花香——ソロモン

 廊下をコツコツと進む中、ふと自分の将来について思い巡らす。


 今回の情報は、蒼薔薇会の将来を左右しうるもので、その会に片足を突っ込んでいる俺も、ともすると巻き込まれるかもしれない。

 もちろん、俺は面倒に巻き込まれないよう努力するが、相手が連帝軍となれば、本気で生存競争を勝ち抜かねばならない。


 椿会としては、瑞穂や王国連合相手ならいくらでも商売ができている。

 瀬取りをする際、王国連合の海なら監視が緩く、武器の売買が楽だが、連合帝国の海はだめだ。

 取引現場に突然現れて、海賊のように船に乗り込まれるか、奴らの機嫌が悪ければ船を沈められる。


 島ばかりで領海が広い国柄から、海軍しか持っていない国だ。

 それが戦略としてそこそこ上手くいっているのが腹立たしい。オ連相手にはしくじっているらしいが。


 俺達椿会は、その領海を抜けないと武器の貿易が難しいため、よく世話になる。


 目的の部屋の入り口に立ったところで、先ほどからの思案をやめ、ドアをノックする。


 しばらくガサゴソと物音がした後、よく見ている顔が扉から覗く。

 ふわりと、シプレーの香水の香りが漂う。


「何だ? 今じゃないとだめか?」


 俺の親分、グァルディーニ。

 黒百合会系の風習として、互いに親族のような呼び方をする。俺から見ればグァルディーニは親父だ。


 すこぶる機嫌が悪いが、理不尽に怒るタイプじゃないので、別に怖くはない。


「末島の上空を連帝軍の無人偵察機が飛び回っている。それに、連帝軍の連中が山城やましろの外務省に入った。蒼薔薇会のことがバレたようだ」


 親父は部屋から出てきて、俺の正面に立ち、いぶかしげに俺の顔を覗く。


 彼は右側頭部の髪を白く染めている。

 黒百合会総長であるルルーLeroux伯父さんとの契りの印らしい。

 俺達黒百合会系をテロリストと見るならば、目立つ格好は避けた方がいい。だが、親父はそれを気にもとめず、もしくは逆で挑発的に個性を全面に出す。

 香水もきついくらいに使うし、服もブランド物を好む。


「バレた? 誰かが漏らさない限り、知られることはないと思ってたんだがな。その偵察機については、どこから聞き出した?」

「菫会が航空艦隊の奴から聞き出してきた。ヘリコプターの音を聞いたって奴も末島にいる。航空艦隊の奴もMQエムキュー-3スリーだと言っていたから、矛盾はない」


 無人ヘリコプターがうろうろしているのは、覗き見られているってことだ。

 攻撃前の偵察かそれともただ監視しているのかは知らないが、主導権を握られる。


 流石に正規軍相手に喧嘩を売ろうとは思えないが、現場の声としては撃ち落とそうとした奴がいたとか。

 ヘリコプター相手なら、ロケットランチャーで撃ち落とせないこともない。

 だが撃ち落とした時点で戦闘状態に入り、殴り返されることになる。地下組織で事故と声明を発表する手段も限られている以上、謝ることも降参することもままならない。

 できるだけ穏便に済ませたい。


 親父は、頭をかきむしり、寝ぼけているであろう頭をフル稼働させる。


「……あいつらがおっ始めようってか。いい度胸だな。分かった。兄貴に相談しよう。あと、犬がいないか、一応確認しておけ」


 面倒なことを言うが、それはいつものこと。

 菫会に連絡を取って、あいつらに任せよう。情報収集や防諜なら、奴らの畑だ。


 親父は寝間着のまま、廊下に出てくるとそのまま奥の方へ歩いていく。

 その方向に作戦室のような部屋がある。伯父さんと連絡を取ったり、他の奴らと打ち合わせでもするのだろう。

 何をするかは知ったことではないが、なんか嫌な予感がする。


 いつも、相手を焚きつけて周りの被害を大きくする癖がある。

 丹陽連合軍や瑞穂の海上警察隊相手には心理的に有効でも、連帝軍を怒らせたら、どうなるか分かったもんじゃない。

 あいつらは親父と同じで売られた喧嘩には倍で返す奴らだ。誰が被害を被ると思ってる。


 ふと、部屋の方から物音がして、「ああ、こいつもいたのか」と思った。


「信心深い司祭が、未婚なのに密室で男と一緒に?」

「……うるさい」


 まあ、親父も無理矢理ということはしないだろう。その当たりは信じているが。


 彼女が咳をしていないから、感情を高ぶらせることもしていないのだろう。

 情熱家に押し入られ、みおも迷惑しているだろう。


 まあその当たりの事情は、干渉しようとも思わないが。


 澪は扉の隙間から俺をのぞき込み、不機嫌そうに呟く。


「まだ何かあるの?」

「いや、君にも伝えておこうかと思ってね」


 彼女の切れ長の眼が、怪しそうに俺を見つめる。


 黙っていれば彼女も綺麗な美少女だろう。

 だが残念なことに、少し精神年齢が足りない。まだ反抗期から抜け出ていないのだろうか。

 俺の方が若いのは事実だ。俺が16でこいつが22。

 でも、周りに示す態度や言動を見ていると、年齢偽証疑惑が湧いてくる。


 たまにいるんだ。精神的に、「このままでいたい」と思って成長をやめてしまうやつ。

 似ている話にピーターパン症候群とか。

 彼女は男じゃないし、そこまで酷くはないが、何か諦めを感じる。


 多分、親があれだから、好きでもない宗教家にさせられて、それに対しての反抗だろう。


 澪は若いのに親のコネで司祭にまで上り詰めている。

 でもそれが不本意らしく、司祭に似つかわしくない行動を取る。

 彼女の気持ちもわからないわけではないが。


 そんな彼女に、先ほど親父に言ったのと同じように報告する。


「末島のこと、連帝にばれたらしい。もしかしたら冬月家が巻き込まれるぞ」

「……それで? 勝手にさせとけば?」


 思わず苦笑してしまう。


「考えてもみろって。もし蒼薔薇会と冬月家の関係がばれたら一大事だ。お前の親父は仕事がなくなるし、お前自身も無関係ではいられないだろう」


 この国では、聖職者は貴族のようなもので、世襲制のような部分もある。

 なぜならば、神学校は学費がとんでもなく高い。金持ちな親が学費を払ってくれない限り、聖職者になんてなれない。


 だから、枢機卿の陽炎がスキャンダルに巻き込まれ、クビになったら、伝統の名家が破滅するかもしれない。


 そうなると、オーナーである冬月家を失った黒百合会系も巻き添えを食らう。

 彼の人脈で仕入れていた商品も手に入らなくなるかもしれない。

 利害関係上、黒百合会系にとって冬月家は守らないといけない存在なのだ。


 それなのに、この小娘はその現実を見ようとしない。嘆かわしい。愚かしい。


「別に、わたしには関係ない」

「それは結構。だが忠告させてもらう。パソコンはしばらく使うな。スマホも、一旦菫会で調べて貰え。今回の件も、誰かがリークした節がある」

「わたしじゃない。放っといて!」


 餓鬼め。

 彼女は反駁したことで興奮したのか、咳込み、扉を閉めた。



 何か、大きな歯車が回る音がしている。それも、国々を巻き込むような、時限爆弾のような、大きなカラクリの歯車。


 その世界での俺の目標はただ一つ。生き残ることだ。

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