40、本物の色:偽善者
島咲碧の特技なんてものはない。
──もし、烏滸がましくも特技なんて呼べるものがあるとしたら『嫌われやすい』ということではないだろうか。
「お前、マジで気持ち悪いんだよ。ギフトの影響がどうとか知らないっての。クラスがお前と一緒ってだけで迷惑なんだよ」
「……ごめっ、ごめんなさい」
クラスメートである中性的な黒髪美人である木瀬さんから目を付けられてしまっていた。
(…………)
側で透明になって控えているミドリは複雑な心境で黙って静観している。
普段は1人でひっそりと迷惑をかけないようにしているのに、また人に怒りを買っていた。
私のギフトは人に理解されなかった。
1人が2人の姿に変わるというのは、ギフトアカデミーに通う生徒ですら受け入れられないらしい。
「本当に近寄りたくない。大体急に妹だかなんだかわかんないけど変人になるとか気持ち悪いよ」
「う……」
ただでさえつり目な木瀬さんはもっと角度を尖らせて突き付ける。
勢いに圧倒され、何を口にしたら良いのかわからなくなる。
頭が真っ白になった時だった。
男が1人、横切った。
それに気付いた木瀬さんが彼を呼び止める。
「あ!ちょっと、秀頼ぃ!」
「あん?どうした夏海?」
「こいつをわからせてやってよ」
「チッ……。あんまり俺を巻き込むなっての」
「そうやってツンデレなとこ、好きぃぃ」
「…………え?」
木瀬さんが馴れ馴れしく男に声をかける。
別に彼女の彼氏とかどうとかは興味がない。
ただ、どうして……?
どうして、木瀬さんが明智さんにベタベタくっついてるの……?
見覚えのある茶髪、常に不機嫌そうだけど優しい目をしている人、高めで憧れるような身長。
見間違えるのがあり得ない明智秀頼という男であった。
「あ、明智……さん……」
「あ?俺のこと知ってる?」
「ねぇ、秀頼。この女のさぁ、ギフト気持ち悪いんだよねぇ。それに良い子ぶってうざいの。どうにかしてぇ」
「し、島咲です……。小学校が同じだった……」
木瀬さんがぐちゃぐちゃ戯れ言を言っていたけど頭に入らない。
私はまっすぐな目を向けて、明智さんを注視する。
お願い、気付いて……。
どんな目で明智さんに見られているのか。
視線が怖くて、祈りながらぎゅっと目を瞑った。
「はぁ?島咲さぁ、勝手に自己紹介しないでよ。許可なく秀頼に色目使うなし。ね、秀頼」
「……散れ」
「そうよ、あんた!クラスから」
「ちげぇ。夏海に散れって言ってんだよ」
「え?ちょっ!?ひ、秀頼?な、なんで?」
「邪魔だから。うざってぇから。【散れ。一目散に教室に戻ってろ】」
「っ!?」
え……?
耳から幻聴が聞こえてくる。
明智さんが木瀬さんを遠ざけるセリフ。
なんて都合の良い妄想なんだと心を落ち着かせながら、ゆっくり目を開く。
「やっ!島咲碧ちゃんだっけ?小学校で転校した子だよね」
「お、覚えてますか……?」
「覚えてるよ。鼻筋とか整ってて美人になったね。モテるんじゃない?」
「い、いやいや!ぜ、全然ですよ!本当に今でも木瀬さんに虐められたりしてますから……」
「そっか。あの子、虐めとかするのか。幻滅だね」
ボソッと明智さんが木瀬さんが去っていった廊下を見ながら無表情で呟く。
私には優しく、木瀬さんには低い声になっていて意識を強くする。
「そ、その……。木瀬さんとはどんは仲で?付き合ってたりしますか?」
「あー、ないよ。全然。ただのフレンドよ。フレンド。ちょっと俺に色目使ってきて苦手なんだよねあの子。裏の本性とか知っちゃうとフレンドすらやめたくなるよね」
「そ、そうなんですね……」
「俺は島咲さんみたいに優しい子が好きだな」
「や、や、や、やさ……!」
明智さんが私の髪を触る。
「手入れされている良い髪だね」と微笑みながら髪を褒める。
男耐性のない私は妙に体温が熱くなる。
子供の時より素敵になって戻って来たようだ……。
「あ、ごめん。可愛いくてつい……」
そんなこと言いながら、照れくさそうに明智さんが襟足のある首の方へ手を置いた。
好き、好き、好き!
至近距離で顔を見るのも恥ずかしい。
「ミドリちゃんも元気かい?」
「は、はい!し、姉妹で支えあっています」
「仲良し姉妹で羨ましいね。俺、1人っ子だからさ。わかんないんだよね、兄弟とか姉妹とか」
「つ、つらいことがあっても支えてくれる大切な存在です!」
「そっか」
明智さんが「知らなかったよ」と続ける。
彼にも、兄弟姉妹が出来たら良いお兄さんになれるだろうなぁとか考えてしまう。
「(まぁ、兄弟姉妹とかいたら殺しちまうだろうな……。明智の血をひいてるとか恐怖でしかねー……)」
「明智さん?」
「ちょっと『妹がいたとしたら?』とか考えてみたよ。ヤンチャな関係かな、なんてね……」
「えー?イメージだとヤンチャな兄妹なんですか?意外です」
面白い面が見れたなぁと明智さん像が更新される。
鹿野さんに神様の話をしていたりとロマンチストなのかな?とか考えてしまう。
「ちょっと目が赤いね。夏海に泣かされそうになったかな?これで拭いておきな」
「は、ハンカチですか?し、使用して良いんですか?」
「渡しておいて使うななんて言わないよ」
青いハンカチを手渡されて涙を拭う。
あ、明智さん素敵過ぎっっっ!
