第17話 海峡経由外国通信相乗大陸間封城時情報収集技巧(1/2)

 ━━2035年9月6日午前7時00分(東京・日本標準時)


「さーてと、狭くてすまんが、ここでよろしく頼むぜ」


 羽田空港の各ターミナルに直結した駐車場。

 そこに停まっている車両は様々であり、収入に困らない層の高級車から、庶民のコンパクトカー、あるいは単純に利便性100%で停まっているオートバイまで、長期の駐車もあれば出迎え30分だけの場合もあり、常に出入りが激しい。


 そんな中でも中層階のごく目立たない一角に停まっていたのが、キミズのハイエースだった。

 単に空港への移動だけであれば、こんな巨大な車両はいらないわけだが、そもそも彼の会社は特殊構造物建設を主たる業務としている。トレーラーのような大型資材は乗らないにせよ、職人たちを現場へ送り届けることもあるし、箱は大きければ大きいほどよいのだった。


「へーへーへーへー! すごーい、叔父さんの会社のクルマ広いじゃん! このままここに住んじゃえそうだね、コーにぃ!」

「シートの上でどしんどしんするんじゃありません」

「ま、実際、現場の状況によっちゃここで寝泊まりすることもあるくらいでな……よっと」

「おおおー!」


 キミズがボディの壁面に収納されていたテーブルを展開すると、キノエが瞳の中に椎茸を輝かせながら叫んだ。

 かくして、彼らの乗り込んだハイエースの後部荷室は、粗末ながらも向かい合わせの6人掛けシートが備わり、中央にテーブルが鎮座する小さな会議室となる。


(なるほど……確かに人へ聞かれて困る話をするのはうってつけかもしれない)


 広大な駐車場の人口密度はまさに『疎』そのものだ。

 対して空港内の喫茶店や公共スペースでは、あまりにも人間の往来が多すぎる。最悪、盗聴の危険すらある状況で彼らが扱うような機敏な情報を口に出せるはずがなかった。


 もちろんクルマの防音は完全無欠にはほど遠いにせよ、公共の空間で直ちに展開できるもっとも手軽な『密室』と言える。


「さてと、そいじゃあ……えー、朝も早くからご参集いただきありがとうございます。キミズ建設『特情報課』非定例会議を開催いたします」

「いよっ、社長! 日本一! 若ダイショー! 東洋一のなんとか!」

「業務中にふざけるんじゃありません」

「痛い、痛い、痛い、コーにぃの躾という愛が痛い! キノエちゃんは頭脳明晰銀髪巨乳中華産日本沼スーパー美少女JC3なインターンなんだからいいじゃん! 見逃してくれよ! 痛い痛い!!」

「くくくっ」


 キノエのもちもちむにむにほっぺたを、コウが全力に近い握力でつねると、キミズは何か愉快な出し物を観た時のように笑った。

 もっとも、その両腕は笑顔と関わりなく動いている。会議室を模すだけあって、展開されたテーブルはかなり大きなもので、作業用のコンピューターを広げて余り有るものだった。コウも遅ればせながら、いわゆるノートパソコンを開いている。


「はいっ、キノエちゃんは若くて優秀なのでお年寄りみたいにノーパソなんていりません~」


 対してキノエが展開したのは、3つの『フォン』スマホであった。

 ポップな装飾のなされたケース内蔵のスタンド横並びにされた3つの『フォン』スマホが、あたかもマルチディスプレイのように並ぶ。


 画面が小さいと考えるのは、老眼の思考回路である。

『フォン』スマホが3つも並べば、その表示ピクセルは大型モニタ3面のそれに匹敵し、後は拡大しなければ読むこともままならぬ老眼か、そのまま見える若者か、という残酷な選別があるのみだ。


「えー、それではスーパー美少女JC3インターンバリバリ最前線のキノエちゃんが、通信のつながらないヒコーキに閉じ込められてて、浦島太郎なキミズの叔父さんとマイラブリーブラザー・コーにぃへ、かいつまんで状況を説明しますと」

「……毎度毎度だが、すげえな、キノエちゃんは。

 俺まだ何も言ってねえぞ。そこまで状況理解してるのか」

「だって、叔父さんたちの飛行機が15時間前でしょ?

 例の『開戦』の話が出て、グローバル通信ネットワークがめちゃくちゃになったのが5時間前だから、つまり、5時間分の浦島太郎。空港についてから把握できてる情報なんて、何もないも同然だよね?

 つまり、このキノエちゃんがレクチャーしてあげなきゃいけない! 状況把握完璧!

 どう、コーにぃ、惚れ直した? 今すぐ求婚してもいいんだよ?」

「仕事に余計な茶々を入れるんじゃありません」

「痛ひっ! 痛ひっ! おっきなフォントでむにっ!とかぐにっ!とか出ちゃう! 愛が痛ひっ!!」

「……まあ、実際のところ、僕たちが何も事態を把握できていないのは事実だよ」


 それでよいか、と訊ねるようにコウがキミズを見ると、叔父はうむうむとうなずいた。


「俺もまあ……政府の連中と話してはみたんだが、あっちも偉い騒ぎでな。

 とっちらかって話にならんし、向こうの情報収集を邪魔するのはもっとまずい」

「というわけで、キノエに整理してもらった方が早いのは僕も叔父さんも同じだ。

 今の情勢をかいつまんで真面目に教えてくれ」

「え~、そうなんだ~、仕方ないな~、コーにぃに頼まれちゃったから仕方ないな~、キノエちゃん優秀だから~! 仕方ないな~! しっかたないな~!」

「………………かいつまんで。

 真面目にやれ」

「あっ、はひ! まじめにやります!

