30、黒幕概念のチェス

「クハッ!クハハッ!」


その日、黒幕概念は笑っていた。

『クハッ』と特徴的なそれは、クラスメートである浅井千姫にも慣れないものであった。


「もう!概念さん!その笑いちょっと怖いですよ!」

「そうか?」

「はい!全然可愛くないです!なんかその概念さんの笑いは……」

「ウチの笑いは?」

「まるで人を見下しているみたいです!笑う時は元気に、可愛く、『わっはっはー!』ってやりましょう!」


千姫が可愛く手本を見せる。

その手本を「なるほど」と頷いてみせた。


「クっはっはー!」

「混ざってます!混ざってます!」

「クハハハハハッ!」


概念さんは笑い慣れたこれがしっくり来ると、千姫の指摘も虚しく元に戻ってしまう。


「どうしたんですか、概念さん?なんか機嫌が良い?可愛い体験でもしました?」

「お前の可愛い狂も大分おかしいがな。見ろよ、アレ」

「アレ?あの人は岬さんですか?岬さん、可愛いですけど怖いですよね……」


黒幕概念は岬麻衣を指す。

焦ったような、イライラしているようにソワソワしている彼女は、よりクラスで孤立していた。

学校に入ってすぐ、千姫が彼女に話掛けても特に反応がなくちょっと苦手な部類に入っていた。


「あれがキーマンになり得るな」

「キーマン?」

「ウチが誰よりも期待して、誰よりもウチを楽しませる人間よ。これはあの男と神によるチェスなのだよ。クハハハハハッ!あぁ、楽しい。この障害を乗り越えて、また久し振りにあいつと語り合いたいぞ」

「……」


千姫には概念さんが笑っている理由は全然わからない。

ただ、なんとなく好きな異性の話をしているっぽいのは察することができた。


あと、千姫の中で概念さんは厨ニ病患者だった。

それの再発程度に捉えていた。


「クハハハっ。さぁ、前世の因縁に決着を付けて成長を楽しんでいるぞ」

「前世の因縁?ダメだ、あたしにはまったく理解出来ない……」


自分ワールドにいる概念さんをどうにかするのは不可能だと千姫は苦笑しているのであった。

そして、突き動かされるように岬麻衣は教室から消えていたのである。







「なんで頼子が居ないのよ……。どこ居るの頼子……?」


岬麻衣は学校中で唯一自分が親友と認めた少女を探していた。

まるで明智頼子なんて名前の生徒なんか存在しないとばかりに影も形もない。


あの日の出会いは夢だと突き付けるように、存在が抹消されている。

同じ学年であるのは把握していたので『明智頼子』の名前をリストアップした。

しかし、そんな少女は存在しない。

違う学年の可能性もあったので、そちらの名簿を見ても名前がない。

2回も頼子に会っていて、彼女自身が『同じ学校じゃなければ出会えなかった』と証言している。


居るはずなのに居ないのだ。

転校した生徒も、退学した生徒でもない。

頼子の姿は闇へと消えていた。

自然と、ギフトによって存在を抹消された可能性に行き着く。


「…………誰?ギフト狩りの仕業?関辺りに拷問すれば素直に吐く?ゆりかは…………、あのクソ雑魚ギフトでどうにか出来るわけがない……」


このギフトアカデミーで、明智という名字は一応1人だけは存在するらしい。

だが『明智秀頼』とかいう名前を見たものは落胆した。

無駄に頼子と同じ頼の字があるのがイラッとしたものであった。


だから彼女は歩く。

頼子がまたふと会話し来ないのかを期待して……。


「でよぉ、そいつうぜぇから殴ったらぴーぴー謝りだしてよぉ。傑作、傑作。ユーチューブに動画あげたかったぜ」

「かぁ!流石織田先輩っすね!最強っすね!」


頭が悪そうな陽キャ集団が向こう側から縦にずらっと並んで歩いて来る。

迷惑極まりない配置だった。


「あっ!?」

「いたっ……」


岬麻衣は避けるスペースもなく、そのまま男子生徒にぶつかる。

避けるのを期待していたが、そもそも麻衣の存在にすら気付いていなかったのだ。


「なんだよ、てめぇ。喧嘩売ってんのかよ!?あぁ!?」


2つ上の先輩にあたる坊主頭は怒鳴り散らす様な声を上げる。

普通の少女であればすぐに謝ったり、怯えたりしていたかもしれない。

しかし、彼女は普通の少女ではなかった。

強気な性格が仇になる。


「はぁぁ!?何よ!?あんたが猿山の大将気取ってずらっと広がってんのが悪いんでしょ!?そもそも逃げ場なんか無いじゃない!群れないと生きられないクソ雑魚がっ!」

「一言謝れば解放するものの、何?舐めてんの?こっちは先輩だぞ!?」

「……あー、うざ」


同学年の後輩らが謝れって顔で麻衣を見ている。

確かにこの場の全員を殺すギフトを麻衣は持っていた。

しかし、殺さないで退かせる保証はなかった。


(ムカつくけど捕まって死刑にされるのは勘弁よね……。はぁ、ムカつく……。瀧口先生の後ろ楯があるとなぁ……。でもあの人、アタシのこと嫌ってるしなぁ……。てかこいつ猿山じゃなくてゴリラね)


自分がどうすれば良いのか悩む麻衣。

威圧するゴリラ先輩。

それに従う後輩たち。

そんな状況を壊す声が聞こえたのは、また別のところだった。


「はいはい、喧嘩はやめてください。先生たちが来たら大騒ぎになるっすよ」


──頼子……?


なんとなく、頼子が現れた気がした麻衣。

でも、振り返るとそこに立っていたのは男子生徒であった。


「あ、明智じゃねぇか……」

「よぉ。そういうのだせぇからやめろって。な?」

(明智……?頼子と同じ名字?)


そう言って割り込んだ男子は麻衣の手を握り、背を向ける。

しかし、ゴリラ先輩が彼を呼び止めた。


「おい、待てやこら。俺はそのバカ女から謝罪すら聞いてねーぞ!」

「俺は一部始終見てましたけど、どっからどう見てもあんたらが悪いですよ。言い掛かりじゃないっすか!」


明智と呼ばれた男はゴリラ先輩と対峙した時だった。


「…………おいおい。おいおい!なんだよこりゃあ!?なんだ、お前?すっげぇムカつく奴だと思ったらお前……。なぁ?どんな運命だ?」

「は?何言ってんすかあんた?」

「生まれ変わって肩が繋がったか?どんなギャグだってんだよ」

「…………は?」


ゴリラの興味は麻衣から明智という少年に移る。

彼のギフト『顔を見た相手の前世の名前がわかる』の能力が発動してしまっていたのだ。






そして、お互いが不幸なことに、それは因縁のある相手だったのだから……。












次回、新章『因縁』編。

スタートします!






これまで登場してきた登場人物たちもなるべく関わる集大成的にしたいなぁ……。

別にクライマックスでもなんでもないよ。

ただ、高校1年編はそろそろ終わる予定です。

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