第63話
興奮してしまって、涙がにじんだ。
「あたしが、もっとちゃんと恋とか経験していれば、避けられたことなの……」
今まで、好きな人ができても告白もできずに終わっていた。
振られたって、ちゃんと相手にぶつかっていれば、今よりは強くなれていたかもしれない。
「今回のことで、月奈は後悔なんてしてないわよ?」
陽菜ちゃんが、美影へ向けてそう言った。
「あたしは、月奈の姉として、美影にありがとうって言いたいわ」
そう言い、陽菜ちゃんは美影の頭をチョンチョンと触ってなでた。
「そ、そんなもんか……?」
「そんなもんよ」
クスッと笑う陽菜ちゃん。
美影は、ちょっと照れているみたいだった。
「もしも美影が人間だったら、優しくて引っ張ってくれる、最高の彼氏になるのになぁ」
「なんだよ、このままじゃ無理だってのか?」
「やっぱり、恋愛は人間同士じゃないとね」
「ちぇっ」
美影は、小さく舌打ちをしたのだった。
☆☆☆
花火を終えたあたしは、部屋着に着替えて自室へ戻ってきた。
白堵はクッションの上で寝息を立てていて、汰緒と菜戯も同じ場所で目を閉じていた。
花火でずいぶんと興奮していたから、疲れたのかもしれない。
「あ~楽しかった」
手持ち花火をするのは何年ぶりかの事で、あたしも十分に楽しんむことができた。
ポスっとベッドに座ると、半分布団に隠れていた美影が目を開けた。
「あ、ごめん。起しちゃった?」
「いや、起きてた」
そう言って、布団から這い出てあぐらをかいて座る。
「なぁ、月奈。ちょっと話があるんだ」
真剣な表情の美影。
「なに?」
「俺が人間だったら付き合ってくれるって、本当か?」
「え?」
確かに、美影が恋人だったら、と思って話しはしたけれど……。
キョトンとして美影を見つめる。
「もし、それが本当なら、手伝ってほしいことがある」
「手伝う……?」
「あぁ。俺たち妖精の間でずっと噂になっていることがあるんだ。北の魔女に会えば、人間にしてもらえるって」
その言葉を聞いた瞬間、あたしの脳裏に美影白堵さんの書いた童話がよみがえってきた。
3つの宝石を魔女へ渡すと、人間になれる妖精の話。
「それ……信憑性のある噂なの?」
「……わからない。でも、俺たちが人間になるには、それしか方法がないと思うんだ」
美影は、まっすぐにあたしを見つめる。
本当かどうかわからない噂だけれど、それにすがるしかない。
ダメで元々。
それをよく理解したうえでの、決断だと感じた。
「……わかった」
あたしは、頷いた。
いつも元気をくれる妖精たちの力になりたいとも、思ったから。
「ありがとう、月奈。さすが、俺の女だな」
「だから、いつ誰が美影の女になったのよ」
あたしは、呆れてため息をついたのだった。
☆☆☆
そして、妖精たちと『北の魔女』探しは翌日から始まった。
バイトに行こうとしていたあたしの前に、妖精たちは立ちはだかる。
全員で横一列に並び、腕を広げてゆく手を阻む。
っていっても、すぐにまたいで行けれるくらいなんだけれど。
それでも、あたしは立ち止まって4人を見つめた。
「今日から、魔女探しをしたいの?」
そう聞くと、4人は同時に頷いた。
「そっかぁ……でも、バイトがなぁ……」
突然休むと言えば、一緒に入るバイトさんの迷惑になる。
今から、あたしの代理が見つかればいいけれど……。
そう思い、携帯電話を取り出す。
「休みをもらうなら、3日間もらえ」
美影がそう言ってきて、あたしは首をかしげる。
「妖精が、生まれた場所から離れられるのは4日間と決まっているんだ。
昨日を入れてあと3日。その時間を俺たちはフルに使いたい」
「そうなんだ……」
でも、いきなり3日も休めるだろうか?
