第17話 海峡経由外国通信相乗大陸間封城時情報収集技巧(2/2)

「しっかしわかんねーな。日本の外と通信できねーっつーと、キノエちゃんは一体どうやって情報収集してるんだ?

 ネットワークがつながっていないんじゃ、どうしようもないだろ?

 あれか? 船舶無線とか衛星通信でも使ってるのか?」

「海上ネットワークも衛星通信も基幹はアメリカ資本だから、通信は封鎖されてるよ。

「でもねえ、抜け道があって……んーと、コーにぃとキミズの叔父さんにも分かるようにすると……よいしょ、これこれ」


 そう言いながらキノエが表示したのは、3つの地図であった。

 すなわち、稚内・サハリンと対馬・統一朝鮮南岸部、そして先島諸島の与那国島・台湾東部である。


「叔父さんなら、この地図だけで分かるんじゃない?」

「……ははーん、電波が届くのか」

「そういうこと。

 要するに日本でもこの辺りは外国の電波が入るわけ。向こう側も同じ。だから、外国の通信キャリアを介して、国外に通信できるんだよ」


 SKテレコム・台湾移動通信・MTSといったキャリアロゴが表示されると、ほおおおお、という驚きの声がキミズとコウの2人から同時に漏れる。

 その息を吐き出す仕草すら遅い、とでも言いたげにキノエが早口で説明を続けた。


「つまり、こうすれば━━よっと。ロシアと統一朝鮮経由のユーラシア大陸ルート、台湾経由の中国本土・フィリピンルートが使えるわけ。

 日本が島国でも何とか外へ出て行けるんだよね~。

 もちろん、電波はわりとギリギリでつながってるし、台湾も島国だけどあそこは大陸の目の前に金門島があって、そっちへの海底ケーブルは生きてるから」

「なるほどね。何にしても世界へ向けて通信しようとしたら、ギリギリの電波状態ってわけだ」

「そゆこと、コーにぃ! だからこの話、秘密ね。みんなが使おうとしたら、あっという間に帯域飽和しちゃうから」

「ふーん、ほぉー、なぁぁるほどぉぉぉ。

 そのよぉ、キノエちゃん。俺はどうしても頭が古いから外れたこと言ってるかもしれねーんだが━━」


 キミズはやたらと感じ入った様子の声で深くため息をつくと、改まった表情でキノエに訊ねた。


「これはやっぱ対馬とか与那国とか稚内に……常駐工作員がいて、通信切り替えてるのか? わざわざ外国の基地局につなぐわけだろ?」

「んー、工作員っていうか、外国のSIMが登録された『フォン』があるだけなんだけど……ま、担当してる人みたいなのはいるらしいよ」

「やっぱ無線中継用の工作員がいるわけか」

「そゆこと。あたしは勝手に帯域間借りしてるだけだから、詳しいことは知らないけどねー」

「冷戦時代とおんなじなんだなあ……」


 感動すらうかがえる様子で、キミズはもう1度ため息をついた。


(確かにこうやって地図を見ると……日本が島国といっても絶海の孤島じゃない。

 無線が届くところにいくつも外国があるんだよな)


 コウは思う。対馬海峡にせよ、宗谷海峡にせよ、展望台からは対岸が見える。となれば、無線が届いて当たり前のことだった。


(……しかし、日本ってこんなに広いんだな)


 先島諸島の与那国島などは『ほぼ台湾』にしか見えないような位置である。

 そもそも鹿児島~那覇の距離が那覇~与那国と似たようなものだ。本州民がしばしば感じる沖縄本島が西の果てという理解は間違いであり、実際は遙か先まで領土が広がっているのだ。


「ま、さしずめ海峡経由外国通信インフォメーション・クロール・テクニック相乗大陸間封城時・オブ・クロス・ストレイト・オーバーライド情報収集技巧・アナザー・リージョン・コミュニケーション・オン・インターコンチネンタル・ロックダウンってところだね」

