星那と、勉強合宿最終日

 ――瞬く間に、一週間が経過した。




 今日は、勉強合宿の最終日……期末試験前日。


 リビングに広げられている紙束は、柚夏がわざわざネットから集めて来てくれた、練習問題の小テスト。


 当然ながら、まだ高校一年の一学期というこの時期では、柚夏といえども各担当の教師の出題傾向など掴めているわけがない。

 それでも持ち前の社交性から、剣道部の先輩から傾向と対策を聞き出して用意してくれたというのだから、星那たち三人としてはただただ頭が下がる思いだった。


 そんなわけで、彼女の頑張りを無駄にしないよう必死になって皆でそれを解き終えた。

 今は真剣な表情で採点を進める柚夏の様子を、星那、夜凪、陸の三人で固唾を飲んで見つめていた。


 やがて……コトッと、柚夏の手から赤ペンが置かれる。


「……うん、皆ほぼ全問正解。これなら、変なミスさえしなければきっと本番も大丈夫だよ」

「はぁぁああ……」

「良かったぁ……」

「あはは……皆、お疲れ様」


 その言葉に、三人が緊張から解き放たれて、三者三様に姿勢を崩し座り込む。その顔は、大丈夫とお墨付きが出て皆晴れやかだ。


 特に……


「今回は本当に駄目だと思ってたよ……柚夏ちゃん、本当にありがとうね……!」


 さまざまなハンデを抱えてのテスト勉強となった星那が、感極まって柚夏に抱きつく。


 柚夏は「おーよしよし」とそんな星那を抱き締め返して頭を撫でつつ……星那は気付いていなかったが、その柔らかな体の感触を堪能し、うへへと変な笑い声を上げていたのだった。







 ――北の大地、H道。


 この地では、何かあれはジンギスカンだと道外の者達からは思われているようだが、それは……誤解でもなんでもない、事実である。


 イベントがあればジンギスカン。

 行事の打ち上げにジンギスカン。

 祝い事の席で皆でジンギスカン。


 そしてそれは……白山家でも同様であった。




「かーっ、やっぱり頭使って消耗した後の肉はうめぇなぁ!」

「あ、陸、こっちにもお肉よこせぇ!」

「……二人とも、そんなペースだとすぐ苦しくならない? ……ん、美味しい」


 姦しく食事を摂る高校生三人の声が、日も沈みかけた夕暮れ時の屋外に響く。


 ここは、白山家の庭の片隅にある焼肉用の東屋。


 小屋の中心には耐火煉瓦で組まれたバーベキューコンロが鎮座し、中には今はほの赤く炭が燃えており、パチパチと赤い火の粉を舞わせていた。

 その上に設置されているのは、ジンギスカン用の鉄鍋、それも二つ。

 その上ではじゅうじゅうと音を立てて、食欲をそそる香りを立ち上らせている羊肉と野菜が焼けていた。


 さらには……その横で串に刺して網で焼かれているのは、こっそり星那が仕込んでいた、クミンと唐辛子、そして塩で味付けした羊肉の串焼きだ。


 陸と柚夏、運動部の欠食児童二人は片方の鍋を占有し、既に肉が焼けた端から奪い合うほどの旺盛な食欲を発揮している。


 そんな中……家の中で調理していた星那と真昼が、追加の食材を抱えて小屋へと入ってきた。


「皆、始めてるね? おにぎり作って来たよ、ご飯欲しい人はどうぞー」

「「待ってましたー!」」


 星那が抱えて来たのは、大皿に大量に並べられた、握りたてホカホカのおにぎり。

 その光景に、主に食欲旺盛な陸と柚夏から声援が上がる。


「それじゃ皆、しっかり食べて、今日は早く休んで、明日のテスト頑張ってきてくださいね?」

「お肉はまだまだあるから、みんな遠慮しないでね」


 真昼と星那が、手分けして卓上に食材を並べていく。

 二人が追加で抱えて来た、あらかじめ下味をつけたものと味付けしていないもの、二種類の生ラムと、冷凍庫から出して解凍して来た形成ラム肉……通称ラム・タワーは、言葉に違わず結構な量があった。


