作戦I——ヴィオラ・ラングレー

 会合場所は揚陸指揮艦、INSアイエヌエスガタノソアの会議室とした。


 瑞穂に近い北方方面艦隊基地に停めてある船だし、防諜も考えると、ネヴィシオン人が信頼できるのは船の中だ。


 揚陸指揮艦というのは、設計にもよるがヘリコプターが離発着しやすい艦種でもある。会議室も大きく備えている。


 摂津もしくは山城からヘリコプターで飛んでくる若葉にとっては、大変な旅にはなるかもしれない。

 なんなら摂津沖まで艦を動かして迎えに行ってもいいが。


 でもそこまでする必要もなく、MHエムエイチ-79セヴンティーナインピクシーが戻ってきた。

 飛行甲板で待っていると、図体のデカいヘリコプターが腹を甲板にうずめるように着艦する。

 甲板作業員が慌ただしく走り回る中、お客様がヘリコプターから降りてくる。


 ローターが回る騒音で遠くからの挨拶もできず、近くまで迎えに行かないといけない。


「ようこそINSへ! 軍艦に乗るのは初めてか?」

「ありがとうございます! 我が国の護衛艦ならば乗艦したことがございます!」


 瑞穂の護衛艦か。俺達の駆逐艦の技術を使ってほぼオリジナルのイージス艦を造る辺り、バカにできないが、実戦経験がないという意味では頼りになるのか疑問が残る。


 インペリアル・ネイヴィーでは練度がものを言う。

 実戦経験も豊富なINSガタノソアは、揚陸作戦の指揮を執るために造られた。艦隊司令部が乗り込めるよう艦橋が広くできている。

 大きな会議室も備えているため、俺はこの艦で顔合わせをすると決めた。


 それにしても、若葉さつきという男は小さい。


 俺が大女だとは知っている。

 身長186センチで今はハイヒールまで履いている。

 若葉が俺の首当たりの身長ということは160センチ前後。

 神学校在学中と聞いたが、ティーンエイジャーだとしても男で160センチは小さいだろう。付いてきているボディーガードと比べても男女以上の体格差がある。


 まあ瑞穂の貴族は近親婚が多くて血が濃ゆいせいか、不健康なやつが多いと聞く。全体的に美男美女は多くても、背が小さかったり病弱なやつがよく生まれるらしい。

 早い話、面食いの弊害だ。神聖な儀式とか言って見た目がいい子ども同士で結婚させたり跡を継がせたりしているとこうなる。


 若葉がアルビノなのもそういう意味だと思うし、背が低いのも貴族の生まれの故か。

 若いとはいっても、公爵にもなる男がこれとは、意外というか、拍子抜けだ。

 これがそのままおっさんになって、瑞穂の指導者になるとは、なかなか想像しにくい。


 親父だって皇帝にしては若いと言われてきたが、それでも40での即位だ。

 若葉は少し、政治家としての威厳を感じられない。


 まあ、俺もまだ28で、海軍防衛大学を出てから皇族のコネを利かせてすぐ大佐になれたが、こいつと似ているのかもしれない。

 子供同士、話が盛り上がるかもな。


 狭い艦内の通路を抜け、会議室に一行を案内する。

 軍艦と言うこともあってあまり豪華ではないが、少し近未来的なデザインとも言えるかもしれない。

 銀鼠色の壁に親父とフェリックスFelix の爺さんのご真影が掛けてあるのは見慣れた光景だ。


 あえて議長の席は開け、若葉を座らせた対面に座る。

 今回は合同作戦をこちらから申し出ているから、変に上になるわけにはいかない。


「詳しくはアルバーン一等兵曹に聞いただろうが、こちらでも確認させてもらうぞ」


 アルバーンの人格に少し不安は残るが、しっかりと今回の件を伝えていたらしい。こちらが一通り説明しても、前から知っていたような反応。

 若葉は、アルバーンも知らない情報について質問してきた。


「GeM-Huが関わるということは、内海疾風博士にも連絡は取られましたか?」

「あの世まで電波が飛ぶならば、連絡できるだろうがな」


 それを聞いて、若葉が見せたのは困惑の表情。


「いつ亡くなったのですか?」


 ふと煙草が吸いたくなった。艦内は禁煙だから諦めるが。


 実際頭が痛い問題だ。


「昨夜だ。入院中の病院でな。入院の原因も毒殺未遂だった訳だが、今回で仕留められたわけだ。とは言っても、まだ死因は分かっていない。外傷はないらしい。なんとなく椿会が絡んでるとは思っているが、まだ証拠になり得るものがないものだから、これから捜査が進む。まあ瑞穂の警察がどこまで本腰を入れるか分からないが」


