまう。


「もちろん今度は寸止め。ぶっつけ本番で緊張して失敗するより、ちゃんと練習してその成果を出す方が良いと思わない?」


「それは、まあ……」


「わたしも初めての彼氏でわからないことがいっぱいなの。でも純浦すみうらくんと練習しておけばお姉ちゃんに恋愛でマウント取れるかもでしょ?」


「恋愛はマウントを取るようなものじゃないと思うけど」


「じゃあ純浦すみうらくんはお姉ちゃんとどうやって仲直りするつもり?」


「…………」


 仁奈になさんの質問に全く回答を出すことができない自分が情けない。

 まずは愚行を謝るのは当然として、そのあとにどうすればいいのか見当も付かない。


「女の子と仲直りする方法、練習したくない?」


「……うん」


 仁奈になさんは僕を誘惑しているんじゃない。ただ単に恋愛相談に乗ってくれているだけ。

 頭の中で何度も何度も自分に言い聞かせて納得させる。


「あ、でも今は無理そうだね。もう次の授業が始まっちゃう。部活の時でいいかな? 今日は剣道部とバド部だから」


「一応確認するけど、この前みたいなことはしないんだよね?」


「もちろん。みんながいる場所でも平気なことだよ」


「よかった……」


「ふふ。顔には残念って書いてあるよ?」


「んなっ!?」


「冗談。純浦すみうらくんとお姉ちゃんには仲良しでいてほしいから。だからわたしは協力するの」


「……ありがとう」


「どういたしまして。お義兄にいちゃん」


 くすりと怪しく笑う横顔はとても妖艶で、おっぱいを押し当てる里奈りなとは違うエロさを醸し出していた。

 僕は寝取られるわけじゃない。里奈りなと仲直りするために必要なことなんだ。


 もしかしたらこの状況こそが里奈りなの望む展開なのかもしれない。だけど僕は諦めない。

 僕は里奈りなの彼氏で居続ける。里奈りなが寝取られを諦めるくらい、僕にずっと居てほしいと思ってもらえるように、そのために一瞬仁奈になさんの力を借りるだけ。


 浮気じゃない。寝取られてもない。今の僕が好きなのは里奈りな

 頭の中で繰り返しながら仁奈になさんの居る教室へと戻った。

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