お局さんに何を言われるか……。
そう思うと、なかなか電話の相手がみつからない。
「頼む、月奈」
美影が、その場で頭を下げてきた。
「お願いだよ、月奈ちゃん!」
「俺からも、頼む」
「無茶を言っているのは理解している。でも、お願いしたい」
白堵も汰緒も菜戯も。
みんなが必死で頭をさげてくる。
ここまでされちゃ……仕方ないよね。
それに、あたしも妖精たちの力になりたいって、思ったんだもん。
ちゃんと、その目標を果たしたい。
たとえ、真実味にかける噂であったとしても、それが妖精たちの望むことなら、手伝ってあげたい。
あたしは「よしっ」と、気合いを入れて携帯電話に視線を戻したのだった。
☆☆☆
それから、なんとか3日間のお休みをもらったあたしは4人を肩と胸のポケットに入れて行動を開始した。
ポケットの中の汰緒と菜戯が「くっつくな!」とか「狭い!」とか文句を言っているけれど、なんとか我慢してもらう。
「北の魔女ってことは、北の方向へ行けばいいのかな?」
「あぁ、たぶんな」
右肩に乗っている美影が返事をする。
北の方向へ行くことは決まったけれど、でも、それ以外に何も手がかりはない。
ただ歩いているだけで魔女と出会えるとも思えないし……。
そう思いながらも歩いていると、あちこちに小さな妖精がいることに気がついた。
「街中に妖精がいる……」
「当たり前だろ? 月奈は元々見える人間なんだから、ちゃんと意識していれば見えるんだ」
そっか……。
美影たちが見え始めてからも、他の妖精は目に入っていなかった。
でも、それはあたしが見ようとしていなかったのが、原因みたいだ。
「花でも、木でも、意識してみればいろんなところに存在している。普段は視界に入っていても気がつかないことは、たくさんある」
「そうだね……」
美影の言うとおり、あたしは足元の花にはなかなか気付かずに生きてきたかもしれない。
知らない間に咲いて、知らない間に散っているものが、たくさんある。
「そうだ月奈ちゃん。他の妖精たちに話を聞いてみたらどう?」
左肩にのっている白堵が、思いついたように声をあげた。
「あ、それいいね!」
そうだ、妖精のことは妖精に聞けばいいんだ。
ただ北を目指して歩いていたって、らちが明かない。
あたしは、近くのスーパーへ足を踏み入れた。
ここは古くからあるスーパーだから、妖精がいるに違いない。
案の定、中に入ってすぐ数人の妖精たちが店内を駆け回っているのが目に入った。
まわりのお客さんなんて気にもしていない様子で、危なっかしい。
「ねぇ、君たち、ちょっと話しがあるんだけれど」
あたしがしゃがみ込んでそう声をかけると、妖精たちは一斉に動きを止めてあたしを見上げてきた。
「こいつ、妖精を肩とポケットに乗っけてるぞ」
「なんだこの人間、俺たちに話しかけてんのか?」
「大きな人間に話しかけられると、なんだかボク怖いよ」
まるで異質なものを見るような目で、あたしを見つめる妖精たち。
「あのね、あたし妖精が見えるし、声も聞こえるの。それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけれど、いいかな?」
さっき以上に柔らかな口調でそう聞くと、妖精たちは顔を見合わせ、それから頷いた。
よかった。
何も話しが聞けないかと思った。
「実はね、北の魔女を探しているの」
そう言った瞬間、スーパーの妖精たちは再び顔を見合わせそして一斉に笑いだしたのだ。
あたしは驚いて目を見開く。
な、なに……?
「北の魔女って、本気で言ってる?」
「そんな噂、一体誰が信じてるんだよ」
「人間になれるワケないじゃん。ボクたち妖精だよ?」
お腹をかかえて笑いながらそう言う妖精たちに、あたしはムッとして立ち上がった。
なんだか、美影たちがバカにされているような気がして、嫌だった。
「月奈、気にするな。俺たちはなんとも思ってない」
美影にそう言われ、あたしは「わかってる」と、小さく返事をしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます