第48話

~美影side~


その日の月奈は、何かが違った。



いつも通り出勤してきてレジに立つ月奈に、レジの上に座っていた俺は「よぉ」と、声をかけた。



しかし、月奈は返事をしない。



返事をしない所か、俺の方を見ようともしない。



声が小さかったか?



そう思い、「おい、月奈!」と、声を張った。



でもやっぱり月奈はこちらを見ない。



いつもなら聞こえているハズの声量だから、聞こえないハズがないのに。



俺が1人首をかしげていると、2レジから白堵がやってきた。



「美影、なにしてるの?」



「月奈がこっち見ねぇんだよ」



「へぇ? ついに嫌われちゃった?」



そう言って、楽しそうに笑う白堵。



こいつ、生意気なこと言いやがって。



そう思い、白堵の頭を軽くたたく。



すると白堵は大げさに頭を抱え込み、「いたぁい!! 月奈ちゃん、美影が殴った!!」と、月奈の腕によじ登る。



「あ、こら!」



月奈に簡単に触れてんじゃねぇよ!



そいつは俺の女だ!



なんて、恥ずかしくて言えもしないことを考えて、白堵を睨む。



白堵は月奈の肩まで登り、ベーっと舌を出してきた。



「くそっ」



眉間にシワをよせる俺。



白堵のやつ、なめた態度とりやがって。



下りてきたら、本気で一発殴ってやる。



そう思ったのだが……。



月奈へ話しかけている白堵の様子が、徐々に真剣な表情に変わっていく。



遠くて、白堵が何を話しているのか、ここからでは聞き取れない。



真剣な表情の白堵は、今度はどんどんと青ざめていく。



「どうした!?」



大声でそう言うと、白堵は月奈の肩からジャンプして、俺の隣に着地した。



「月奈ちゃん、僕の声が聞こえていないみたいだ……」



「なんだと?」



俺は月奈へ向けて何度も何度も呼びかけた。



白堵も、懸命に声をあげる。



けれど、月奈は一度たりともこちらに視線を移さない。



「一体、どうなってんだ……」



声を上げることに疲れて、俺と白堵はレジの中で体を横にした。



この前までは普通に会話していたのに、急にどうしたんだ?



「月奈ちゃん、僕たちを無視しているのかな?」



悲しそうな白堵の声。



「んなワケねぇだろ!」



月奈は、そんなことをする女じゃない。



多少マイナス思考な部分はあるけれど、まっすぐすぎるくらい、まっすぐな女だ。



俺は、そう思っている。



「でも美影、月奈ちゃんが僕たちの存在に気付かないとしたら……北に行く計画は……」



「あぁ、わかってる……」



あの噂が本当かどうか確かめるために、俺たちは北というキーワードは絶対にはずすことができなかった。



でも、こんな小さい俺たちがやみくもに北へ向かったって、たいして意味がない。



だから、月奈の力を借りる必要があったんだ。



なのに、月奈がこんな状態じゃぁ……。



「計画は、絶望的……」



俺は、小さくつぶやいた。



また、妖精を見ることのできる人間が現れるまで、待たなければならない。



「くそっ!」



俺は内側からレジを蹴飛ばした。



なんで、このタイミングでこんなことになるんだよ。



月奈……。



お前に一体、なにが起こったんだ……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る