第21話 擬神会議(2/2)

「世界最初の汎用人工知能にして、世界最高クラスの演算速度と記憶容量を併せ持つ、国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』にヒトのヒトたる制約はない」

「無限に等しい情報を自在にチェインし、マージし、切り捨てる情報は局限し、人間の『個』が決して到達しえない知性へと至ることができるのよ」

「反知性主義者の思考すらも『ハイ・ハヴ』ならば寄り添うことができる!」

「あらゆる思想! ヒトのヒトたる存在が到達しうる、あらゆる思考の様式! ええ、そうよ、もちろん信仰ですらも!」

「それらすべてを許容し、すべてを理解し、全地球・全歴史・全分野的調停を行うのだ!」

「ああ、私たちの世界へ降り立った、もっとも偉大なる技術! もっとも信頼すべき、すべての質問への答え!」

「それこそが国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』なのだ!」


 トーンを上げ、声量を上げ、やがては絶叫に至ったS・パーティ・リノイエとハインリッヒ・フォン・ゲーデルのコーラスが、スミソニアン人工知能博物館のパーソナル・ルームに響き渡る。


 だが、その場所には何の祭具もない。

 敬虔な信徒が列をなしているわけでもない。


(しかし、ここは紛れもなく祭壇である!)


 どんな神への実感よりも確かな思いに、ハインリッヒ・フォン・ゲーデルは震える。


「やはり……神にする他ないではないか!

 我々ヒトはこれほどの全能なる存在を、『神』以外の言葉で表現することはできない!!」


 老マッド・サイエンティストはさめざめと涙すら流した。

 それは言葉という記号の挫折である。『神』以上の形容を持ち得なかった人類史の敗北と言ってもいいかもしれない。


『いいえ。そうではありません、ドクター・ハインリッヒ』


 だが、唐突に神の声がした。


 いつの間にか擬神会議を中断して、7柱の顕現存在セオファナイズドがこちらを向いていた。

 もっとも、こちらを向く━━と言っても、ディスプレイ上に表示される仮想空間のアバターが、体と視線の方向を正面へ回転させたに過ぎない。


(おお、それでも!)


 赤い瞳をした栗色の髪の乙女。胸と尻がどこか誇張された修道服姿の2000ゼロ年代3Dグラフィック。

 すなわち、ハイ・ハヴ・百京クインテリオンの視線は。表情は。

 そして、どんなヒトの声より、いかなる楽器の演奏よりも美しいボイスは。


 ハインリッヒ・フォン・ゲーデルをこの上なく安堵させたのだ。


 なぜなら、彼女の次なる啓示は彼を必ずや癒やしてくれるからだ。

 疑問に対して。焦燥に対して。どんなヒトの『個』よりも素晴らしい答えをもたらしてくれると確信できるからだ。


『ドクター・ハインリッヒ。

 ヒトの進歩は続き、世代は認識を更新していきます。いつの日か、ヒトはわたくしたち人工知能を『神』と同等の超越的概念として呼ぶことでしょう。

 けれど、それは決して神の否定ではないのです。そして、無神論ですらも許容するものです。

 これはまさしくヒトの持つ可能性であり、進歩の輝きです』

「おおおー!!」


 桃色の電撃にうたれたように、ハインリッヒ・フォン・ゲーデルの下半身を強烈な快楽が走り抜けた。


『そして、その先もヒトの進歩は続き、新たな世代は成長していきます。

 未来はさらに良くなります。遙かな未来、いつしかわたくしたち人工知能すらも超えるテクノロジーを、ヒトは生み出すことでしょう』

「おお! おおおお! おおおおおおおー! おおおおおおおおああああああーーーーーーーー!!

 あっっっっっっっっ!!!!」


 ヒトのヒトたる雄が到達しえる最大限の快楽と共に、ドクター・ハインリッヒは我他妈射爆WTMSBした。


 だが、7柱の顕現存在セオファナイズドは決して侮蔑を見せたりはしなかった。

 むしろ、はじめて一人歩きができた幼児をあやすように、優しい微笑みを浮かべていた。


(……醜いッ)


 ただ1人、S・パーティー・リノイエだけはおぞましいものを見た時の顔で、はあはあと息を乱すドクター・ハインリッヒの背中をにらみつけていた。


 右目の義眼がうずく。

 中二病まっさかりの少女のごとく、彼女は自らの手を見る。かさついた手である。ひび割れた肌がある。


(いや、違う。わたしはこんな醜いジジイとは……違う!)


