3、明智秀頼の手品

「…………」


明智秀頼の考えがわからない。

ただ、ロクなことを考えていないのだけは理解できる。

──彼もまた、俺っちが何日も何日も頭を悩ませて創作した愛すべきキャラクターなのだから。


「あ……」


明智秀頼が無言で部室のドアを開けると俺っちの声が漏れる。

予想外の人物が1人、椅子に座って待機していた。


「よぉ、明智。それに、そのメガネ女は綾瀬だったか?」

「は、はい。……綾瀬翔子です」

「なんだお前?堂々と浮気か?」


ヨルが明智に対し目を尖らせる。

彼女がこの男と俺っちが会っているのが不機嫌に見える。

ヨルの友達がこいつと付き合っていて非難している、ようにも見える。

が、なんとなくヨルと明智が付き合っているから咎めているように俺っちの目には映る。

……いや、本気で意味がわからない。

狂犬ヒロインはむしろこの悪人を殺す役割なはずなのに。

「いや。そんな気はないよ」と、彼は慌てて否定する。


「彼女とは真面目な話がしたいだけだ。でも俺のギフトを考えると対面は不安なはずだ。だから部活メンバーの中で1人、君が信頼をおける人を用意した。彼女で良いかい?」

「は、はい……。ヨル先輩なら安心です」

「は?」


明智の意図がわからない。

しかし、何故俺っちが『命令支配』のギフトを熟知しているのかがわからない。

明智秀頼のギフトがバレたとわかっている以上、俺っちは始末されるのだろうか……?

そんな状況で確かに文芸部で1番信頼出来る相手はヨルかタケルだ。

『アンチギフト』持ちは、存在だけで明智秀頼の牽制になる。

だからこそ、自ら弱点になり得る人物を側に置く理由が理解出来ない。


「OK。彼女と2人っきりで内密な話をする。ヨルはこの廊下からこのドアを見ながら黙って見ていてくれ」


しかし、完全に主導権は握られている。

彼の手のひらの上にある状況が酷く気持ち悪く、喉が干からびたように渇く。


「ヨル、お前は俺がギフトを使いそうになると察知出来たよな?」

「あぁ。なんとなく殺気とかギフトの力の流れは肌でわかるが……」

「良し。なら、俺が綾瀬に怪しい行動や襲おうとしたりギフトを使う凶兆が見えた瞬間に──」


彼は右手の親指を己の首に向けて、一線を描くように動かしながら、衝撃の一言が放った。


「そのペンダントのナイフで俺の喉をかっ斬れ」

「は?」

「ど、どういうことだよ明智!?」


ヨルも聞かされていないらしく、裏返った高い声を出して、明智に駆け寄る。


「俺なりの誠意ってやつだよ。大丈夫だよ、ヨルに斬られるようなことはしないから。あと、彼女は俺とヨルのギフトの両方を把握しているはずだから」

「は?はぁぁぁ!?説明しろよ、シスコン野郎!?」

「いずれするよ。とりあえず待機だけは頼んだ。ヨル、信頼してるからな」

「っっっ!わぁーたよっ!早く行けッ!人間垂らしぃぃぃぃ!」


ヨルが炎のような髪の色と同じように真っ赤になって俺っちと明智を部室に放り込む。

「あたしこれからバイトだから少ししか待たないから!」と負け惜しみを言いながら部室のドアが閉まる。

そして、ドアのガラス面からひょっこりとヨルが覗かせる。

ヨルが座っていた椅子に俺っちを座らせるように促されてそのまま従う。

明智も無造作に近くの椅子に座り込む。


「…………」


何言われるんだよぉぉ……。

バクバクと爆音のように鳴る鼓動が胸で嫌に反響する。

意識すると、自分の鼓動すら気になってしまう。


「緊張してるな」

「緊張してますぅぅぅ……」

「ふっ……」

「っ……!」


俺っちの反応が面白かったのか、鼻で笑われた。

見えない目的にあたふたしているとポケットから何かカードの束を取り出した。


「よし、なら緊張を解すためにマジックをしよう」

「…………?」

「マジック好き?」

「マジック好きですよ」


明智ってマジックとかする人物だっけ?

