17、ハッピーエンドは偉大
電車に乗ったり、監視カメラを気にせずに歩けば20分程度で辿り着く目的地にも、道にある監視カメラを全部避けるだけで1時間以上もかかり到着した。
目的地は去年の三島遥香のエナジードレインを制御する際に使わせてもらっていた廃墟だった。
人助けをした場所で、人に拷問をする。
そんな両極端な縁があるのも、変な背徳感に似た感情が溢れ出す。
「ここは誰も来ない、誰も近付かない、国から境界線が張られたように助けなんか求めてもこの何もない地に吸い込まれるんだ」
ヨルの大袈裟な脅しのようだが、大体真実である。
原作においても、誰も管理をしていない地であることが明確に描写されていた場所だ。
よほどのことがないと誰も現れないのだ。
ヨルは五月雨茜のポケットに手を突っ込むと、スマホを取り出し電源を消す。
念には念をということだろう。
「ぐっ……」
「不審に思った家族なんかがGPSかなんかで追跡されると困るからな」
「家族?自分に家族なんかいませんよ。ヨル先輩や上松先輩と同じ、自分は家族なんか居ませんから。家族をギフトで奪われたんですから……、居るわけない……」
「典型的なギフト狩りだな。身内が亡くなった悲しみをギフト所持者に当たることでしか発散出来ない迷惑娘が」
「先輩に何がわかるっ!?」
キッと脅し返すようにヨルへ怒りに満ちた目を向ける五月雨茜。
普段の狂犬なヨルが涼しい顔をしているという珍しい場面である。
「なぁ、これ俺らいる意味あるのかな?ヨル1人に任せて大丈夫なんじゃねーのかな?」
「お前が始めた復讐だろうが」
「そ、そうなんだけどよぉ……」
既に俺とタケルは蚊帳の外の状態になっていた。
「はははっ。ヨル先輩は結局、自分には仲間がいたとか綺麗事をのたまう輩ってことですよね」
「好きに捉えろ」
「ならその仲間の絆ごと自分が断ちます」
「……ギフトか?」
「正解です!──ギフト発動『絆断ち』」
身体を起き上がらせて、ヨルの腕を掴みながら形成逆転とばかりに五月雨茜は人との繋がりをすべて消滅させるギフトをヨルにぶつけた。
俺やタケルとの縁を切り、仲違いをさせようという彼女なりの必殺技なのだろう。
手応えがあったのか、五月雨茜は勝利を確信したように口を三日月型に歪ませニヤッと嗤った。
「勝手に同士打ちして下さいっ!」
「…………ぐぅ」
ヨルがよろけたように床に足が付く。
タケルがヨルの異変に「ヨルっ!?」と心配した声を上げる。
ヨルの手からは、愛用のコンバットナイフが零れ落ちて、床にカラッとした金属音が響いた。
「おいっ、ヨル!?」と名前を呼びながら床に座り込む彼女にタケルが駆け寄ると、五月雨茜はぐいっとタケルの手を掴む。
「ははっ。女子に手を握ってもらえるなんて光栄だな」
「ここも自分の間合いですよ。『絆断ち』」
「うわぁぁぁぁぁ!?」
タケルもギフトを至近距離から当てられて床に膝を付く。
五月雨茜の周囲にヨルとタケルが喚いていた。
…………いや、何やってんのお前ら?
「ふふっ。この2人はもう先輩との絆はありません。さぁ、明智先輩はそれでも友達2人を友達と呼べますか?因みに、自分と仲良しという絆を刷り込ませていただきました」
五月雨茜のドヤ顔をするところに、すくっと2人が立ち上がる。
「ヨル先輩、十文字先輩!敵は明智先輩です!自分襲われそうなんで助けてくださいっ!」
「あたしと明智は友達じゃねぇわボケ!」
「ぶっ!?」
ヨルが鮮やかに五月雨の腹目掛けて一線の蹴りが吸い込まれていく。
「俺と秀頼は友達じゃねぇ!」
「ぐはっ!?」
タケルの男女平等張り手が炸裂し、五月雨の頬を張る。
「あたしと明智は彼女だ!」
「俺と秀頼は親友だ!友達なんていう安い言葉で片付けるんじゃねぇ!」
「なっ!?ぎ、ギフトが効いてない!?」
「演技に決まってんだろぉ、バァカ!」
「…………」
やっぱり『アンチギフト』持ち2人は卑怯だって……。
あまりにも成す術が無さすぎる後輩ちゃんが可哀想になってきた。
「さて、赤坂乙葉の殺害。ギフト狩り。やりたい放題やってきたお前をこれからあたしが拷問してやる」
「いや、……たす、助けて……」
「乙葉だって殺されたい子じゃなかったはずだ。そうやって、今までギフト所持者を狩ってきたんだろ」
「ちがっ、違う……。乙葉ちゃんが始めてで!?」
「もうお前、黙れよ」
「いだっ!?いだぁぁぁぁい!」
ヨルがキレイな美脚にナイフをかすらせる。
皮膚だけが削れたのか、3センチほどの赤い線が描かれる。
「けらけらけら。ギフト狩りのリーダーの『ギフトリベンジャー』は瀧口雅也である」
「ぁ……、あ……」
「黙ってちゃ聞こえねぇんだよ。俺の従妹の乙葉はもっと苦しい目に逢ったんだよな?」
「あの……、ごめ。ごめんなさい……」
「お前を生きて帰らせる気はない。長生きしたきゃ、耐えるんだな」
ヨルがまた1つ、傷を作る。
タケルとヨルが脅しながら拷問を続けていく。
……どうしてこうなったんだろうな……。
俺はただ黙って事が過ぎるのを待っていた。
確かに、原作の『砕かれた正義』編よりはまともな結末だ。
ギフトアカデミーの生徒を殲滅させようとした乙葉ルートに比べると、五月雨茜だけの命で済むだけ、かなりマシな未来に変わっただろう。
でも、俺は……。
タケルにも、ヨルにもこんなことをさせたくて、今まで地道に原作からの展開を変えてきたわけではない……。
「あぁぁぁぁぁ!?あああ!たす、たすけ……明智、せんぱ……あぁぁ!?」
俺に助けを求めないでくれ……。
惨劇を見ていられなくなり、目を閉じ、耳を塞ぐ。
だが、どうしても鉄のにおいだけがいやでも鼻を付く。
もう、やめてくれ……。
こんなの……、やってることは前世の部長が俺にやったことと同じじゃないか……。
──気付けば、五月雨茜の原型がわからないほどの肉の塊が転がっていた。
人間が、ただのたんぱく質と水分に変わっていた。
未来での生活でそういうのに慣れているヨルは黙々と死体の処分に移っていた。
タケルは先ほど青い顔をしながら廃墟を出ていった。
口元を抑えていたし、もしかしたら近くで吐いているかもしれない。
俺も気分が悪くなってタケルと同じく外に歩いていく。
外の新鮮な空気を吸わないと、頭がおかしくなりそうだった。
その時、俺のスマホが着信を鳴らす。
相手も見ずにタップして、「もしもし?」と尋ねると『あ、お兄ちゃん!』と星子の喜んだ声がスマホから聞こえた。
「どうした、いきなり?」
『うん。茜ちゃんとヨル先輩が寮に帰ってないってゆりか先輩から連絡あったから。2人を知らないかと思って』
「知らない」
『…………お兄ちゃん?なにか、不機嫌ですか?』
「ごめん。ちょっと今疲れててな……。元気という元気がないんだ……。とりあえず2人から連絡あったら連絡するよ」
『そ、そうですか……』
星子にストレスをぶつけたつもりは一切無かったが、どうやら声色で出てしまったらしい。
星子が怖がりながら電話を切って、無情さだけが残った。
罪悪感がいっぱいで、どっと力が抜ける……。
叔父や、織田ですら殺さなかったのに、俺たちは乙葉の敵を葬ってしまったのである。
「秀頼」
「タケル……」
電話が切れるのを待っていたようにタケルは俺に近付いてきた。
「お前を巻き込んで悪かった……」
「いいよ。……俺もみんなに危害を加えたくなかったから……」
「俺は誓う。ギフト狩りを必ず滅ぼす。もう乙葉のような犠牲は出さない。理沙やみんなを俺は護りたい」
「わかった……。なら、徹底的にやろうか……」
その日以降、俺の心に居座っていた中の人は完全に現れることはなくなった。
俺があいつに見捨てられたのか。
もう、俺の中にあいつが入り込んだのか。
わかるはずもない。
ただ、1つわかるのは、豊臣光秀としての俺は多分死んだ。
クズでゲスな本性が自分から引き出されていくのがわかった。
◆
3ヶ月後。
ギフト狩りを狩り終えた。
最後に残ったギフト狩りは、頼子の親友だった岬麻衣であった。
『頼子……、どうして……?』と親しい筈だった麻衣様の最後の言葉が胸に突き刺さった。
「秀頼君、今日もやろ?」
「あぁ……」
なんか、もうすべてがどうでも良くなった。
自分の欲を抑えるブレーキが壊れてしまった。
童貞を卒業するのも簡単だった。
なんで30年以上も童貞だったのかわけがわからない。
裸の絵美から誘われて、俺も服を脱ぐ。
「美鈴も後から来るって」
「そうか。3人でプレイは始めてだな……」
「なんでナチュラルに3人プレイ前提なの!?」
「はははっ……」
俺が護りたかったものは守りきった。
今は毎日、彼女を抱くだけが楽しみだった。
ギャルゲーなんかより、自分でやる楽しみを覚えた。
ゲームで満足していた自分が馬鹿みたいだ。
◆
1年後。
高校3年生になった。
何故か彼女の他にも、広末やセナちゃんとか詠美とかとも肉体関係を持つまでになった。
完全に、俺は原作の秀頼と大差ないだろう。
すべての始まりになった赤坂乙葉の墓に花を添えに出向くと■■がいた。
よく見知ったどころか、昨日の相手になってくれた彼女が俺に駆け寄ってきた。
「ねぇ、明智君。もし、乙葉ちゃんが殺されるのを事前に伝えられることが出来たら何か変わっていたかな」
「さぁね」
「兄さんは逮捕されて、乙葉ちゃんも殺されて……、私1人ぼっちなの辛いよ……」
「そうだな……」
「こんなの……、夢だったら良かったのに……」
無理言うなよ■■。
─────
「あ……?」
目覚ましのアラームで夢から覚める。
なんだ、今の夢は……?
原作の秀頼の夢を見ることはたくさんあった。
ただ、こんな未来を写す夢は意味がわからない……。
「…………」
こないだバッドエンドのSSを書いたから夢に影響されちまったかな。
あのSSは円に不評だったからな。
やっぱりハッピーエンドは偉大だわ。
円のためにもバッドエンドは封印しておこうと誓いながら、のそのそとベッドから立ち上がるのであった。
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