第59話 専守防衛の本懐(2/3)

『各誘導弾、初期上昇完了!……飛行中リンクへの妨害激しい! 各誘導弾とも自律モードで飛行します!』

「敵の妨害は1歩も2歩も上手だ! リンク切断は構うな! 自律モードで十分当たる!」

『成層圏にて各誘導弾ラムジェット飛行に移ります。マッハ2……マッハ3.5へ加速! 最大射程モードへ小樽沖の敵艦隊へ突っ込みます!』


 31式艦対艦誘導弾は2020年代のトレンドを反映して開発された長射程・超音速型の対艦ミサイルである。

 ロケットブースターで上昇・初期加速を得たのちはラムジェットエンジンで駆動することが最大の特徴だが、空気抵抗の少ない成層圏を飛行した場合、長大な射程を得ることができる。


(しかも緩降下をかけながら突入する最終速度はマッハ4以上! ステルス性もF-35B戦闘機より高い! これが通じなければ我々に打つ手はない!)


 もとより1000km以上彼方の目標など、水平線より先が見えない護衛艦は照準・誘導しようがない。

 すなわち、31式艦対艦誘導弾をはじめとする長射程ミサイルは自衛隊が採用しているリンクシステムによる情報連携あっての兵器であった。発射直前に照準能力が自衛隊統合ネットワークにて転送されインプットされる。飛行中もリンクが可能であれば、照準情報は随時修正される。


(だが、今回飛行中の照準修正は期待できない……敵の妨害が凄まじいからだ)


 そこで頼みになるのはミサイル自身の照準能力である。つまり、自律飛行・攻撃モードだ。

 飛行中の照準修正など不可能だった時代から、自衛隊のミサイルは世界最高レベルの命中精度を誇ってる。藤田艦長が「十分当たる」と言い切ったのはそうした過去の蓄積があってのことなのだ。


(もちろん、31式の強みはそこだけじゃない)


 リンク前提の照準を行う発射方式のため、護衛艦は標準的な艦対艦誘導弾SSM発射器さえ搭載していれば、火器管制装置やレーダーの能力によって制限を受けることがない。

 極端な話をすれば、貨物船や海保の巡視船に戦術ネットワークリンク装置と発射器を設置するだけでも31式艦対艦誘導弾は発射可能である。


(だが、弱点もある……高価格だし、低脅威目標に使うには強力すぎるミサイルになってしまった……大量生産が行われていたのは、歴史の偶然と言ってもいいほどだ……)


 冷戦時代の海上自衛隊であれば、31式艦対艦誘導弾の辿った道は悲惨なものだった。

 高すぎる価格。増えない生産数。ますます上がるコスト。悪循環はきわまり、おそらく100発も生産できれば良い方だっただろう。


 ところがかつての対馬沖海戦において、海上自衛隊はおろか陸上自衛隊・航空自衛隊までも保有する対艦ミサイルをほぼすべて撃ち尽くしていた。

 それでいて第2次朝鮮戦争、そして中国で発生した内戦の混乱は核ミサイルの流れ弾が飛んでくる可能性を劇的に高めても、敵の艦隊が侵攻してくる危険は遠ざけていた。


 つまり、対艦ミサイルの出番は当分、ありそうもなかったのである。


(ミサイル防衛に特化した『おごうち』級の量産などがいい例だ……)


 かくして31式が制式化されるまでの空白期間、護衛艦の対艦ミサイル発射器はほとんど空っぽの状態であった。

 そんなものを整備する予算はまったくなかった。


 皮肉なことにようやく対艦ミサイルの生産に注力できるようになったのがこの数年である。

 異例の大量発注と短期生産によって、わずか3年で自衛隊は1000発もの対艦ミサイルを受領していたのだ。


(本当に皮肉なことだ……)


 それらすべては同一系統の技術を使ったファミリー方式であり、もはや日本国でこれ以上低廉にミサイルが生産されることはないのではないか、というローコストだったのである。


『上空の第2波混成部隊、32式空対艦誘導弾発射! 31式と同様のコースにて、敵艦隊へ向かいます!』


 台湾から発進した航空自衛隊のF-35戦闘機120機、さらにP-1対潜哨戒機50機、さらには無人改造された旧式機F-2戦闘機60機からも次々と対艦ミサイルが発射された。

 32式空対艦誘導弾は31式の技術を80%以上転用した兄弟型のミサイルだ。中には見慣れないunknown反応も混じっていた。それが台湾で急遽供与された雄風X型ミサイルであることは、遠い未来にようやく明らかになることである。


(それでも全機がミサイルを満載できてるわけじゃない……数が足りない……)


 小樽沖を上陸地点たる石狩湾へ向けて疾走する艦隊との距離はおよそ1500km。

 航空自衛隊・海上自衛隊の第1波戦力がここで放ったミサイルは800発にも及んだ。


(だが、これで終わるわけでもない!)


 しかしこんなものは全体の一部に過ぎない。


『F-3飛行隊、弘前上空へ到達したと思われる!』

『まもなく協調攻撃スケジュール、第2ポイント!』

『F-3飛行隊から発射した22式空対艦誘導弾ASM3改の反応を確認!』

『津軽・岩木山の陸自部隊から地対艦誘導弾の発射が開始されました!』

『協調攻撃スケジュール第2ポイント完了! 第2波誘導弾は地形追随飛行にて敵上陸艦隊へ最短コースを取ります!』

『これより5分後、最終ポイントです!』


 F-3は2034年に暫定正式化されたばかりの最新型ステルス支援戦闘機である。

 もっとも、それは決して世界最強の戦闘機でもなければ、無敵の性能を誇る攻撃機でもない。


 最新の航空機開発は簡単ではないのだ。

 日本がいきなり世界最強の機体を開発できるほど、航空宇宙の歴史は甘くないのである。


(しかし、そのステルス性は十分に一線級だ!)


 世界最強無敗・被撃墜ゼロを誇り、2030年代になってもアップデートを続けている米F-22ラプターには譲るとしても、F-3支援戦闘機はF-35シリーズに一歩優越するステルス性を獲得した画期的な国産支援戦闘機であった。


 それは双発エンジンの大型戦闘機であり、空対艦ミサイル搭載数は実に1機当たり8発に達する。

 まさにF-2支援戦闘機の正当なる後継者であり、敵上陸艦隊を抹殺するために生み出された日本式専守防衛思想の極限とも言えた。


 最新鋭機であるためまだ第1ロットの生産中であり、増加試作機を含めてもわずかに16機・暫定一個飛行隊に満たない戦力である。

 パイロットたちはほぼ全員が教官クラスだ。この新型機をこれからどのように運用し役立てていくか、『仕組み』の段階から造り上げている真っ最中にこの戦いが起こったのである。


(F-3のステルス性が高いからこそ……あえて先行させる!

 F-35やF-2、P-1では危険すぎて近づけない距離まで肉薄させる! こうすれば、短射程の旧式ミサイルも協調攻撃に加えられる!)


 そして、そんな最新鋭機だからこそ300km少々の射程しかない22式空対艦誘導弾ASM3改の発射を任せることができるのだ。

 これがF-2ならば、近づいている間に全滅させられかねない。F-35シリーズですら、米軍の恐るべき哨戒・偵察能力を考えればまったくもって安全とは言えないだろう。


(何しろは敵はアメリカさんだ……ステルス機の本家本元だからな!)


 アメリカ軍を相手にする限り、F-35シリーズは探知され撃墜されて然るべき非ステルス機といってもよい。

 海空あわせて200機近いF-35A/Bを運用する自衛隊だからこそ、厳しすぎるほどの認識は当たり前のものであった。


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