交渉——沖島 将
衛星電話を取り上げると、よく聞き慣れた声がした。
「
瑞穂語に慣れていて、根っからの瑞穂人であるわたしとしても違和感がない。
「
ВЛГ(最高指導者親衛隊)の旅団指導者。
各国の軍で比較すれば少将にあたる、お偉いさん。
「いやいや、わたしの部署は順調でね。あなたのような立派な働き者が支えてくれているからさ」
世辞のようでもあるが、素直に受け取っておこう。早めに話を進めておかねば。
「わたしの部下が働き者なのだよ。ところで、今日の案件は、どの件だ?」
「そうだな、順番に行こう。まず、若葉霞の件、ご苦労だった。派手にしてくれたお陰で、メッセージ性は充分だ」
教皇を含む、現政権の退陣。その要求を一蹴した若葉を排除することにより、再度要求を突きつける。
オ連や最高指導者にそのつもりはないそうだが、事実上の最後通牒だ。いや、もはや殴りかかっている。
「まあ、インパクトはあるだろう。問題は、彼らが神々を捨てるかどうかだろう。極右の連中が二千年以上の歴史を簡単に捨てられるとは思わんぞ。いっそ、実力行使をした方が早くないか?」
「全く、短気だなあ。わたし達だって無駄な殺戮は望んでない。あいつらが幻想から覚めて、わたし達に付いてくると言うならば、それを止めたりはしないさ」
ここがわたし達の考えの違いだ。
わたしは瑞穂に全く新しい政府を樹立させたい。
イオアンは、今の政府でもオ連に同調するならば許すという考えだ。
少しずつ懐柔し、飼い犬にするつもりだ。
イオアンはまだ続けた。
「あいつらだって理想主義者なんだ。その理想を共和主義にすげ替えられれば、有望な国家に生まれ変わる」
「まあ、わたしはそっちには賭けない。それこそ、あなたの部署全員に酒を奢ってもいいが、奴らは頑固だぞ?」
イオアンはこの机上の空論に少し呆れたのだろう。話を切り上げた。
「そうだな。様子を見るに限るな。ところで、
Z-1とは秘匿呼称だ。
3年前から開発を委託している新型ヒューマノイド兵器。
詳細は知らされていないが、もうかなり成長しているとか。
「そうか、それは結構。……新人類か」
オリョール人民共和国連邦は今、いや今後も、軍拡を進めなければいけない。新しい世界を作り出す上で、自国の利益しか考えない他の国家を潰さないといけないからだ。
そのためには、最新の兵器が必要だ。
軍用機、艦船、戦闘車両。
そして何より大切なのは、兵士だ。
最精鋭と呼ばれるには、それに見合う訓練が必要だが、残念ながらただ訓練をするだけでは体力的な限界がある。
だからオ連は、そもそものヒトが兵士をするという点に着目した。
ヒトがもっと強くなればいい、という、一周回って革新的で根本的な発想だ。
聞けば、GeM-Huというヒューマノイドの研究をしている地下組織があるというので、オ連はすぐに飛びついた。
最新の技術については目ざとい最高指導者達。
例え対外的、倫理的問題があるとしても、関係がなかった。
新しい人類が産まれる。良い響きだ。
だが、すべてが順調とは言えないらしく、イオアンが口を開いた。
「まあ、納品できるまではいいのだが、その点で邪魔が入るかもしれない。実はな、連合帝国が末島を警戒し始めている。瑞穂とも協議を始めていると噂があがってきていてな。君達の方で迎えに行くことはできるか?」
「迎えに」。容易い話ではないだろうな。
黒百合会系とは仲が悪いし、利害関係上紛争になることもある。
以前突発的な抗争が起き、深手を負わされたあげく、動けないものだから警察にしょっぴかれた奴がいる。
その後のことは分からないが、わたしが直々に訓練してやった部下を失うことになった。熟練者を失うのは、組織として痛い。
だから、私情を述べれば黒百合会の連中なんて大嫌いだ。
「他の奴に頼めないのか? そもそも、当初の予定ではどうやって迎えにいく話だった?」
「潜水艦で迎えにいこうかという話になっていたが、連帝軍に警戒されていては難しい話だ。自警隊だって対潜戦は一流だし、一度目星をつけられたらもう危なくて近づけないさ」
情けない。
潜水艦で収容する話も出来なくはないだろうが、ハイリスクだ。特殊部隊が一か八かでするような作戦だ。
わたし達が任務を遂行するにも協力は必要だ。
「なら、領海を侵犯してでも注意を引いてくれ。わたし達は潜水艦を持っていないのだから、ボートで近づくことになるだろう」
「ああ、その点なら大丈夫さ。黒百合会に考えがあるらしい。代わろうか? 冬月陽炎様だ」
一瞬、訳が分からなかった。
だが衛星電話の向こうで誰かに受話器が渡ったらしく、イオアンより低い声がした。
「はじめまして、冬月と申します。ご活躍のほど、拝見させていただいております」
不思議な感覚だ。
確か彼は敵側の人間だ。
わたし達が嫌っている宗教家、しかも枢機卿だ。
だが彼は共和革命戦線に協力したようだ。個人の利益のために。
「今回の試作品Z-1に関しましては、もう納品できる状態だと開発者から聞いております。その納品方法については、瑞穂警察の運行を止めるわけにはいけませんが、巡視艇の運行状況をお伝えすることができます。巡視艇のいない時間帯に、ボートを末島に接岸させてください。漁船ならばもっと理想的ですね、漁をしているとごまかせますから」
違和感はとてつもない。
だが任務を遂行する上ではありがたいことだ。作戦がイージーモードになった。
ただし、彼が裏表のある男であるのが懸念材料だ。
「ではそのようにしましょう。ただ、わたしもあなたを完全に信頼できたわけではない。誠意を見せてもらわなければ」
冬月の声のトーンが落ちた。警戒しているのだろう。
「誠意とは?」
わざと間を空け、彼に待たせる。あくまでもわたしがこの作戦を実行するのだ。
「あなたにご同行いただきたい。引き渡しの現場まで」
彼も返事に時間をかけたが、彼の場合は困惑しているのかもしれない。
「恐れ入りますが、私は閣議など忙しいので、代わりにルルーならば——」
「お言葉ですが、わたしがお願いしているのはあなたです。ルルーは関係ない。お分かりいただけますか? オリョール人民共和国連邦としても、多額の予算を投じてきました。今回が初めての納品となれば当然、責任者には現場にいてもらわなければ、話になりません。少なくとも、我が国の流儀ではありません」
どちらが
「……2週間お待ちいただきたい」
「2週間!! 連帝が末島に偵察機を飛ばしているのを知らないとでも仰るのですか!? 国防の最高責任者とは思えませんな! 体調不良とでも理由を付けて末島に来いって言ってんだ!!」
少し強く言い過ぎたかとも思ったが、案外効果的だったようだ。
「……かしこまりました。では、三日後の夜中ならどうでしょう。週末ですし、公務も少ないかと。記憶では大潮ですし、漁船も出やすいのでは」
「確かに、満月だ。こちらの準備も考えると、それくらいが妥当です。わかりました、ありがとうございます!」
通話を切ると、電話機を叩きつけたくなった。
演技で怒りを表現したのが本心にまで影響したかと思ったが、違うとすぐに分かった。イオアンがわたしに冬月との交渉を押しつけたのだ。
少し予算を増額してもらわなければ。
十月革命としてもこれから大仕事をしなければいけない。
道具集めに人員の収集。
そして本国への支援要請。
この仕事は、大きくなる。
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