 それを見た陸と柚夏は目を輝かせ、遠慮をかなぐり捨てた二人の食べるペースがさらに上がる。


 そんな中で星那は、はたして朝陽はちゃんと食べているだろうかとその姿を探し……すぐに見つかった。

 落ち着いて食事している方の鍋で、夜凪と夕一郎の間に座り、リスのように頬を膨らませてモグモグと肉を噛み切ろうと頑張っているのを見つけ、ふっと頬を緩める。


 ここ一週間、協力して朝食を担当する中で、すっかり夜凪に懐いたらしい朝陽。

 嬉しいやら寂しいやら、複雑な感情はあるけれど……仲良さげなその、本来ならば親子であった三人がまた一緒に並んで座っている光景は、素直に嬉しく思う星那なのだった。


「父さんは、ちゃんと食べてる?」

「うん、まあ、この年だとあまりお肉は食べられないからねぇ……でも、僕は僕でのんびり摘んでるから大丈夫だよ、これもあるしね」


 そう苦笑してビールを傾けながら、若者の健啖な食欲を眩しそうに見つめている夕一郎。


 そんな父のグラスの中身がだいぶ減っているのを見つけ、星那が継ぎ足すと……


「はは……娘にお酌してもらえるのはなんていうか、気恥ずかしいけど嬉しいもんだね」

「あはは……いつもお仕事、お疲れ様」


 照れて頭を掻いている夕一郎を労うように一つ笑いかけてから、皆にグラスとジュースを配る。




 皆が思い思いのジュースを選んでいる間に、すっかり自らの定位置となった夜凪の隣に腰掛ける。


「お疲れ様、星那君。はい、この辺りは食べ頃だから、どうぞ」

「あ……わざわざ取っておいてくれたんだね、ありがと」


 夜凪が確保していてくれた肉と串焼きを取り皿に貰いながら、身を寄せる。

 その相手が元は自分の体だということも、今ではすっかり抵抗がなくなっていた。




 ――なっちゃんはさ、もう答えが出てるんだよ、きっと。




 初日、柚夏にお風呂場で言われた言葉が、脳裏にリフレインする。


 ……分かっている。もう、自分の中で答えが出ているなんて事は。そして、その答えを明確にする日はもう、すぐ側まで迫っていた。




 ――期末試験が終わり、結果発表が終わった翌日には……星那は、神事を司る巫女として、斎戒さいかいに入る。


 心身を清め、禁忌を守って行動を慎む事となるため、こうした賑やかな食事は出来ず、居所も皆から離れ斎館に入る事となるのだ。


 その翌日にはもう例祭で、間近に迫っているそれがタイムリミットとなる。




 それでも往生際悪く、その日が来ないで欲しいと思うのが本当に我ながら臆病だと、情けなく思うのだった。


「……もう、この賑やかな一週間も終わっちゃうんだよね」

「うん、そして明日からは楽しい楽しい期末試験だよ」

「……せっかく感慨に浸っていたのに、そんな風情が無い事言う?」

「はは、ごめんごめん」


 ムッとする星那に、苦笑しながら頭をポンポン叩き、機嫌を取ろうとする夜凪。それが満更でもなくて、その肩に頭を預け……


「あの、星那ちゃん? 皆にジュース行き渡ったわよ?」

「……ふぇ!?」

「もー、こんな時に二人で自分達の世界に入らないでくれるかなぁ?」

「ち、違うの、これは……これは、えっと……」


 申し訳なさそうに呼びかけてくる真昼に、慌ててパッと夜凪から体を離した。

 ニヤニヤと悪戯っぽい顔で覗き混んでくる柚夏に弁明しようとするが何も思い浮かばず、縮こまってグラスで顔を隠そうと無駄なあがきをする。


「僕は大歓迎だけど。ほら、もう一回おいで?」

「夜凪さん……!」

「あはは、お姉ちゃん顔真っ赤ー!」

「朝陽まで、もう……! そんな事より、乾杯だよ、乾杯!」


 周囲からの生暖かい視線に晒されて真っ赤になる星那だったが、経験上、話題を変えなければこれはずっと続くと理解した。

 なので、さっとドリンクが行き渡っているを確認すると、自分のグラスを掲げ持った。


「こ、コホン……それじゃあ、もう始めちゃってるから今更だけど、あらためて。皆、明日からの試験も頑張ろうね……乾杯!」


 有無を言わさず星那が音頭を取り、皆が乾杯を唱和する。


 こうして……皆で火を囲み、大いに食べて飲んで、この一週間の勉強合宿は終わりを迎えるのだった。






 ――ちなみに、神社内は四本足の生物は食べてはいけないことになっている。鶏は二本足だからセーフらしいが。


 しかし、白山家があるのはギリギリ境内の外。問題無いのである。


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