2-7ー2 推理開始!
― 情報を整理し始めた坂上。さて、彼の推理はどこまで行き着く?
坂上 優の場合
「青波さん、ストーカーはいつも五時過ぎに現れるんだったよな。」
「はい、そうです。いつも、五時になると流れる夕焼け小焼けのチャイムのあとに感じたことでしたから。」
俺はトランシーバーを持つ手とは逆の手にスマートフォンを握りしめ、そのメモ機能でそれらを書き写していく。
「それで、そのストーカーの気配を感じるのはいつもこの道で、だけどその視線はこの道を曲がるとすぐになくなってしまうと。」
「はい、でもあくまで気配を感じるというか、それで振り返っても誰もいなくて、足音が聞こえるくらいの証拠しかないんです・・・。もしストーカーなんかじゃなかったらごめんなさい。」
「もしもがあるんだから、それは気にしなくて大丈夫だよ青波ちゃん!」
早見が口を挟むが、今のは俺に対する言葉だと思う。
「いや、お前が言うな。まあでもそれは早見の言う通りだし、そんなに気負わなくても大丈夫だよ、青波さん。」
すみません、と言いながらもホッとした様子で、彼女は続ける。
「それと、その気配を感じるのは、なんでか高校からの帰り道のときだけだったかもしれません、関係なかったらごめんなさい。」
いや全然大丈夫だよ、と声をかけると、時刻は四時五十七分を指した。
問題の五時まであと三分。全然信憑性のない事件ではあるものの、俺たちのトランシーバー内には若干の緊張が走る。
そんな状況を知ってか知らずか、早見は本題とは関係の無い話を始める。
「そういえば青波ちゃん、高校からこんなに家近かったんだね。」
さて、どこから考えようか。
「うん、子供の頃からこの辺に住んでて、だから夕焼け小焼けが五時に鳴ることも知ってるんだ。」
俺はそんな二人の何気ない会話を聞きながら、手元のメモアプリの情報を整理し始める。
「なるほどね、それが鳴ったらおうち帰ろう的なやつだよね。」
「そうそう、私もそうだったし、弟もそうだから尚更覚えてるのかも。」
子供、弟。それらのワードが、雑念となって俺の思考を遮る。考えがまとまらない。
「出たね、お姉ちゃん自慢の可愛い弟君!」
「大袈裟なこと自慢してなきゃいいんだけどねー。」
笑いあう二人。それをなるべく耳に入れないようにして、俺は本題と向き合おうと頭を回そうとする。
「そういえば弟君、なんで泣いて帰ってきたんだろうね、その話はほんと不思議だったー。」
「あーあれはほんとに私もわかんなかったな、後から聞いてもダメだったし。」
不可解なのは、この道は直線で優に二十メートルはあるが、身を隠せるような電柱や壁はない、それなのに青波さんが気配に気づき振り返っても、犯人の姿を見つけることはできなかった、ということだ。しいて言えばこの路地は隠れられる場所かもしれないが、男性もしくは女性であっても簡単にすぐに身を潜めることはできないし、それがもしできたとしても、片方の壁が少し短いことで、ゴミ箱がはみ出ている部分の、少なくとも半身ほどが外からでも見えるほどのスペースがある。これでは、完全に身を隠すことは不可能であるし、向こう側の道から路地に入るのは、ただでさえ狭い中に、ゴミ箱も含めたくさんのものが散乱しているため尚更無理がある。
「もしかすると、私の自慢ばかりしていて喧嘩になっちゃったのかな…?」
「あー、それは良い推理かも!それなら弟君が僕は好きだよーって言ってた理由も納得がいくね。」
さてこの一件には、どんな種が隠されているのだろうか。
「お前のお姉ちゃんなんて大したことないって言われて、喧嘩して。弟、気が弱いからすぐに泣き始めちゃったのかも。実際本当に大したことないんだけどね。」
「よ、名探偵!でも、青波ちゃんは大したことある人だから、そこは心配しなくていいよ…。」
… 早見が認めるなんて、そんなにやばいのかこの人。
口に出したら怒られそうなことを一瞬考えた俺だったが、すぐにスマホへ視線を戻す。そして整理した情報をまとめ、事件当日の情景をできる限り事細かく思い浮かべる。
ピースは揃っているはずだ。
「さ、関係ない話は置いといて、五時になったね。じゃあ青波ちゃん、そろそろ高校からいつも通り家に帰ってみて。莉子と優衣には坂上がいるこの道をずっと見張ってもらってるから、準備は万全だよ。」
渚ちゃんは?と聞き返す青波さんに、早見がすぐに答える。
「私は念のため、近くの道に張り込むことにしたの。もし坂上がその道で取り逃がしちゃったら悔しいし。」
…呼び出したならもっと信頼してもいいんじゃねーかー早見さん。
「弟も、そろそろ帰ってくる時間かな、それじゃあトランシーバーは切って帰ります。渚ちゃんも坂上君も、よろしくお願いします。」
あーうん、と余計なことも含めて考え事をしながら話していたため、思いのほか適当な返事をしてしまった。
「ちょっと坂上!気合入れていきなさいよ、もしかしたら変質者とやり合うかもなんだから。」
「いやそれは二人が青波さんの弟さんが自慢したがりだとか、泣いて帰ってきたとか、全然関係ない話をしてるから気が散って…。」
…いや、待てよ。
俺はスマホ上の文字と、たった今反復した二人の会話を頭の中で絡める。
「聞いてないフリしてそんなしっかり聞いてたのー。そういうところよー坂上ぃ。」
呆れてるような声を右耳から左耳に流しながら、俺の頭は高速で回転する。
頭の中で絡まった情報たちは、思考という液体に溶け、混ざり、やがて一つの個体となって俺の頭に浮かぶ。
「坂上聞こえてる?もう青波ちゃん歩き出しちゃったよ?」
俺は早見の声を無視して、こう呟いた。
「なあ早見、この事件、多分俺もお前も体張る必要はねーわ。」
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