 でも、コナーから聞いたが、内海所長は殺されると覚悟していたらしい。「誰かがわたしを付け狙っているのなら、もう逃げられないだろう」と、腹を括っていた。

 俺達はゴーストの数人を警備に回そうとしたが、その時にはもう遅かったようだ。

 彼の予想は、的中した訳だ。


 状況を整理すれば、η-3が名指しした人物3人の内、2人がこの世にいない。

 しかも、アルバーン一等兵曹もGeM-Huについて直接知っている訳ではなく、父親が第一人者だっただけだ。若葉さつきも、せいぜいアルバーン一等兵曹と同レベルの知識量だろう。

 η-3の警告にすぐ反応できなかった俺達が悪いのか、それともそいつの呪いなのかは知らないが、この件で若葉さつきとルナ・アルバーンは俺達の保護対象になった。


「だとすればGeM-Huの研究に直接関わった人間は、あと鈴谷すずや優士ゆうし博士だけですね」


 初耳の情報だった。

 若葉も俺達の予想以上にGeM-Huについて知っているらしい。

 指を鳴らし近くでメモを取っていた部下に一言、「調べろ」と告げ、その話を掘り下げてみた。


「鈴谷ってのは誰だ?」

「彼はレオナルド・アルバーン博士の協力者で、確か元々は発生生物学を専門としていたはずです。アルバーン博士が死去した数ヶ月後にディニティコス生命科学研究所を退所しているはずです」


 この若葉さつきは、俺が思っていたよりも理想的な協力者かもしれない。


「よし、そいつの所在を調べよう」


 鈴谷の調査を約束したのに対して若葉は、「ところで」と話を変えた。


「末島を偵察されているかと存じますが、やはり人が住まれている様子はございましたか?」

「ああ、修道院があるんだが、その建物にツタが張っていてな、そのツタがある扉の辺りだけ取り払われていた。恐らく気配を消したいのだろうが、生活感が消しきれていない。港にも、はっきりしたものではないが整備された痕跡がある。島の地形やモスボールになっている警察艦で、隣の島からも見えないところだ」

「左様でございますか」


 部下から受け取った航空写真を若葉に渡すと、彼は興味深げに見つめ、手に取った。


 彼はそれ以上質問らしい質問はしなかったので、逆に俺から聞くことにした。


「お前の父親、アルバーン博士を支援していたんだってな。やっぱりGeM-Huそのものについても詳しいのか?」


 若葉はじっと写真を見つめた後、俺の目をからかうような目で見つめてきた。


「そうですね、詳しいですよ。彼は父の親友でもいらっしゃったので」


 あの目の意味は何なのか。

 だが妙に勘ぐるよりも、仕事をしなければ。


「ならば、GeM-Huについても聞いてきたのか?」

「はい、伺っております」


 彼は意を決するように、話を続けた。


「ご存じの通り、GeM-Huとはヒューマノイドの遺伝子組み替えの技術です。又聞きではございますが、アルバーン博士によれば、ヒトゲノムの解析は完了しておりますので、ヒューマノイドである限りどんなヒューマノイドでも創れるということです。巨人でも、小人でも、アルビニズムでも、メラニズムでも、親の望む通りの子供ができます。もちろん、慣れない人間が遺伝子操作を行うことで望まぬ疾患を持つリスクもありますが、一番のリスクは、遺伝子汚染でしょう」


 聞き慣れない専門用語が出たところで、それについて聞いてみる。


「遺伝子汚染とは?」

「人工的な遺伝子を持つヒューマノイドが現人類と混じり合うと、ある意味純血の人類がいなくなってしまうかもしれない、ということです。アルバーン博士の考えでは、GeM-Huは子供を持つべきではないのです」


 なんとなく分かったが、かなり抽象的なリスクだ。


「確かに問題かもしれないが、その点は産まれているGeM-Huを管理すれば劇的な問題にはならないだろう。だがη-3はもっと大きな脅威を感じているらしい。切羽詰まったのか、最初のそれから何百通もメールを送ってきている」


 若葉は驚いたように俺を見つめ、少し考え込み、細かく頷いて何かを納得しようとしていた。


「一つ懸念があるとすれば、GeM-Huはとても高価な商材になりうることです」


 高価な商材。なるほど、ただの人身売買よりも高価な取引ができるとでも言いたいのか。


「例えば、良心的な使い方として、遺伝性の疾患を持つ親がその疾患のリスクを取り除いた上で子供を産むとすれば、これは革命的な治療法となります。しかし悪用すれば、例えば金髪の子が欲しいとか、黒人がいいとか、親の個人的な好みで子供をデザインできます。どちらにせよ親は、我が子のために幾ら払うと思われますか?」


 若葉の言いたいことが見えてきた。


「まあ、金のある奴だったら、大型航空機くらいの値段もいとわないだろうな」

「ええ、とても高価な商材となります。しかも、GeM-Huの技術を蒼薔薇会が機密として独占すれば、値段を吊り上げることだってできます」

「つまり、命に値札が付くということか」


 フェリックスの爺さんが眉をひそめる話だな。明らかに道徳に反する。父様もこういうリスクにはうるさい。国家理性、民意、皇帝の意向、どれにも反するこの事案は、放っておく訳にはいかなさそうだ。


