2、綾瀬翔子の悲運

あれから俺っちは色々なヒロインのことを探しまわっていると、ヨル・ヒル含めて不自然にヒロインが複数人が所属している怪しい文芸部に籍を置くことに決めた。

そもそも『悲しみの連鎖を断ち切り』には三島遥香が所属しているという一文でしか文芸部は触れられなかったはずである。

津軽円は水泳部、宮村永遠はバレー部の設定はどこに行ったのだろう……?

島咲碧が2年の春に文芸部に入部するのもわけがわからない。

俺っちは文芸部で自己紹介を終えると、そのまま流れに任せた。


「クハッ!それではみんな仲良くやっていこうぞ。1人ずつこちらも自己紹介をしていこうか」


部長らしい生徒が「クハッ!クハッ!」と嗤っている。

エニアかなんかなのこの人……?

真っ白の肌に黒い髪、高めの身長と真逆の容姿をしているのに、何故かエニアなんじゃないか?という疑問が尽きない。

その女生徒が「じゃあ、副部長から右まわりで紹介」と隣にいた生徒に振る。


「可愛い物が大・大・大好きラブラブ星人の浅井千姫だよ。副部長やっているんでみんなよろしく!可愛い物大好きだよ!碧ちゃんも、翔子ちゃんも乙葉ちゃんも茜ちゃんも可愛いね!」


ビシッと親指を立てながら可愛い可愛いを連呼する先輩だ。

そもそもヒロインながらセカンド以降は刑務所暮らしをしている遥香の所属する文芸部に詳細な設定はしていないので原作キャラクターであるはずがないか。

明智秀頼に近い茶髪に、佐々木絵美の真逆の右の目の下に泣き黒子があるのが印象的だ。

清潔感も強そうで可愛いに磨きをかけた少女のようだ。

中身は男ながら、可愛いと褒められるのは女である俺っちも満更ではない。

ただ、やはりモブキャラなのでこの部活の女子で1番地味で華やかではないのは自分なのは誰の目にも明らかだ。


「宮村永遠です。得意なことは……強いていうなら勉強ですかね?あと、コーヒー好きだから今度一緒に喫茶店に行こうね!」

「是非ウチの店に来てくれ!」

「こいつの家の喫茶店にあたしも働いているから遠慮せずに来てくれよ!」

「ちょっと!?私の自己紹介で宣伝しないで!?」


どう見ても永遠ルートを経由した宮村永遠にしか見えない彼女は美しく輝いている。

あの勉強に取り憑かれて死んだ目になった俺っちらの永遠ちゃんはどこに消えたんだろう……?

リアル本能寺が推しなのも頷ける美人さだ。

あの時は中古設定を隠していてごめんね。

そんな申し訳なさが溢れてきた。


「ウチは谷川咲夜。ウチの父親がマスターをしている喫茶店のコーヒーは宇宙一だ。コミュ障だからじわじわ仲良くしてくれ」

「いらんこと言うなよ」


この先輩も原作キャラクターではないな。

確かヨルがさっき喫茶店で働いていると言ってたか。

ヨルがバイトしている喫茶店の設定は確かにあった。

その店の店長の娘とかコアなファンでも知らんでしょそんな人物……。

隠しキャラクターを見た気分だ。


「あたしはヨル・ヒルだ。変わった名前だが気軽にヨルって呼んでくれよ!気軽に絡んでくれ」


『悲しみの連鎖を断ち切り』シリーズのメインヒロインながら、がさつさではヒロイン一のヨルである。

そんな男勝りながら、弱っている時にはタケルに甘えてくれる相棒枠だ。

メインルート以外では空気気味なのは秘密である。


「我は上松ゆりかだ。修行仲間募集中。一緒に強くなろう」

「強くなりたい人は文芸部入らないよ」


黒髪ロングの整った顔の美人だ。

しかも高身長で肉付きも良く、女性が憧れるプロポーションをしている。

上松ゆりか……。

あれ?

確か初代のプロローグで秀頼に殺されたモブだっけ?

白々しい秀頼を演出するためだけに名前だけ出したギフト狩りの女子生徒だった気がする。

え?上松ゆりか!?