「そしてそうやって通信して、収集した情報がここに出てるってわけだ」

「でも、このシステムも通信経路が特殊なだけで、やってることは結構シンプルなんだよ。

 AI Botに99%の処理は任せて、勝手に情報収集してきて、ダッシュボードにまとめるだけ。

 人間が介在してるのは1%の部分だけだね。もともとはソフトウェアバグレポートシステムで、コードの99.99%は借り物だかんね」

「ちなみによう、キノエちゃん。

 この世界中大騒ぎの状況の中で……たとえば中国がどうなっているか、なんてのは分かるのか?」

「そりゃあ、拾う情報次第で主なニュースとか、世論はまとめられるけど……でも、中国って言っても……どの・・中国?」

「『民主自由上海特別国』、それと『広州および深センマカオ香港連合国』……あと『中華人民共和国』だ」

「はいはい。江南と広州香港と元祖・・ね。他はなし、と。

 ……叔父さん、中国語読めたっけ? 翻訳も出せるけど」

「いや、そのままでいい」

「来たよー。追加され次第、下に出てくるから読んで」


 恐らく北京政府の公式声明と思われるテキストがいくつか表示されると、キミズは食い入るように画面を見つめた。

 中国語がまったく読めないコウは手持ち無沙汰だったが、ふと気がつくと日本語の声明文が映し出されている。


「コーにぃの画面は全翻訳モードです」

「ありがとう、キノエ。

 複雑な気持ちだな……もう少し僕にいろいろなスキルがあれば役に立てるのに、って思えてくるよ」

「え~、別にコーにぃはただそこに座ってるだけで!

 何なら3秒に1回、『キノエ、愛してるよ(イケボ)』『キノエ、今日もかわいいね(イケボ)』とか言ってくれるだけで十分!

 それだけで中華産日本沼勉学と食事と交友以外の時間はすべてbilibiliに捧げたっ!……なキノエちゃんがコーにぃの分まで頑張ります」

「ああ、そうですか……キノエーアイシテルヨー。キノエーキョウモカワイイネー」

「声がロボだこれ!」

「何でもできる義理の妹の凄さを見せつけられると、ロボにもなる」

「別にいいじゃない。コーにぃはそんなに頑張らなくても」


 ━━その声の変化に気づいたのは、コウだけだった。


「コーにぃは平和な日本で生まれて、幸せに育った。無理な高望みなんてしないし、優しい日常を生きてる。

 そりゃあ、大学にいた頃はちょっと色々あったみたいだけど……でも、今、こうして元気に暮らしている。

 あたしにはそれがすごく羨ましいし、物心ついた頃からアニメの中で見ていた『日常』みたいな人生の象徴だよ」

「……待て、キノエ。それ以上は言わなくていい」

「優しいなあ……優しくて、聡くて……コーにぃのそういうとこ、大好き」


 元より、天真爛漫にはほど遠い。奇想天外、あるいは傍若無人と言った形容が似合う義妹ではある。


(……だが、それだけじゃない)


「あたしもそんな『日常』をずっと過ごしていたかったけど……あの日、空から核が降ってきて━━」

「いいから。言うな。もう黙れ。いいな、キノエ」

「………………ん」


 休みなくバーチャル・キーボードをタイプしていたキノエの指がふと止まり、その顔が正面のコウを向く。


(……なんて顔をしてるんだ)


 その瞳には、つい先ほどまでとは正反対の重苦しくどす黒い情念が宿っていた。

 怨念。憎悪。後悔。殺意。

 あらゆる負の表現を縮退して、瞳の特異点に放り込んだような暗さであり、それゆえに強い重力を持っていた。


「まっ、仕方ないか!」


 だが、その暗さがうかがえたのはほんの一瞬であり。

 元より、ディスプレイへ表示される無数の中国語情報にかじりついているキミズは気づきもしない刹那だった。


「あたしは『日常』アニメの主役には慣れなかったけど、もうちょっとシリアスな話の主役なら、なれるかもだしねー。

 あははははは」

「………………」

「えー、ちなみにここでコーにぃがあたしを強く抱きしめて、あっついベーゼと共に求婚してくれれば、シリアス大河アニメ『キノエちゃんレジェンド(ただいま3クール目そろそろ作画が不安定)』はいきなり家庭的なだだ甘ジャンルになるわけなんですが」

「……ま、ジャンルは何でもいいけど」


 明らかに無理を感じるキノエを落ち着かせるように、コウは右手を伸ばすとその頭と頬を撫でる。


「本当に辛くなった時は少しおにいちゃんに頼ること。いいな?」

「………………うん。

 はい。頼る。頼ります。頼るから。拒絶しないで。あたしのこと、捨てたりしないでね。コーにぃ」


 今にも泣き出しそうに義妹の言葉に、兄はただ、微笑みながらうなずいた。

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