第31話 爽やかイケメン

「キャー! 爽井さわいくーん!」


 体育館の中に悲鳴にも似た黄色い声援が響く。

 今日は剣道部と男子バスケ部が体育館を使える日だ。


 ローテーションなので今までに何度も男バスと一緒の日はあった。

 ただ、こんなにも女子の声援が大きいのは初め経験する。


 シコ太郎が女子の活動を撮影して悲鳴が上がったことはあったけどここまでではない。

 里奈りなが言っていた爽井さわいくんファンのすごさをこの身をもって体感した。


「剣道部集合!」


 部長が怒声を上げると部員はすぐさま整列した。

 僕が里奈りなと付き合い始めてすぐくらい、あるいはそれ以上の機嫌の悪さを部長は放っている。


「えー、今日は男子バスケ部と体育館を使うわけだが、やつらに気合で負けることは許さん。いつも以上に声を出していけ! あの爽井さわいとかいうやつへの声援をかき消すくらいにな!!」


「「「はい!!!」」」 「「「……はい」」」


 部長の考えに賛同するように大声で返す男子と、哀れな部長に呆れる女子。

 絶対に埋まりそうにない深い溝が男女の間にできてしまった。


「よーし! 女子はネットの方に並んでバスケ部に背を向けろ。ネットは補強されたからボールが当たることはないから安心しろ」


「「「えーーー!」」」


「えー! じゃない。ボールの動きに目を奪われて稽古に集中できなかったら困るだろ? 俺の配慮だ」


「それなら男子だってバスケ部に背を向けた方がいいと思いまーす」


「俺達はバスケ部に対して喝を入れるという使命がある。なあ、みんな」


「「「はい!!!」」」


 どんだけモテる男子が憎いんだよ。なんて斜に構えていられるのは自分に彼女がいるからだ。

 里奈りなと付き合っていなければ、仁奈になさんと仲良くする爽井さわいくんに多少なりとも嫉妬心は芽生えていたと思う。


「いや~、部長燃えてるね」


「嫉妬の炎がって感じだけど」


純浦すみうらくんは余裕?」


「まあ、僕には最高の彼女がいるし」


「ふふ。お姉ちゃんに伝えておくね」


 女子がバスケ部の練習を見られない位置取りに抗議をするので稽古は始まらない。

 男子は男子で一部の過激派が大声を張りながら素振りをして爽井さわいくんに声援を送る女子の気を引こうと必死だ。


 本人は一生懸命なので気付いていないみたいだけど、素振りをする彼には冷ややかな視線が向けられている。


仁奈になさんはいいの? 抗議しなくて」


「う~ん。純浦すみうらくんとお話する方がいいかな」


 お互いに面を装着しているので表情はうまく読み取れない。

 仁奈になさんがどんな顔をしてこんな発言をしたのかわからないし、僕がこの発言によってニヤけているのもバレていないはずだ。


「あー、そうだ。剣道の本だけど」


「それはあとにしよう。他の部員には貸してほしくない」


 本当は爽井さわいくんが気にならないのか尋ねたいけど、そんな直接的な質問をする度胸はない。適当に剣道の本でお茶を濁そうと思ったらそれも阻止されてしまった。


爽井さわいくん大人気だ」


「うん。良いやつだしね」


「男子から見てもそうなんだ?」


「陽キャと一緒にクラスの中心にいつつ、僕みたいな陰キャとも話が合う。里奈りなさんとは別の方向ですごい人だと思う」


「学校ではやっぱりさん付けなんだね」


「呼び捨ては二人きりの時って決めてるから」


 剣道部のいざこざなんて関係ないと言わんばかりにバスケ部は練習に励んでいる。

 一年生と思しき部員はドリブルをしながら体育館の周りを走り、二、三年生はその中で試合をしている。


 たまに一年生にボールがぶつかりそうになるけど、それを上手に回避していた。

 バスケのことはよくわからないけど反射神経も一緒に鍛えているんだと思う。


「「「キャー―――――!!!!」」」


 爽井さわいくんがゴールを決めると歓声が上がる。体育館全体を見渡すと、声を上げて応援する女子だけではなく、じっと彼を見つめる地味めな子もいる。


 恋愛勢力図が変わったとシコ太郎は言っていた。今まで隠していた想いを素直に出すようになったというのは本当らしい。


「男子はああいう感じじゃないよね。もっとこう、ねっとりと見てる」


「ねっとり……」


 もしかして仁奈になさんは僕の視線をそんな風に感じていたのだろか。

 できるだけ気付かれないようにしていたつもりだけど。


「胸を見てるなってすぐにわかるんだ」


「そう……なんだ」


「わたしは胴で隠れてるけどお姉ちゃんは動きが激しいからね。剣道部の男子は隙あらばお姉ちゃんの胸を見てる」


「ぼ、僕は……」


「お姉ちゃんの彼氏になった純浦すみうらくんは無罪です」


「おおっ!」


「その代わり、他の子の胸を見てたら死刑です」


「えぇ……」


 無罪判決からの死刑判決は裁判のジェットコースターだ。

 もちろん里奈りな以外の胸をガン見するつもりはない! 