上松という名前にしようとしたら誤字ってゆりかになったあの顔無しのモブ!?

意味わかんないっしょ……。

なんでモブなのにヒロイン並みのビジュアルしてるんだよお前!?

設定バグってんだろお前!?

こんなに美人なら関を殺して上松をヒロインにしてたよ!?

うわぁぁ、やらかしたぁぁぁ!

桜祭、前世最大の痛恨のミスをしてしまったらしい。

…………というか、なんで生存してるの?

ファイアーエムブレムみたいになってない?

俺っち、もう頭痛い……。


「三島遥香です。先輩後輩とか壁みたいなのは無しで仲良くして欲しいです」


ファーストでは、自身のルート以外では真っ先に退場していて影が薄すぎるヒロインだ。

リアル本能寺がいつかに書いた三島遥香ルートの後日談SSが頭に残っている子だ。

というか、みんな普通に彼女に近付いているけど『エナジードレイン』はどうなってんの?

危険なギフト持ちなのに、平然としている現在の状況が一切理解出来ない。

隠れ巨乳のビジュアルは素敵である。


「十文字理沙です。隣のタケルは同じ学年の兄さんですが双子でもなく、両親も同じという変わった兄妹です。仲良くしてください」


十文字理沙。

タケルの実妹。

主人公の妹で、出番は多めだがやはり人を選ぶ属性なのか人気は低かった子だ。

特に大きな変更点は無さそうだ。


「十文字タケルだ。この部に男子は俺と秀頼だけだ。力仕事とかあったら頼ってくれよ」


十文字タケル。

俺っちが最初に作り上げた主人公である。

とにかくタケルを曇らせることに力を注いだ無能主人公は思い入れは相当強い。

如何にタケルの脳ミソを破壊するかをスタッフで考え抜いた日々が蘇る。

『桜祭はタケルの涙が見たいだけ』とすらファンに揶揄されたものである。

結果が親友秀頼のクズゲス人間化である。

このタケルの涙を見たいと願うのは、俺っちが彼を大好きだからだと思う。

不人気主人公だけど、俺っちは大好きだよ。


「津軽円。よろしく!」

「みじかっ!」

「姉者……、良いのかそれで……」


…………?

こんなクール系だっけこの子!?

緑髪の百合百合な元気娘は何故か成りを潜めてしまっていた。

可愛い子みんなウェルカムな浅井千姫氏みたいなキャラクターだったはずなのに、完全な別キャラを見ている気分だ。

あと、設定だけあった津軽和がちゃんと円似な姿をしているのが憎い!


「深森美月だ。わたくしはこの部活が大好きだ。みんなにもそんな空間だと共感してもらえるような場にしたい。仲良くしてくれ」


美しい金髪を揺らしながら、口元の黒子が妖艶だ。

この真面目な美月をボケボケにしたい性がある。

隣に美鈴さえ居なければ、原作と1番近い存在だったかもしれないのに。


「美鈴です。深森美鈴です。隣のお姉様は双子です。あんまり似てないですが……。お姉様のことは大好きだし、尊敬してます!」

「美鈴……!」

「是非、双子ともどもよろしくお願いいたします」


お前はマジで誰なんだよ!?

殺したいほどに姉を憎んでいた美鈴ちゃんはどこ行ったの!?

あの醜悪な紋章はどこ行ったの!?

俺っちですらぶん投げた美鈴の救済をどうやったんだよ!?(納期のせい)

てかこの姉妹愛が眩しい……!

タケルの取り合いで仲良しさをぶっ壊してごめんっっっ!


「わたしは佐々木絵美だよ。みんな素材が良いからオシャレのコーディネートとかの相談があったら一緒にがんばろっ!ゆるーい部活だけど楽しくやっていこうね!」


こ、これが絵美!?

舌打ち女の名でアンチが溢れたあの性格の悪さはどこへやら。

栗色のツインテールを揺らした彼女は聖女のごとき慈愛に満ちている。

桜祭の趣味で不幸にした結果、ヒロインになり損なった悲劇なキャラクターは俺っちの2度目の人生ではヒロインに生まれ変わっている。

え?この状態が秀頼の奴隷なの?

『命令支配』の力が、ゲームよりパワーアップしてない!?