突然イメージのかけ離れた発言に、誰だこいつ?と疑問が沸いた。

そんな戸惑いなんかお構い無く、カードの束をこちらに押し付ける。

どうやらトランプのようだと先頭のスペードのAを見て確信する。

「シャッフルして」と指示を出され、ちょっとワクワクしながらシャッフルする。

とりあえず前世で覚えたリフルシャッフルをしてカードをバラバラにする。


「おぉ!リフルシャッフル──通称・ショットガンシャッフルじゃないか!?」

「格好良いっすよね、これ」


俺っちは一体明智の前で何やっているのか……。

頭空っぽになってシャッフルをする。


「というか、ショットガンシャッフルやめろよ。カードを痛めるだろうが」

「懐かしいな、それ。おれっ……、私は他人のカードだと遠慮なしにショットガンシャッフルをする癖があってね」

「最低だ!」


とりあえずシャッフルの終えたトランプを明智に返す。

「念入りにシャッフルしとくか」と彼もリフルシャッフルを慣れた手付きで披露した。

「自分でショットガンシャッフルやってるじゃん」とつい突っ込んでしまう。

「どうせ100均の安物だから」と、微妙にズレた反応が返ってくる。


「じゃあ、好きなカードマークを選んで」

「ハートの3」

「ハートの3を選んだ君はとても緊張しているよ。苦手な人には注意」

「え?占いなのこれ?」

「あ、ごめん。知り合いの占い師の真似しただけ」


明智秀頼の常に不機嫌にしか見えない顔の真顔で突然奇行に走るので反応に困っていると、再びトランプの束を渡される。

「じゃあハートの3を探してみな」と言われるがままカードの束を開く。

スペードの10、クラブの2、ハートの4、ハートの5、ダイヤの5、ダイヤの10、スペードのJ、スペードの8……。

言われるがままにデッキを探す。

一体これで何が起きるんだ?

確認済みのカードが半分になるも、ハートの3はまだ出ない。


「…………あれ?」


デックの最後のカードがクラブのKだったのを確認する。

最後までハートの3が出ないまま、カード確認が終わってしまった。


「探しているカードだけ無いんですけど……」

「じゃあ、ブレザーの胸ポケットを探してみ?」

「こんなところにあるわけ…………ある!?」


トランプの固い紙の感触が指にある。

いや、まさかそんなことあるはずがない。

唾を飲みながら覚悟を決めて胸ポケットにあったカードを目に写す。


「…………ハートの3」

「そう。つまり……」

「つまり?」

「てじなーにゃ」

「うわっ!?懐かしいなそれ!?あったなー、そんなの!」

「…………へぇ」


前世で大学生の頃に流行ったなんとか兄弟とかいう子供マジシャンだ。

色々なテレビで披露していたので、やたら頭に残る。


「てか、凄いっすね明智先輩!生で手品なんてはじめて見たよ」

「ごめんね、綾瀬。カマをかけた」

「…………え?カマ?」


前世では俺っちは男なのに、今世では女だからオカマ扱いとかそういう話?

いや、女はオカマじゃなくない?

女もオカマって言うのかな?

オカマの定義に悩ませていると、明智秀頼は立ち上がった。


「この世界に『てじなーにゃ』って単語は存在しないんだ」

「…………え?」

「面倒だよな。『キムタク』みたいに前世でもこの世界でも通じる単語に、『てじなーにゃ』のような通じない単語があるんだよ」

「…………っ!?」


あ、しまった……。

彼の『カマをかけた』発言の意味を納得した。


「お前は、──綾瀬翔子は転生した人間だな。これという絶対的確信がなかったから確認させてもらったよ」

「あ、……あ……」


誰にも見破られたことのなかった俺っちの秘密が明かされてしまった。

一体何者なんだこの男……。

チビりそうになるくらいに、恐怖の感情が込み上げる。

明智秀頼は手品をしている時とは明らかに違う無表情でこちらを見下ろしていた。









一方その頃……。


「あ!明智の奴、綾瀬にマジックしてる!ずりぃ!あたしだって見せてもらったことないのに!あぁ、しかもなんで胸ポケットに入ってんだよ!?ずりぃぃ!あたしもマジックで驚きたい!」


部室を覗いているヨルは秀頼のマジックに夢中になっていた。













Q.ヨルって秀頼がギフト使うタイミングわかるの?

A.なんとなくでわかる。

命令を全文口に出さないとギフトが発動しないので、命令内容によっては結構隙が多い『命令支配』。


こちらを参照。

第15章 初デートはホラーゲーム

9、津軽和の推理

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