第51話

【美影 白堵】という作者に手紙を書いていると、机においていた携帯電話が震え始めた。



その液晶を見ると【秋生さん】の、文字。



その瞬間、昨日の出来事を思い出してしまい、あたしはペンを置いた。



こんな時間に、どうしたんだろう?



今まだ秋生さんの仕事が終わる時間ではない。



それに、いつも電話は夜にかかってきていた。



あたしは少し迷った末、電話に出ることにした。



「もしもし?」



《もしもし、月奈ちゃん?》



秋生さんの声に、ドキッとして、昨日の手の感覚がよみがえる。



「……こんな時間に、どうしたんですか?」



浮かない声でそう尋ねる。



《今日、仕事が早く終わったんだ。今から、会えないかな?》



「……今から、ですか……」



あたしは、書きかけの手紙に視線を落とす。



もう少しで陽菜ちゃんやお母さんが帰ってくるから、晩御飯の準備もしなくちゃいけない。



《ダメかな?》



「……ごめんなさい」



今日は、無理だ。



用事もあるし、昨日のようにあたしの気持ちを無視されたら、と考えると、怖かった。



《どうしても……ダメ?》



切なそうなその声に、胸がギュッと締め付けられる。



あぁ……。



やっぱり、あたし秋生さんのことが好きなんだ。



ずっとずっと憧れてきたんだもん。



そう簡単に、嫌いになるワケがなかった。



それに、和心は話せばわかってくれると言っていた。



あたしはチラリと時計に視線をやり、そしてこう言った。



「……わかりました。少しだけなら、会えます」



《よかった。じゃぁ、いつものレンタルショップで待ってるから》



ホッとしたような声が聞こえて、電話は切れた。



あたしは、書きかけの手紙を机に入れて、バッグを肩にかけた。



きっと、大丈夫だよね?



今日、ちゃんと昨日のことを説明して、理解してもらえるよね?



恋愛初心者のあたしは不安が多いけれど……。



でも、立ち止まっていたって仕方ない。



あたしは意を決して、部屋を出たのだった。


☆☆☆


夕方でも外は熱く、熱されたアスファルトがグラグラと煮えたぎっているようだった。



「あっつぅい」



一歩外へ出ると、すぐに汗をかく。



日陰を選んでトロトロと歩いていると、前方から見慣れた男性が走ってくるのが見えた。



「え……うそ……」



思わず、その場に立ち止まる。



「月奈ちゃん!」



「秋生さん!?」



驚き、目を見開く。



どうして!?



お店で待ってるって言ったじゃない!



驚きで何も言えずにいると、秋生さんは額の汗をぬぐいながら「待ってる間が、苦しくて」と、言った。



その言葉に、ドキッと心臓がはねる。



「それって……?」



「昨日、気分を悪くさせて、本当にごめん!!」



そう言い、秋生さんは深くあたしに頭をさげてきたのだ。



「早く、謝りたくて」


「そんなの、電話でよかったのに」



「そうだけど、それじゃ俺が納得できないから」



秋生さんは、そう言って、照れたように笑ってみせた。



だからって、こんなに熱い中走ってくるなんて。



熱中症になったらどうするの!?



あたしは呆れながら秋生さんを見つめる。



「俺さ、当たり前みたいに月奈ちゃんの……その……」



「太もも?」



「そ、そう。太もも……触ってごめん」

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