「あ、俺か。明智秀頼だ。部活のこと以外にも、学校生活で悩んでいることとかあったら気軽に相談して欲しいな」


この偽善者ァァァァァァァ!!

お前の正体はわかってんだよゴラァァァァ!!


「あと、1年生たちは俺の妹の星子と仲良くしてくれたら嬉しいな」

「お兄ちゃん!過保護すぎっ!恥ずかしいからやめて!」

「ご、ごめん……」


あとデビルサディストがなんで妹に弱いんだよ。

…………明智秀頼の妹?

セカンドでボツヒロインになったスターチャイルドのことだよな……?

確か『姿を自由自在に変えられる』ギフト持ちだった気がする。


・秀頼の妹をヒロインとして攻略なんかしたくないというスタッフの意見。

・『ヒロインが違う姿に変化する』という島咲碧のギフトと能力が酷似していること。

主にこの2つが原因でスターチャイルドルートは幻に消えたのだった。

社長から『スターチャイルドのギフト、碧のパクリじゃん』と理解を得られなかった苦い思い出がある。

まさか、こんなことになるなんて想像もしなかった……。


「クハッ!最後にウチが部長の黒幕概念だ。一生の記憶に残る青春を謳歌しておくれ。クハッ!」


黒幕概念!?

エニアじゃん!

隠す気がなさすぎでしょ、概念さん!

なんでラスボスが文芸部の部長してるんだよ!

情報量の大洪水で、俺っちの脳ミソは爆発しそうであった……。


そんな感じで全員の自己紹介が終わると、本日の部活は解散の流れになった。

俺っちの知らないイレギュラーが起きている……。

原作からかけ離れたとんでもない悪意がそこに渦巻いている。


「…………」


自己紹介を聞いただけで、気絶しそうになった俺っちは逃げるように部室を飛び出す。

フラフラしながら、昇降口に向かう。

明日は知恵熱を出して学校を休むことになりそう。

目元を抑えながら歩いていた時であった。


『──待て』

「え?」


背中から男の声がして、肩を捕まれる。

捕まれたのは肩なのに、心臓ごと相手が握る感覚が走り、ぞっとした。

逃げることも出来ず、何か嫌な予感をしながら振り返ると、1番関わりたくない悪役がそこに立っていた。


「綾瀬だよな。ちょっと俺と話をしようぜ」

「…………は、はい。明智先輩……」

「逃げたら嫌だよ」

「わ、わかりました……」


俺っちは明智秀頼という悪魔から既にロックオンをされていた。

悪い目付きで、口元を上げてニヤッと三日月の形に歪めている。

あ、死ぬんだな俺っち……。

歩く死亡フラグの死神から呼び出されたのであった。

そのまま振り返るように指示を出されると、彼のスマホがバイブを鳴らす。

その画面を見ると、冷笑を浮かべた。


「円が全員を連れ出したラインが来た。よし、このまま部室に戻ろうか」

「わかりました……」


津軽円を操っているようだ。

流石、人をラジコン感覚で動かす人間である。

俺っち、味方も不在の大ピンチ!

俺っちにも『命令支配』を使えば強制的に呼び止められただろうに、こうやってギフトを使わずに威圧的な態度を取り、俺っちの意思で従わせているのが嫌らしい男だ。


「お……、私に何するつもりですか?」

「同じ穴のムジナ同士だろ、俺たち」

「な、なんの話ですか……?」

「……着いた」


質問に答える前にどうやら部室前に着いたようだ。

この部室前の扉が地獄の入り口にしか見えなかった。


──何も知らないまま綾瀬翔子のまま大笠女学院に進学したかったなぁ……。

そんな後悔をしている今ではもう遅い出来事である。










秀頼は転生した者同士を『同じ穴のムジナ』と呼ぶ。

参照

第3章 賑やかし要因

3、同じ穴のムジナ




綾瀬はモノローグや1人の時は一人称は俺っちですが、周りに人がいると女子っぽく振る舞う。





本来であれば、スタチャバレの『偽りのアイドル』はセカンドであるこの辺りで公開する予定でした。

このページで語っている通り、碧のギフトと酷似しているので、星子の出番はかなり序盤に前倒しされました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る