第49話

美影たちの姿が見えなくなって3日がたった。



あたしの私生活は変わらない。



元々見えていなかった美影たちが、また見えなくなっただけだから、もとに戻っただけなんだ。



そう思うのだけれど、あの賑やかな4人の声が聞こえないと、なんとなく寂しかった。



「なんか、今日元気ないね?」



和心にそう言われ、あたしはレジから顔をあげた。



「そう?」



「うん。ボーッとレジの中見つめちゃって、どうしたの?」



「ううん、なんでもないよ」



そう答えて、あたしは開けっ放しのレジを閉めた。



ずっとレジを見ていたって、仕方がないのに、つい美影の姿を探してしまう。



「彼氏ができて、幸せなんでしょ?」



「もちろん、幸せの絶頂ってところかな」



そう答えて、うなづく。



付き合って間もないけれど、秋生さんは優しかった。



毎日メールか電話をかかさないし、付き合い始めた日を記念日だと言ってくれた。



結構、マメな性格だと思う。



「明日、初デートなんだよね」



「本当に!? よかったじゃん、それで緊張してるの?」



和心に言われて、あたしは首をかしげる。



緊張……?



しているといえば、しているかも?



そう意識しはじめると、今度はどんどん心臓が早くなる。



そうだ、あたし人生初のデートなんだ。



妖精たちのことを気にしている場合じゃないんだった。



「どうしよう和心、あたし緊張しているかも」



「初めてのデートだもん。緊張して当然でしょ?」



それは、そうだけれど……。



「こういう場合、どうしたらいいの?」



その質問に、和心は「う~ん」と、首をひねる。



「とりあえず、今日のうちにできる限りの準備をしておくこと、かな?」



「準備?」



「そう。服とかバッグとか。当日の朝準備してたら、絶対に間に合わなくなるから」



「そ、そうなんだ?」



あたし、準備はわりと早く終わらせる方なんだけれどな……。



「ついでに服に合わせた髪型も決めとくといいよ」



恋愛の先輩、和心にそう言われ、あたしは「わかった」と、うなづいたのだった。



☆☆☆


そして、翌日。



あたしは携帯のアラーム音で目が覚めた。



ベッドに寝転んだ状態でアラームを消し、伸びをする。



「……眠い」



呟き、欠伸を1つ。



昨日、和心に言われた通り服を準備していたのだけれど、これがものすごく時間がかかった。



普段は特に気にせずコーディネートするのに、デートだと思うとあれこれ気になって仕方ない。



結局、無難に白のショートパンツと緩いうすピンク色のトップスに決まった。



小物は白の低いヒールと、カゴバッグで行く予定だ。



「起きて、ご飯食べて、メイク……」



ぼそぼそと呟きながら、ベッドから這い出て階段を下りていく。



「おはよぉ……」



「おはよう月奈。眠そうね」



キッチンで陽菜ちゃんに言われて、あたしは首を縦にふる。



「今日が初めてのデートだから、緊張して眠れなかった?」



「うん。夜中に何度も目が覚めちゃった」



眠い目をこすりながら、朝ご飯のお味噌汁を飲む。



そんなあたしのあたまを、陽菜ちゃんがなでてきた。



「初々しいわねぇ、月奈は」



「なによ、ちょっとバカにしてる?」



「してないしてない。むしろ、今のままの月奈が好き」



そんなこと言われたって、あたしは早くこの状況を脱出したい。



彼氏もいない、目標も定まっていない、何物にもなれない、こんなあたしから変わりたい。



残りのご飯をかきこんで、「ごちそうさま!」と、席をたつ。



「あら、もういいの?」



「いいのっ! 髪の毛セットしなきゃ」



あたしはお母さんにそう返事をして、リビングへと移動した。


☆☆☆


コテで髪を緩く巻いて、下の方で2つにくくる。



普段あまり髪を巻かないから、鏡の中の自分を見るのがなんだかちょっと恥ずかしい。



「よし、準備できた!」



あたしはバッグを肩にかけ、玄関へと向かう。



まだ、待ち合わせには少し早いけれど、待たせちゃダメだもんね。



そう思い、少し早めに家を出た。



待ち合わせ場所は、あのレンタルショップ。



2人で見たホラー映画、すっごく怖かったなぁ。



店内を歩き回りながら、あたしは映画のワンシーンを思い出してブルブルと身震いをした。



レンタルショップが待ち合わせ場所だから、また映画を借りようって言われるのかな?



