お客様——佐渡 未来

「本当に他にお荷物はないのですか?」

「ないよ。それで?」


 今朝の彼女がこの家に泊まることになった。

 その時に気づいてはいたけど、ルナさんは女性としては変わっている。


 いつまでかは分からないものの、しばらく泊まるということで、トランクが2個はいるだろうと思っていたのに、実際には国内線に乗るような小さめのトランク1個。

 着替えだけだとしても少なくないだろうか。


「……失礼いたしました。えっと、ドライヤーなどはお貸しします。シャンプー、コンディショナーも浴室にあります。あと、……パジャマは持ってこられましたよね?」

「あっ、わたし使わないんだ」


 無邪気なのはわかる。武蔵君も使ってないとは聞いている。でも——、女性だよね?


 髪は長くてきれいだし、念入りなケアが必要なのだろうと勝手に思っていたのに、この様子だとシャンプー一つにもこだわりはなさそう。

 うらやましいようで、ちょっとがっかり。


「着られないと?」

「着る必要ある?」


 見た目や偏見で判断するのはよくないと知っている。でも、なんとなく、わたしとは正反対なのだろうなと思っていた。

 それでもここまで感覚にずれがあるとは思わなかった。


「いえ、寝方は自由です。大変失礼いたしました」


 軽くため息を吐いてしまう。ある意味ではちょっと気難しい人かも。


 廊下を歩きながら、説明を続けた。


「お着替えについてですが、部屋にランドリーバッグをご用意していますので、そちらに洗濯物を入れてわたしに渡していただければ洗濯します。朝出していただければ夕方にはご用意できますので」


 「分かった」と一言、彼女は頷いた。


「部屋には電話機がありますので、内線3番に電話していただければ、わたしまで繋がりますので、何か困ったことがあればお電話ください」


 泊まっていただく予定の部屋の前では、大和君がスマホを見ながら何か待っていたようだった。わたし達に気が付くと、ちょっと冷ややかにルナさんに話しかけた。


「やあお嬢さん。悪いけど、その拳銃とナイフ、預けてもらっていいかな?」


 その説明を聞いて、血の気が引いた。

 そうだ、この人は連帝軍の人だった。

 しかも特殊部隊の!


「えっ、わたしから商売道具奪うの?」


 いや、人の家に銃を持ってこられたら困る困る。

 大和君達は金庫に銃を保管しているみたいだけど、この人は金庫なんか持ってきていない。


「この国では銃を持ち歩くのも違法なんだ。特例で君は外でも何も言われないけど、さつきさんの家の中では黙ってられないよ。渡してくれ」


 ふくれっ面になって、ルナさんは拳銃とナイフをベルトごと大和君に渡した。

 上着に隠れるようにしていたみたいで、彼女が危険物を持っていると指摘されるまで気が付かなかった。

 でもやっぱり不服みたいで。


「じゃあ少なくとも保管場所を見せて」

「まあそれくらいならいいが。だけどな、銃規制が厳しいことは覚えておけ。だいたい君はどこの基地に所属している?」

「パーラオリエンタル」

「瑞穂も管轄なら分かるだろ? 基地の外では銃の所持は禁止だよ」

「わたしは持ち歩いてるよ? 誰に遭遇するか分からないし」


 大和君は鼻で笑って、何かを諦めた様な表情をした。


「僕も4年前までそうだったから余り強くは言えないようだ。ただ、泊まるからにはさつきさんに従ってもらうよ。彼は銃が嫌いなんだ。仕事以外では持ち出せない決まりだ。分かってくれ」

「じゃあショットガンもマズい?」

「マズい。どこにある?」

「バイクに積んである」

「屋外に放置するな。連れていけ」


 彼女はわたしにトランクを預けると、大和君を先導して玄関の方に戻っていった。


 小さいとは言っても重い荷物を抱えていると、背後から話しかけられた。


「彼女はある種の危険人物だな」


 反射的に振り向くと、武蔵君が微笑を浮かべながら何か資料を持って向かってきていた。


「危険人物?」

「ああ、彼女はまだ21なのに、一等兵曹まで上り詰めてプライドの隊員だ。並の昇進速度じゃないぞ」


 ああ、軍事関係には疎いわたしにはさっぱり分からない。


「一等兵曹って偉いの?」


 武蔵君は、少し困ったような顔をした。


「いや、幹部ではない。ひらの兵士の兄貴分姉貴分だ。給与等級ってのがあるんだが、連帝軍の場合下から6番目だ。まあ自警隊なら二曹相当で、30人から40人くらいの指揮を取ることもある。プライド隊ではプライドの資格を持つ隊員の下っ端だが、プライド隊ってだけで十分誇れる立場だ」


 分かるような、分からないような。


 少し荷物を降ろさせてもらい、武蔵君の読んでいる資料を覗かせてもらった。でも、中身はアルビオン語らしい。

 あいにくわたしは辞書なしに読解できない。

 でも武蔵君はいろんな言語を知っている。

 「そうでないと武器商人なんてできない」なんて言っていたが、純粋に尊敬できると思った。


「『彼女は、語学や近接戦闘で優秀な成績を収め、特筆すべきは夜間演習での活躍だ。夜目が利くようで、暗視装置なしでも近接格闘が可能。体格的に不利でありながら——』確かに華奢だったな。『——男性隊員にも劣らない格闘力を持ち、また優れた瞬発力がある。直感力にも優れる。語学に関しても、瑞穂語をネイティヴに話せる上、丹陽語、オリョール語にも精通している。ただ欠点をあげるとすれば生活態度だ。上官に口答えすることもままあり、組織人としての自覚に欠ける点もある。下士官としての指導力も乏しいだろう』。分かりやすく問題児らしいな」

「いくら能力が高くても社会的なところに問題があるということだね」

「そういうことだな」


 今回、さつき君達と一緒に行動すると言っていたから、少し不安が残る。武蔵君は義理堅いタイプだし、大和君は誰かがルールに従わないと苛立つタイプ。

 仲良くなれるかな。


 ほんのしばらくして、ルナさん達が帰ってきた。長細いケースを抱えて。


「何? わたしの噂?」


 無意識なんだろうけど、図星を当てられてちょっと苦笑いしてしまった。

 でも武蔵君は冷静だった。


「ああ、コナー大尉の報告書に、君は優秀だって書いてあったよ」

「あの人報告書なんか渡してたんだ」


 表向きかもしれないけど、ルナさんは気を悪くしていないみたい。


 大和君が武蔵君に鞄と拳銃のついたベルトを渡した。


「こういうの好きだろ? 君の金庫に入れといてくれ」


 武蔵君はケースから銃を取り出すと、何か確認する仕草をして、床に向けてそれを構えた。


ロフバーグLofbergM590A1エムファイヴナインティーエーワン9ナインショット。連帝海軍の採用している堅牢なショットガンだな。こっちはバリッラBalilla90-2ナインティーダッシュトゥーか。92ナインティートゥーの後継発展型だな。まだ連帝軍では正式採用されていないはずだったよな?」

「そのピストルはわたしが買った。まあ普段はそれを持ち歩いてるけど、軍の耐久試験をパスしていないから任務中は92だよ」


 武蔵君が銃に詳しいのは知っていたけど、ルナさんも平気でついていっている。

 ちょっと大和君に聞いてみた。


「大和君はこの話分かるの?」

「連帝軍の装備についてはあまり詳しくねえけど、バリッラ92くらいは知ってるぞ? ジャム知らずで、バレルが露出するようなスライドの開口部はバリッラの拳銃の特徴だな」


 わたしだけが取り残されているみたい。


 まあ、みんな何かしら銃に触れることをしていたから、多分わたしが常識人だ、そう信じたい。


「そう言えば、この辺りでお酒の飲めるところある?」


 唐突に、ルナさんが武蔵君に尋ねる。


「バーが歩いていける距離にある。ボトルを買ってきてもいいが」

「ううん、そこで飲みたい。案内してよ」


 わたし達付き人の三人は顔を見合わせた。


「俺が行こう。さつきさんから、ルナが出歩くときは誰かを付けとけって言われている。俺が行く」


 武蔵君の申し出に、大和君も異論はないらしく、もちろんわたしもない。

 それぞれ小さく頷いた。


「決まりだね」


 武蔵君もお酒が好きだから、仲良くできたらいいけど。

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