第54話 人工知能懐疑派の逆襲

 ━━2036年4月27日午後4時00分(ワシントン・アメリカ東部標準時)

 ━━2036年4月28日午前6時00分(東京・日本標準時)


「自信満々で立案した奇襲作戦がたった2日で撤退に追い込まれる!

 所詮、人工知能など……『ハイ・ハヴ』などこんな程度のものだ!」


 アメリカ国防総省の一角にある会議室は、きわめてとげとげしい雰囲気に包まれていた。


『そうだ!』

『まったくだ! 人工知能など信用できるものか!』


 陸軍戦時・・元帥ヘンリー・デューイをはじめ、居並ぶ『人工知能懐疑派』将星たちの放つ怒気だけが原因ではない。


 巨大な会議室の壁は剥がされ、内部に配線されていた国家戦略人工知能システムへのネットワーク・ケーブルはすべて切断されていた。

 監視カメラの類いにはソックスがかぶせられ、マイクユニットはハンマーで叩き潰されていた。


 まるで暴徒が乱入し、一暴れした後のような惨状。

 だが、それはこの国防総省におけるトップたちによって自発的になされたものなのだ。


「どうかね、レディ・リノイエ。

 戦場のことなど何も知らない机上の存在が立てた作戦がいかに脆く、むなしいものか理解してくれたかね?」

『……それはあなた方も同じことです。

 人工知能時代の戦場は、もはや在来型の戦場ではないわ。

 敵である日本軍が革新的な新兵器を投入してきたように、あなた方『人工知能懐疑派』の古くさい戦術では━━』

「口を慎み給え、部外者め!」

『お前達のひどい作戦のおかげで海兵隊は85人の戦死者と250名の負傷者を出したのだぞ!』

『兵器の損害は何百億ドルになることか! その責任を負う覚悟があって、口を開いているのか!』


 失敗を責め立てる光景は公軍民私に関わらず、世界にありふれたものだった。

 まして人の生死と莫大な財産が関わっているとなれば、なおさらである。


(フン……だがあの『ハイ・ハヴ』にかかれば、こんな当然の非難も「女性を不当に圧迫している」と言われかねない……)


 ヘンリー・デューイ戦時元帥は、小さなモニターの向こうで屈辱に表情を歪めているS・パーティ・リノイエを見ながら思う。

 このビデオ会議は軍公式の回線を使っていない。


 たった今、ワシントンD.C.の市街地で購入してきたポータブル・マシンと観光客用の通信カードを使って行っているものだ。

 すべて『ハイ・ハヴ』の介入を警戒してのことである。


(もはやこの女は終わった・・・・

 極秘調査によれば、未成年に対する性的スキャンダルの噂すらあるというではないか……忌々しく、汚らわしい存在だ!

 そんな女とその手下にこの合衆国がいいように弄ばれていたとは!)


 もちろん、民間の回線を使った機密会議などまったくの規則違反である。

 だが彼ら『人工知能懐疑派』に言わせれば、今や国家戦略人工知能システムを通して行われる会議こそが失敗の主たる要因であり、この処置は緊急避難の代替手段として容認されるべきものとなるのだ。


(我々の崇高な職務を、戦いを、人工知能などに侵害されてたまるものか!)


 その先頭に立っているのが戦時階級とはいえ元帥ファイブ・スター・ジェネラルとあれば、軍組織も簡単には動けない。

 むろん軍全体に散在する『人工知能懐疑派』もまた、元帥に同調するだろう。


(ふふふ……一部の者達はもはや『国家戦略人工知能主義』を破棄すべき時だ、などと言っているようだな……)


 つい数時間前もヘンリー・デューイは若手将校たちをなだめていたものだった。

 その将校たちは「『彼』の時のように議事堂へ突入して正義の御旗を打ち立てるのだ」と叫んでいた。


(確かにそれも悪くない。が、いささか性急だ)