もし、そう言われたら、今度はコメディを選ぼう。



そう考えていると、「月奈ちゃん」と、声をかけられて、振り向いた。



「秋生さんっ!」



そこには秋生さんが爽やかな笑顔で立っていて、ドキドキする。



やっぱり、かっこいいなぁ……。



この人が自分の彼氏だなんて、信じられない。



「髪、かわいいね」



「あ、ありがとうございます……」



さっそく褒められて、カッと熱くなってしまうあたし。



でも、頑張って巻いたかいがあった!



「月奈ちゃん、俺たちもう恋人同士だよ? 敬語、やめようよ」



「あ……はい。そうですね」



「ほら、また敬語になってる」



「あっ! えっと……」



秋生さん、かっこいいし。



彼氏とか、デートとか初めてだし。



思わず敬語になってしまうんだもん。



「あはは、ゆっくり、ね?」



そう言って、秋生さんはあたしの頭をポンポンと撫でた。



「で、今日は何か借りて観る?」



「か、借りるならコメディがいいな」



「コメディ? ホラーじゃなくて?」



意地悪くそう聞いてくる秋生さん。



あたしはプっと頬を膨らませて「ホラーは絶対ヤダ!」と、言い切った。


☆☆☆


それから、コメディを借りたあたしたちは、秋生さんのアパートへと来ていた。



この前と同じ場所に座ると、秋生さんはDVDをセットした後、当たり前のようにあたしの隣に座った。



ち、近い!



またも、いきなりの至近距離にドキドキしはじめる心臓。



もしかして秋生さんって、この距離感でスキンシップをとる天才?



「ほら、始まったよ」



ドキドキして秋生さんを見つめていたあたしは、ハッと我に返って画面を見つめる。



さすがに、今日借りたのはコメディだから大丈夫。



お笑い芸人たちが勢ぞろいをしてそれぞれの芸を披露していく。



「あははっ! 面白いね」



「このコンビ俺好きだなぁ」



なんて言い合いながら、楽しい時間は過ぎていく。



DVDが半分くらい過ぎて行ったとき、あたしの太ももに秋生さんの手が触れた。



ほんのちょこっとだから、偶然かな? と思い、少しだけ身をずらすあたし。



しかしその数分後、また、秋生さんの手があたしの太ももに触れた。



今度はちょこんじゃなくて、完全にあたしの足に手を置かれている状態だ。



あたしはビックリして画面から目を話し、秋生さんを見る。



秋生さんは画面を見つめたまま、楽しそうに笑っている。



太ももに置かれている手のことなんて、全然気にしていないみたいだ。



こういう場合って、一体どうしたらいいんだろう?



『どけて』とか言った方がいいんだろうか?



でも、そんな事を言ったら失礼になるのかな?



秋生さんはあたしの彼氏なんだし、このくらい初デートでするのは普通なの?



どうすればわからなくて、あたしの頭はパンク寸前。



お湯が沸きそうなほど、体中は熱を帯びる。



そして、秋生さんの手がスッと内ももへと移動して、思わず「ひゃっ!?」と、声をあげてしまった。



「どうしたの?」



驚いた表情で、秋生さんがあたしを見る。



でも、その手はまだあたしの内ももにあって……。



む……無理!!



あたしは勢いよく立ち上がり、「今日はもう帰ります!」と、怒鳴るように言い、アパートを出たのだった。

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