 でも、目の前に大きなおっぱいがあれば自然と見てしまうのは男子の本能だ。


爽井さわいくんも女子の胸を見るのかな」


「そりゃあ、まあ」


 言葉を濁したけど答えは全力でイエスだ。

 おっぱいで好きになったわけではないが、爽井さわいくんと双海姉妹のおっぱいについて語り合った思い出もある。


 爽やかイケメンと対等に会話できるきっかけになるおっぱいはやはり素晴らしい。


「結局、男子ってみんなそうなのかな」


「それは否定しないけど、爽井さわいくんは良いやつだよ」

 

なんで僕はこんなに爽井さわいくんをフォローしてるんだろう。


 自分以外の男子で選ぶなら、爽井さわいくんが一番仁奈になさんを安心して任せられるから? 僕は一体何様なんだ。


 仁奈になさんの彼氏は仁奈になさん本人が選べばいいし、そこに僕の意見が介入する余地はない。


「ふふ。やっぱり頼りなるなお義兄にいちゃんは」


「ちょっ! その呼び方は」


「大丈夫大丈夫。誰にも聞こえてないよ。それでね純浦すみうらくん」


 ボールが床を跳ねる音と部長に抗議する女子の声、爽井さわいくんへの歓声とそれを打ち消さんと発せられる男子剣道部員の怒号が混じり体育館はとても賑やかだ。

 仁奈になさんの言う通り僕らの会話はきっと他人の耳には届いていない。


今度爽井さわいくんと一緒に勉強するんだけど、純浦すみうらくんも一緒にどうかな?」


「え? なんで?」


「この前一緒に勉強してわかったの。純浦すみうらくんと勉強すれば確実にレベルアップできるって」


「いや、爽井さわいくんの方が順位が上だし、爽井さわいくんと二人の方が」


「ダメ?」


「~~~~っ!」


 面をした状態でも上目遣いって可愛いんだな。新たな知見を得てしまった。

 想像で相手の顔を補うことで理想の仁奈になさんが僕に上目遣いでおねだりしている。


 もし彼女がいなければ二つ返事で受け入れていた。

 これ以上は浮気っぽい行動を取るなんてできない。


「ごめん。仁奈になさんと勉強すればレベルアップできるのは僕もよくわかってる。でも、女子と勉強っていうのは……」


「じゃあお姉ちゃんも誘おうよ。爽井さわいくん的にはお姉ちゃんに教えてもらった方がいいと思うし、わたしと純浦すみうらくんは間違えたところを教え合う。これは四人でトップ4を独占しちゃうかもね」


「待って待って待って。どういう組み合わせなの? 僕と里奈りなさんは付き合ってる。里奈りなさんと仁奈になさんは姉妹。爽井さわいくんが気まずくない?」


「大丈夫だよ。爽井さわいくんは誰とでも仲良くなれるんでしょ? それに勉強会に誘ってきたのは爽井さわいくんだし」


 いや、その誘ってきた意図を汲みとってあげて!

 爽井さわいくんは仁奈になさんと二人で勉強したいんだよ!?

 この前デートみたいなこともしてたんだから仁奈になさんなら察せるはずだよ!


 叫びたいことはたくさんあってもそれを声にすることははばかられて心の中にモヤモヤと溜まっていく。


「男子と二人きりって緊張しちゃうから、純浦すみうらくんとお姉ちゃんが来てくれると嬉しいな」


 僕と二人きりだったのは男子としてカウントされてないの?

 それに爽井さわいくんとデートしていた説明が付かない。


「一応聞いてみるよ。って、別に仁奈になさんが聞いてくれてもいいんだけど」


「う~ん。わたしよりかは純浦すみうらくんが誘った方が確率高そうじゃない?」


「それもそっか」


 仁奈になさんがお願いすれば里奈りなは絶対に誘いに乗ってくれる。

 面倒見は良いし姉妹仲も良いからそう断言できるけど、ここは彼氏らしく僕が里奈りなを誘いたくなった。


「やっぱり頼りになるね。お義兄にいちゃん」


「だからそれはやめてって」


 バレたらアウトなシチュエーションで僕をからかうのは双海姉妹の特性だ。

 そんな姉妹に爽井さわいくんも加わっての勉強会は楽しみな反面、ちょっと胃が痛くなる。


 お願いだから二人とも変なことを言わないでほしい。


華麗にゴールを決めると体育館は再び湧いた。

声援を送る女子達に爽井さわいくんが手を振り返すと、剣道部の妨害も虚しくさらに甲高い声が響き渡る。


 そんな爽やかイケメンを見つめる仁奈になさんは一体どんな顔をしているんだろう。

 恋する乙女の顔をしてくれていればこんなにも悩むことはないのに。


 僕のモヤモヤは全く晴れない一方、部長と女子部員の問題は解決したようだ。

 

「初めはさっき言った通り女子はバスケ部に背を向けるように。そこから時計回りに一人ずつ移動するぞ」


 爽井さわいくんがコートで活躍しているのはまさに今。部長としては少しでも時間を稼げればということで折れたみたいだ。


「早くローテーションさせよう。急いで!」


 そうと決まれば女子の団結力はすさまじい。

 迫力に押されて各自怒号を張っていた男子部員も整列させられてしまった。


「それじゃあ勉強会の件、お姉ちゃんによろしくね」


「うん」


 仁奈になさんはローテーション的に一番最後までバスケ部に背を向ける位置に立った。

 爽井さわいくんの活躍に興味がないのか、あるいは一緒に勉強できる余裕なのか。


 少なくとも里奈りなから僕を寝取るなんて考えはないはずだ。

 そう信じて僕は、初めての告白をしてフラれた女の子の恋を心の中で応援した。

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