 機を捉え、勢いと力に任せて真実を示し、変革を起こす誘惑は甘美なものだ。

 何らかの市民革命を経験している国に生きていれば、どんな立身出世アメリカン・ドリームよりも魅惑的なささやきと言える。


 だが彼はそれでも軍人であり、そして軍人とは基本的に保守的な存在だった。

 ヘンリー・デューイは考えている。国家体制を変えるならば、あくまでも革命ではなく言論と民主によるべきである、と。


(焦ることはない……もはや人工知能は化けの皮が剥がれた。

 この合衆国を背負えるほど完璧なシステムでないことが明らかになったのだ……)


 人間が担当することが割に合わない仕事を人工知能に任せることについては、元帥も異存はないのだ。


(それはただの機械化と変わらない……そう、馬を引いて輸送していた弾薬をトラックが積んで走るように……)


 問題は━━国家戦略、そして軍組織という安全保障の次元まで、人工知能が首を突っ込んできたことなのである。


(それは我々ヒトという存在が、ヒトとしての誇りにかけて担うべき領域なのだ)


 失敗することもあるかもしれない。

 多少の非効率や非合理もあるかもしれない。

 あるいは、選挙情勢に左右されることだってあるだろう。


(だが、それらを含めて引き受けるからこそ……『責任』なのだ……)


 すべてを人工知能が取り計らってくれるなら、元帥も大統領も、あるいは教皇や大公ですら存在価値がないと彼は思う。


 少なくともイギリス人はそう考えている。

 だからこそ彼らは欧州侵攻作戦に協力したが、国家の中枢には国家戦略人工知能システムを導入していない。

 フランスやドイツには押しつけておきながら、である。


(今、我々が参考にするべきはイギリスの精神なのかもしれないな)


 独立の際、合衆国は旧宗主国のイギリスに対して新しき時代の火を示した。

 だが今はイギリスを振り返って、学んでみるべき時なのだろう。


 新しきを知ることは大切だ。

 しかしふるきをたずねることもまた、同じくらい大事なことなのである。


「我々はまもなく軍事作戦と国家戦略次元における人工知能の無能と、人間存在の有能を示すだろう」


 処刑を宣告するように、ヘンリー・デューイ戦時元帥はモニターの中のS・パーティ・リノイエに向かって言い放った。

 皮膚移植と絶え間ないケアによって、20代のような輝きを保ち続けている50後半アラカン女の顔色が、怒り狂うメデューサのように歪んだ。


「これより数時間後に開始される、オペレーション『究極的な北の一撃アルティメット・ノーザン・ストライク』!

 それは同時にお前達、人工知能推進派に対する決定的な一撃ともなるのだ!

 グッド・ラック、レディ・リノイエ! そして永遠にさようなら!!」

『待っ━━』


 もはや2度と顔を合わせることはあるまい。その思いで元帥は通信を切断した。

『ハイ・ハヴ』による介入を心配したのか、副官が直ちに通信カードをたたき割りポータブル・マシンの電源をシャットダウンする。

 バッテリーユニットまで取り外す念の入れようだ。


さあやるぞLet's roll、諸君! 我が合衆国を! そして、我々ヒトの業たる戦争を!

 我々自身の手に取り戻すのだ! もはやこれは国と国の戦争という領域を超えた、人類と人工知能の決戦なのだ!」

『おおおおー!!』

『やりましょう、元帥!』

『我々人間の手にすべてのものを取り戻しましょう!』


 アメリカ国防総省、その一角が熱狂と歓呼に染まっている。

 通常勤務に就く職員たちは事態を察しつつも、困ったような迷惑そうな顔で見守るしかない。


 だが、それでも合衆国が遙かな時を経て築き上げてきた戦争のシステムは滞りなく動いていく。


 今回は仕方ないと妥協して。あるいは意識することもなく。

 様々な局面で国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』の支援を受けつつも、ヒトが、物資が、命令が届く。

 もちろんそれは、オペレーション『究極的な北の一撃アルティメット・ノーザン・ストライク』を担当するロシア沿海州沖のアメリカ上陸艦隊の元にも届く。


 時に日本時間、2036年4月28日午前9時00分。

 最後の戦いが始まる。

 日本国とアメリカ合衆国の、そして人間と人工知能の決戦が始まる。

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