もう好き、好き!
「じゃあ、また今度話しようよ」
「は、はい!ありがとうございました!」
「礼儀正しいね」
私に手を振ってくれる。
そんな仕草から愛おしさが溢れて私も振り返す。
端から見たら彼氏と彼女のカップルと勘違いされるのかな?とか羞恥心と歓喜が混ざった気持ちに包まれる。
「…………」
明智さんの物が欲しい。
繋がりを断ちたくない。
渡されたハンカチを凝視してメーカーのロゴを確認する。
これは根気が必要そうだと気合いを入れながら、スマホとにらめっこをはじめた。
─────
「顔と身体は良かったけど、それ以外は終わってた女だしいいや。最近彼女面してきてうざかったしな。木瀬とは縁切っとこ」
木瀬夏海のラインをブロックして、リストから消した。
特に後ろめたさなどもなく、『昔の広末に顔似てた』ぐらいしか惜しいとこないやと回想し、夏海のことは忘れる。
ただ、あのバカ女は島咲碧を釣り上げてくれたことと、『幻滅した』という別れる口実の2つを残してくれたのはありがたかった。
『虎は死して皮を留め人は死して名を残す』とはよく言う。
別に夏海は殺してないけど、島咲碧という上級なギフト所持者と俺の接点を
「島咲碧ねぇ……」
そういえば小学校の時にあの女のギフトで試したいことがあったのを思い出す。
女の顔は絶対に忘れないが座右の銘な俺が、顔を見るまで完全に忘れていただけにユニークな退屈しのぎの
冷凍庫を漁ったら完全に忘れていた冷凍食品が出てきたから食べよとなる感覚に近い。
絵美が死んでから退屈だったからそろそろ真面目に暗躍するか。
ポケットに手を突っ込み、この場から立ち去ろうとした時だった。
「すいません!」と慌てたような声が聞こえる。
「あ?なんだよ?」
「っ!?」
「誰、君?」
俺に似た茶髪をハーフサイドアップにしたややつり目がちな女がびびったような表情でこちらを見ている。
顔に広がる薄いそばかすがなんとなく、中学時代に1回会った女と重なる。
山本だか山田だか忘れたけど、なんか男をボコった時にこんな顔を見た気がする。
その茶髪の女は「1年5組の細川星子です……」と名乗った。
円の妹の和と同じクラスの女がなんの用なのかと苛立ちがして、じっと睨むが、彼女はおどおどしながら口を開いた。
「あ、あの……。わ、悪いことは……、やめてください……。おに……明智先輩……」
「はぁ?なんだお前?なんで見ず知らずのお前にそんなこと言われなきゃいけないの?大体悪いことって何?」
「ひ、人を騙したりとか……。人を傷付けるような……」
「人を騙す?傷付ける?クハッ」
「な、何がおかしいんですか!?」
知らない後輩に喧嘩を吹っ掛けられて、吹き出してしまう。
綺麗事ばかりな偽善者が何を言っているんだとバカにしたくなる。
「お前だって人に騙しているようなことはないのか?」
「わ、私にそんなの!」
「本当か?本当は君にもあるんじゃないのか?ここはギフトアカデミーだ。君がギフト所持者だと過程して、ギフトで人を騙してないと言い切れるか?」
「う……」
ギフトの単語を出した途端に狼狽えた。
明らかに顔色を変えた。
攻めるべきウィークポイントを即急にロックオンした。
「そのギフトは、本当に人を傷付けていないのか?なぁ?お前は『偽り』のない善人なのか?」
「ご、ごめっ……。ごめんなさい……」
「失せろ、ゴミ女」
「っ……!」
遺伝子レベルで気に食わない女はそのまま俺から逃げるように背中を向けた。
顔は別に悪くないが、どんな『ブスな女』や『デブな女』よりも抱きたくないくらいに嫌悪感を撒き散らした女だった。
細川星子ねぇ……。
案外この嫌悪感は俺と血が繋がっているからなのかもしれねぇな。
あり得ない話ではあるが、俺の妹なのだとしたら一生俺に関わりのない人生を歩んで欲しいものである。
†
Q.木瀬さんって?
A.クズゲスで秀頼から広末って呼ばれていた子。
原作世界では、秀頼とセの付くフレンド。
広末は、秀頼の彼女ポジションを狙っていたが、彼からは嫉妬深くてうざいとしか思われていませんでした。
このページを広末目線で読んだら捨てられた女の気持ちになれるかもしれませんね。
1ページで2度おいしい。
原作秀頼の、星子をドンピシャで傷付けることに関しては右に出る者はいない。
兄の暴走を止めたい妹の想いは一切伝わっていません。
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