「よし、じゃあこの作戦の意義は大きそうだ。正直、しょうもない子供みたいな願い事だったらどうしようかと思っていたが、遺伝子汚染の予防という大義名分ができた」


 我ながら、大義名分がないと動けないのは情けないが、逆に正義を持たない軍隊も大問題だ。


「俺達としては、末島を制圧し、蒼薔薇会の研究施設を爆破でもしてやろうと思う。当然瑞穂国内での作戦になるが、外務副大臣としてどう思う?」 


 部下から受け取った航空写真を若葉に渡すと、彼は興味深げに見つめながら、質問に答えた。


「表向きですがこの島は無人島です。その上警察省の管轄下にある国有の島ですので、国民からの反発はとても限られるかと。教皇聖下からも、この件は一任すると承っておりますが、私としても問題はないと存じます」


 MQ-2の撮影した写真は港や修道院の跡、旧海上自警隊基地などを写したものがほとんど。

 若葉が一番関心を示したのは、修道院に付属する大聖堂の写真だった。


「この修道院は白百合修道会のものでしたか」


 変なことに気づくものだ。


「俺達はそこまで調べていない。そんなに大きな問題になりそうになかったからな」


 若葉はボディーガードの方を少し見て、また俺に向き直る。


「普通はそうですよね。しかし、グァルディーニやルルーが白百合修道会の出身だと言えば?」

「ほう。つまり、黒百合会関連のアジトと考えるのは自然だな。η-3は変な島に幽閉されているのだなと思っていたが、合点が行った」


 ここで、少し気になる点が出てきた。


「ところで、冬月家と黒百合会はいつからこの仲だ? グァルディーニやルルーは警察省と仲が悪いように思っていたが」


 若葉はボディーガードのデカい方に目配せをすると、彼が説明を始めた。


「仲が悪かったのは昔のことです。今は椿会に自警隊の武器を横流ししてもらうことを条件に、協力関係にあります」

「逆に言えば、表面的な付き合いだな。利害関係がなければ、敵同士ってことだろ?」


 彼は苦笑した。


「確かに。親父——、グァルディーニは冬月陽炎が嫌いです。しかし陽炎の娘の澪とは仲がいい、と言うより、複雑な恋愛関係といった感じです」

「……なるほどお前か、椿会にいたっていう男は」


 椿会に潜ませているゴースト隊からの報告で、椿会と十月革命がドンパチして、怪我人が若葉の家に転がり込んだと聞いていた。どうやらこいつらしい。


「グァルディーニからはアルゴ、さつきさんからは橘武蔵と呼ばれています」


 「そうだったか」と一言応え、今度はボディーガードのチッコい方に視線を飛ばす。


「ということはお前が十月革命の元メンバーだな?」


 苦笑し、彼は答えた。


「仰る通りです。今は松島大和と名乗っています」


 十月革命のメンバーは多国籍の寄せ集めのようなもので、この名前が偽名なのは一瞬で分かった。


「ではお前達にもこの作戦には協力してもらうつもりだ。相手の内情が分かる人間が欲しい。何か質問は?」


 松島が挙手したので、顎をしゃくって意見を促す。


「僕は部外者では? 十月革命は今のところ関わっていないようですし……」

「いや、何故か最近十月革命の奴らも色めき立っている。内通者にも詳しくは伝えられていないそうだが、沖島おきしまが派手に行動しているらしい。時期として全くの無関係と断定しかねる。だから協力してもらう」


 十月革命の瑞穂支部長とも言うべき人物が、メンバーを集めている。注視すべき動向だ。


 松島は不服そうにこちらを見つめるが、俺は無視して若葉に話しかけた。


「お前も作戦に同行して欲しい。作戦でお前の行動が結構鍵になってくる」


 彼は少し口角を上げ、答えた。


「できることでございましたら何でもいたします」


 若葉が言い終えたタイミングで、橘が挙手した。

 松島の時と同じように発言を許可する。


「メールが何百と来ているとのことですが、スパムメールという可能性はないのですか?」


 俺が一番最初に気になったところだ。だが確認するのはこれからだ。


「このメールがただのスパムかどうかは、次の作戦ではっきりさせようと思っている」


 俺の立案した作戦。

 秘密裏の作戦は作り慣れているが、相手が武力組織でないのは初めてだった。

 冬月陽炎が関わってくると思われるこの件は、下手に暴発すれば瑞穂国とネヴィシオン連合帝国との同盟関係に飛び火する。

 だが条件があればあるほど、手段は絞られ、窮屈ではあるが筋道立つ。そういう意味では難しくなかった。


「作戦名は、Iアイだ」

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