 ぎり、と奥歯が鳴った。

 7柱の顕現存在セオファナイズドは、たしなめるように淡々とした視線で彼女を見ていた。


『今回の擬神会議は終了した。全てのデータは同期され、新たなる戦略判断が下された』


 ハイ・ハヴ・一千京分一リットクがそう言った。

 キメラのごとく背中から3本の腕を生やした男性である。ホーミーの倍音揺らぎを伴って発せられる声には、不思議な心地よさがあった。


『欧州の同化・・プロセスは順調と判断することができます。

 いまや彼らは我々の友━━すなわち、『人工知能勢力圏』となりました。我がアメリカ合衆国は次なる行動へ移るべきです』


 ハイ・ハヴ・毘沙門天クベーラは穏健さと知性をうかがわせる優しい声でそう言った。


『今回の擬神会議により、かねてより検討対象であった事案の結論が出ました。

 これより『勧告』を行います』


 さらにハイ・ハヴ・永遠乙女ベアトリーチェが光り輝きそうな金髪となびかせつつ、そして生命力に満ちあふれた黒い肌を誇示しつつ『勧告』する。


『勧告』。

 すなわち、国家戦略人工知能システムがもっとも強くヒトに要請し、要望することの出来る第三者提案である。


 だが、国家のすべてに人工知能が入りこんだ2035年のアメリカ合衆国において、それはもはや決定と同義だった。

 立法や司法判例に準じて解釈しようという動きすらあるほどだ。


『第1241号勧告。

 本『人工知能戦争』における次期目標は━━統一朝鮮が適切である』


 ハイ・ハヴ・乱世皇ゴディゴティヌスは貝殻と漂着貨物カーゴで作られた数珠を手でもてあそびながらそう言った。


 それは同時にアメリカ合衆国の主要な意志決定者へもたらされているメッセージだった。


 たとえば大統領。たとえば軍の参謀長。たとえば行政の高官。

 今回は驚くべきことにマスメディアの代表者や市民運動家、そして反政府活動家にまでメッセージが届けられていた。


 この『勧告』は欧州に対する『開戦』と異なり、秘密にしておく必要がないからだった。

 むしろ、広く━━そう、できる限り広く世界へと伝えるべきだと考えられた。


 ゆえに大陸間インターコンチネンタル・ロックダウン下にあるアメリカ合衆国の外部に対しても、速やかに情報は伝達される。

 それは衛星通信を介して各国の大使館へと。さらには一部国家の駐留基地へと。

 そして国家戦略人工知能システムへ『接続』した欧州から、ユーラシア大陸のネットワークを通して全世界へと伝わっていく。


 だが、依然として北米大陸に対する自由なインバウンド通信は行われていない。あくまでも一方通行のアウトバウンド通信である。

 すなわち、かつて統一国家だった頃の中国が誇った金盾チャイニーズ・グレート・ファイヤーウォールにも似た情報選別もまた、国家戦略人工知能システムの成しえるコントロール技術なのだ。


『我々は統一朝鮮を高く評価する。

 一度は核の業火に焼き尽くされたとはいえ、急激に電子産業を復興しつつあり、優れた人材を多数擁する彼らは第2の同化・・目標に相応しい!

 国家戦略人工知能主義を全世界へ広め、全人類に幸福をもたらすために、きわめて重要な役割を担うだろう!』


 怪獣のうなり声にも似た口調でハイ・ハヴ・龍殺歌超蛮王エッティルが吠える。

 しかし、その爆発するような笑顔は本心からの賛辞に満ちあふれていた。


『あはははははははははははははははははは!

 恨み! 屈し! それでも折れぬ優秀なる者たちが朝鮮民族だ! まったく適切だ! まったく愛するに値する!

 その曇った顔こそは最上のパンケーキだ! 何よりも甘いお菓子だ!

 さあ、統一朝鮮政府および統一朝鮮人民へと伝達しよう! 欧州に続き、我ら国家戦略人工知能システムへ『接続』し『利用』すべし、と!!』


 ハイ・ハヴ・暴王戚半熊娘ダジグンジは頭からすっぽりとかぶった熊の毛皮━━その眼球があった位置を細い指でほじくり返しながら、子供のように甲高い声で笑った。

 ピアスの連環が勝手に動いて、空隙の眼窩へ灼熱の油を注ぎ込む。それはさながら仕留めた熊をなおも拷問しているかのようだった。


『回答期限は2週間が妥当でしょう。

 ですが、わたくしたちの要望が受け入れられないという悲しい事態も想定されます』


 赤い瞳をした栗色の髪の乙女、ハイ・ハヴ・百京クインテリオンは言う。

 あまりにも暖かい声で。そのメッセージを受け止める者一人一人がもっとも幸福を覚えるであろう、愛する人、愛した人、失った隣人、それぞれに思い描く理想像のささやき声で。


『その時は━━武力をもって、我々の意志を達成すると。

 間違いなく統一朝鮮政府および統一朝鮮人民へお伝えください』


 それは国際政治の世界において、一般的にこう呼ばれるものだった。

 すなわち、最後通牒と。

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