 了解しましたアラッスムニダ! 忠誠の応答チョンソンゲイテダソリイです!!」


 コウが両手をほっぺたへ伸ばそうとすると、キノエは半泣きになりながらテーブル上の何も無い空間を激しくタイプした。


(よくまあ、あそこまで正確に……)


 それがセンサータイプのバーチャルキーボードであることはコウにもキミズにも分かるが、その操作は正確無比にして神速の極みである。

 大学の研究室で『キーボードはメカニカルに限る!』と力説していた先輩の顔を思い出すと、コウは思わず苦笑した。


「なに? コーにぃ、何かおかしい?」

「いや、ちょっとユエ先輩のことを思い出したもんだから」

「あーあーあー、さーちんねえ。

 本気モードでコーディングしてると、がっしがしじゃっきじゃっきうるさいのなんの、困っちゃうんだよね~……はいっ、出ました! それでは皆様、資料の1ページ目をご覧ください♪」


 強制参加モードで起動された会議用アプリケーションがコウとキミズの端末画面に表示された。

 もっとも、それは資料と言いながらもキノエが操作している『フォン』スマホのメイン画面そのものである。いわゆるデスクトップ画面の共有機能というやつだ。


「えーっと、今、表示しているのはー。

 来るべき逆侵攻! 逆上陸! 7つに分裂したキノエちゃん第2の祖国・中国を美少女国家資本主義で再統一するのだプロジェクト!━━の一環として構築している秘密ネットワークの情報ダッシュボードなんだけど」

「なんだそりゃ……キノエちゃん、叔父さんそんなの初耳なんだけど……」

「あー、別に大したことじゃなくて、内戦でズタボロになった大陸に逆侵攻のスケベ根性出してる台湾国防部の極秘計画をちょこっと利用させてもらっただけだよー。

 途中からあたしが乗っ取る予定。あ、これ、世界初公開のスーパー機密ね!」

「……僕や叔父さんの知らないところで色々やるのはいいけど、あんまり危ないことをしないようにな。

 それで? 察するところ、この怪しげな場所ならグローバル通信が遮断された現在でも情報が集まるってことか?」

「くすん。コーにぃの反応が冷たい! そのくせ理解が早い! キノエちゃんが危ない橋を渡るかもしれないのに、心配してくれない!」

「真面目にやりなさい」

「はいっ、マジメにいきます! まー、なんていうか、極東にはヤバい緊張がいっぱい残ってるから、その分、安全保障情報は集まりやすいんだよね」


 コウの対面に座ったキノエは、これみよがしに胸の祁山と岐山をテーブルに載せてみせる。

 が、義兄の視線は自分のノートパソコンを見つめたまま、微動だにしなかった。


「で、情報を総合すると、アメリカがやったことは割とシンプル!

 つまり、北アメリカ大陸へ接続される海底通信ケーブルの全遮断と……それ以外にも米国が主たる権益を持っている国際通信ケーブルの全遮断。これだけ!」

「……なんてこった。

 たったそれだけで、世界中の通信がめちゃくちゃになっちまうってわけか」

「うっけるーwwwwwwwww グローバルネットワーク脆すぎワロタwwwwwwwwww

 もとい。結局、インターネットの中心はアメリカだった、っていうことだね。

 特に日本は島国だから、海底ケーブルなしだとまともに通信できないってわけ。陸続きの国は影響少ないけど、アメリカにサーバーが1つあるだけでアウトだし、『開戦』の影響なのか欧州も完全にネットワーク死んでるから、完全国産システムでも無い限りダメダメだね」


 キノエの説明にキミズは理解半分、雰囲気半分と言った様子でうなずく。

 コウは何も言わない。コンピューターを専門に学んだ者であれば、海底ケーブルの全面切断というだけで予想がつく事態だったからだ。


(世界中どこでもそうだろうけど……アメリカに基幹サーバーの1つがあるだけで、もうシステムは動かない……)


 日本はさらに島国というハードルがあるが、たとえばロシアや南米ですら、ベーリング海峡やパナマルートの通信を遮断されるだけで、大量のシステムが機能不全に陥るだろう。

 いわゆるグローバルIT企業の提供するサービスならば、国ごとに1つ1つ完結したシステムを持っていることもあるが、それでもどこかで本国━━つまり、アメリカとデータ連携はされているものだ。


 そこが機能不全に陥ると、たちまち問題は広がる。


(日本国内のネットワークが比較的健全なのは、国内ベンダが生き残っていることと……なんだかんだで日本が大国だから、かな)


 かつてアメリカに迫りつつあった中国経済の規模も、いまや統一に終止符を打った大混乱の内戦を経て大縮小している。

 結果として、2035年の日本は相変わらずの低成長に苦しみつつも、世界第2の経済大国に復帰していた。


 それだけの国であれば、国内で完結したコンピューター・システムの数も当然増えるわけだ。

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