白山家の勉強会③
夕飯の支度も終わりしばらくした頃、朝陽と陸が犬の散歩から帰宅するのに合わせ、夕一郎と真昼も戻ってくる。
そうして皆が揃ったテーブルに、人数分のカレーライスと大皿のサラダが並べられ、皆で「いただきます」をする。
「ん〜〜〜〜っ!!」
我先にと一口、ご飯と肉を口に入れた柚夏が、体を震わせて感激を表現する。
「肉、柔らか……っ」
口の中で繊維が解けるようにとろける肉の塊。
その美味さに、頬が落ちそうな様子で恍惚の表情を浮かべた。
「何これうまっ……!」
驚愕の声をあげるのは、初めて食べた夜凪。
「辛いんだけど、下地にしっかり旨味があって……汗が出るんだけど、スプーンが止まらない……!」
しっかり辛い中にも、崩れるほど加熱した玉ねぎにチャツネ、それ以外にも煮込む際に使用した百パーセントりんごジュースの確かな甘みは、「辛い中にもしっかりと感じる甘味は大事」という、星那の信条によるこだわりだった。
ちなみに、陸は静かだ。というより、一心不乱に食べているので、その行動がなによりも雄弁に感想を物語っている。
「むぅ……煮込み料理に関しては、私よりもこの子の方が上なのよね」
「はは……妻も子供も料理上手で、僕は幸せ者だなぁ」
複雑そうな顔で呟く真昼。その横で夕一郎が、のほほんと舌鼓を打っていた。
「朝陽は、大丈夫? 辛くない?」
「大丈夫、ちょっと辛いけど美味しいよ」
「そっか、良かった」
額に汗を浮かべながら、それでも夢中になって頬張っている朝陽の様子を微笑ましく眺めながら、星那は一度スプーンを置いて、皆に尋ねる。
「おかわりが要る人は……」
「「おかわり!」」
星那が言いかけた瞬間、ほぼ同時に陸と柚夏が、空になった皿を差し出す。
美味しそうにガツガツ食べてくれるのは、作った者にはとても嬉しいもの。
二人のその勢いにニコニコと笑顔になりながら、嬉しそうにご飯をよそいカレーをかけて返す星那だった。
「あ、僕もいいかな」
「うん、勿論。どんどん食べてねー」
そう嬉しそうに給仕する星那に促され……ついつい、食べすぎてしまう高校生組なのだった。
時折、香辛料に痺れた舌を手作りラッシーやサラダで癒しつつ食は進み……大量にあったカレーの鍋は、皆の胃を満たした頃にはほとんど空になっていた。
「……ぶはぁ、ほんと、食ったわぁ……」
「うん……あの、おかわりするたびに嬉しそうに笑うのはズルいよね……」
「う〜ん……苦しいよぅ……苦しいけど幸せ、このまま寝てしまいたい……」
リビングに転がっている、三者三様に食べすぎでダウンした夜凪、陸、柚夏の三人。
味もさることながら、皆がたくさん食べるのを見て、とにかく幸せそうな顔を見せる星那が悪い。
今までもそうだったが、今回はその見た目が美少女なので、破壊力は増し増しだ。おかげでついつい頑張りすぎてしまうのだ。
――あの子は加減を間違えると、際限なく相手を肥えさせるタイプに違いない。
夜凪は、内心でこっそり戦慄する。
結局、夜凪と柚夏が三回、陸に至っては四回もおかわりして、三人ともお腹をパンパンに膨らませていたのだった。
そんな食後の気怠い時間を過ごしていると、すぐに星那がリビングへと戻ってきた。
「星那、洗い物は済んだのか?」
「うん、母さんが片付けはやってくれるって。だから、私はお風呂を沸かしてきたところ」
「……お風呂!」
星那の言葉に、柚夏が即座に反応する。
「ねぇ、なっちゃん、流しっこしよう!」
「え、でも……」
今は女性とはいえ、まだまだ男性だった意識の強い星那である。
まだ幼い妹の朝陽ならばまだしも、友人である柚夏と一緒にお風呂というのは、罪悪感が先に立つ。
故に戸惑っている間も、柚夏はグイグイと押してくる。
「いいからいいから、今後お風呂入るときの練習だと思って。それに夏になったら、水着に着替えるため女子更衣室に入るんだよ?」
「そ、そうは言っても……り、陸、なんとか言って、君の彼女でしょ!?」
「あー、言い出したら聞かないからな、諦めろ」
「薄情ものぉおおぉぉ……」
慣れとかないとだめだよねー、と柚夏が星那を強引に拉致していってしまう。
残念ながら腕力では星夏は柚夏にまるで歯が立たず、恨めしげに陸に向けられた声が、廊下の先に消えていった、
「……南無。ま、骨は拾ってやるさ」
「君は……」
なんと薄情な、と戦々恐々としている夜凪だったが、陸はそんな夜凪に真剣な顔で振り返る。
――ああ、こちらに話があったからか。
ようやくその真意を悟り、夜凪も気を引き締めた。
「それで……お前の方は、男になって困っている事とかは無いのか?」
「うーん……」
しばし考え込む夜凪。
「はじめは、それはまあ思う所もあったけど……いざしばらく暮らしていると、やっぱり色々と楽ではあるよね」
力も強いし、女の子の時みたいに怪我とかに神経質にならなくていいぶん無茶も効く。
苦労があるとすれば……
「ただ……星那君は恥ずかしがり屋なくせに色々と無防備だから、時々ムラっと来て襲いそうになるのは苦労してるかな」
「おいおい……」
「大丈夫、少なくとも高校在学中に妊娠させた、なんて事にはしないつもりだよ、親たちとの約束もあるし、それ以上にそれだとあの子が可哀想すぎるしね」
実際問題として、もし本当にそんな事になってしまえば、白陽に残る事は難しいだろう。
それは、もともと自分のせいで狭めてしまった彼女の将来の選択肢をさらに狭め、奪ってしまう事になる。それは……彼女を手元から逃すまいとする夜凪ではあるが……さすがに本意ではない。
「んっ……な、なら良いが……」
妊娠という予想外に生々しい話が出てきた事で、健全な青少年である陸が、気まずそうに咳払いしながらなんとか返事をする
そんな陸に苦笑する夜凪だったが……すぐに、その表情を翳らせる。
「……先週の事で、つくづく僕はあの子に本来必要無かったはずの苦労を押し付けたんじゃないかって、痛感したよ」
初めて体験する生理に四苦八苦しているのを見て、さすがに思うところがあった。
特に、一番酷かった時などは、女の子でいる事に弱音まで吐いていたくらいだ。
もしかしたら、向こうは戻りたいのかもしれない。
それでも、僕は……そう呟いて黙り込んでしまう夜凪。
「……ま、そもそも戻る手段もあるか分からないんだろうが、一度そのあたり、しっかり話し合ってみた方がいいんじゃないか?」
その陸の言葉に、夜凪は神妙な顔で頷くのだった。
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