第9話 人工知能戦争開戦
━━2035年9月6日午前0時30分(東京・日本標準時)
━━2035年9月5日午後3時30分(ロンドン・グリニッジ標準時)
━━2035年9月5日午前10時30分(ワシントンD.C.・アメリカ合衆国東部標準時)
「攻撃開始。目標は欧州連合全域」
大西洋上の
「攻撃開始。目標はフランスとドイツだ」
英国近傍に滞空する
「攻撃開始。目標はヨーロッパ2巨頭の心臓部」
フランス沖の海に潜む原子力潜水艦で誰かが言った。
それこそが全世界を揺るがせることになる新しい戦争の始まりだった。
「A-901 トマホーク2030
『
『アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ……兵装用電磁カタパルト、すべて稼働問題なし』
その莫大な搭載量は、大量の艦載機や無人機・ドローンという『量』の投射を保証するだけでなく、これまでの原子力空母が備えることができなかった新たな『質』の装備も搭載可能としている。
(それこそがこの兵装用電磁カタパルトってわけだ……)
もちろん『ジェファーソン・デイヴィス』の航空甲板には、かつての蒸気カタパルトと同じ位置に艦載機用の『
(新しい『質』はまったく別の場所にある)
それこそが
そのサイズは艦載機用のカタパルトより遙かに小さい。
しかし、4連装という量にくわえて、人間が乗ることを想定しない巡航ミサイルや無人機を打ち出すため、加速は強烈であり装填射出も完全自動である。さながら速射砲のごとく次々と射出することが可能であり、その効率は有人艦載機とくらべて、実に10倍にも達するのだ。
『国家戦略人工知能システムによる支援は順調です。現時点で『ハイ・ハヴ』からの提案による補正要素なし』
『初期照準情報、全ミサイルへ同期完了! ミサイルはドイツおよびフランス方面へ向かいます。最終照準は、飛行中に『ハイ・ハヴ』よりデータリンクにて入力されます』
『トマホーク2030、
『開戦想定時間まであと1時間5分! 本艦発射時刻です!』
『ジェファーソン・デイヴィス』の
最後にロジャース大佐は「よろしいですね?」と確認するように、艦隊司令のストールマン少将を見る。老将はただ無言で十字を切った。
「よーし、やるぞ! 直ちにファースト・クラスター発射! 以降、第2波から第12波まで発射制御はオート制御!」
『
海へむけて斜めに突き出している
イージス艦の
初期加速ロケットに相当する速度を電磁カタパルトが与えれば、それだけで巡航ミサイルは立派な飛行物体だった。あとは空中でジェットエンジンを始動すればよいというわけだ。
(しかしまあ……とうとうアングルド・デッキの裏側まで使う時代になっちまったか……そのうち、艦橋にまでカタパルト貼り付けるんじゃねえかな、おい……)
空母というシステムの存在価値は、当然のことながらその航空戦力である。
しかし、航空戦力と一口にいっても、効率よく空に浮かべ、そして艦上へ迎え入れなければ何の意味もなさない。
つまり、これが発艦と着艦。空港や空軍基地でいうところの離陸と着陸のプロセスだ。
たとえ何千メートルあろうと滑走路1本の空港から発着できる定期便の数に限界があるように、飛行甲板が1つしかない空母には宿命的な限界がある。どんな巨大空母だろうと、1時間に200機の機体はさばけない。
(つまり、空母1隻に200機の機体を詰め込んだところで、意味がない……それでも工夫次第で効率をあげることはできる……)
アングルド・デッキは『ト』の字を180度ひっくり返したような形の航空甲板だが、本来、1本しかない滑走路━━つまり、空母の飛行甲板を前方へ向かう『発艦用』と後ろから斜めに滑り込む『着艦用』に分けることで、2倍と言わないまでも、1.5倍や1.8倍の効率を持たせた革新的発想である。
(空港で言うなら、
冷戦時代から半世紀以上。世界の空母はずっとそうしてきた。恐らくアングルドデッキが効率化の限界であろうと誰もが思っていた。
だが、核融合極超空母『ジェファーソン・デイヴィス』はあまりに巨大すぎた。そして、搭載される兵装は多すぎた。
これを効率的にさばくには、もはやアングルド・デッキだけでは足りない。さらにもう一段階、効率的な発着艦システムを備えるしかない。
(そこで巡航ミサイルを艦載機の1つとみなして……さらに無人機も『発艦』に限って航空甲板から追い出す。
アングルド・デッキの『裏側』にある兵装用電磁カタパルトへ追い込むことで、さらに効率を上げる。
よくまあ考えるもんだぜ)
『ジェファーソン・デイヴィス』は単に世界初の
いわば、空母という戦闘システムの新しいテストケースである。
兵装用電磁カタパルト4基はただのミサイル・無人機発射装置ではない。それは航空甲板の裏側に出現した新しい『離陸用滑走路』なのである。
「調子はどうだ、ロジャース」
「よう、クロージャー艦長殿。
今のところは順調さ……しっかし、いくら新型とはいえ巡航ミサイルが
「ま、そう言うな。この海には
「はっ、
少なくともこの艦のレーダーじゃろくに見えんのだろ? 最新型のステルス巡航ミサイルってやつはよ」
「ああ、サーマル探知の圏外から先はさっぱりだな」
意外と手持ち無沙汰なのか、興味津々の様子で話しかけてくる艦長・クロージャー大佐に、空母航空団指揮官・ロジャース大佐はロックダウン中のカフェ店主のように肩をすくめてみせた。
(もちろん……着艦機が降りてきたら、勝手に射出はサスペンドしてくれる……人間が監視している必要もないってわけだ……)
これらの制御には、当然、米国の誇る人工知能技術が惜しみなく投入されている。
人間に任せるならば、総勢で数百人のチームが必要になるであろう制御を『ジェファーソン・デイヴィス』は完全自動で行ってくれるのだ。
むろん、一線はある。
電磁カタパルト運用や、艦の航行、さらには発電制御といったコア・コンポーネントの制御は人工知能による大幅な支援を受けているものの、いざという時は人間がギリギリ代替できるようになっている。
(そこら辺は軍艦の宿命ってやつだな。飛行機ならいさぎよく無人化してしちまうところも、人間が代われるようになっている……)
敵弾を受け電気系統が麻痺し海水が流れ込む中でも、艦を守り戦い続けなければならない海上戦闘艦は、なかなかどうして空の世界のようにはいかないのだ。
『トマホーク2030、
『
『国家戦略人工知能システム『ハイ・ハヴ』は12クラスター全ノードと通信を確立済み。最終照準リンクまでリアルタイムでステータスを監視します』
『
『本艦、当初予定の戦力射出タスクを完了しました!』
「よーし、航空団諸君、ご苦労! まずは一仕事が終わった! 引き続き、情報収集と周辺警戒へ当たれ!」
現在地はイギリス海峡から西へ800km。ミサイルの目標まではほぼ1時間がかかる。
(つまり、この戦いで……最初にぶっ放したのは、俺たちってことになるな……)
だが、まもなく恐ろしいほどの物量が彼らに続く。
イギリス近海で、フランス沖で、さらには地中海にも展開した米海軍と米空軍の莫大な戦力は、何の前触れもなく━━少なくとも攻撃される側である欧州連合各国にはいかなる兆候も悟らせずに、総計で800発にも達する巡航ミサイルを発射する予定だ。
そして、そこに搭載されているものは伝統的な高性能炸薬でもなければ、高い面制圧能力を持つクラスター爆弾でもない。
ましてや燃料気化弾や生物・化学兵器、むろん核兵器でもない。
800発の巡航ミサイルに搭載されているもの。
(そいつは……新しい戦いをもたらすものだ!)
この戦いが『人工知能戦争』と呼ばれる最大の理由となった━━その兵器とは。
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