4、宮村永遠の愛用テキスト

『うおりゃああああああ!』


ヨルの気合いが入った掛け声がBGMの店内になっていた。

元気過ぎるヨルの声、悪く言えばうるさい声だが、マスターは気にした素振りも見せず、涼しい顔をしながらコーヒーをカップに淹れていく。


「絵美ばっかり……」

「絵美ばっかり……」

『うおおおおおおおお!』


咲夜と永遠ちゃんは絵美に呪いの言葉のようなものを唱えている。

いつもよりもトーンの低い彼女らの声は本当に呪い属性でも付加するんじゃないかというくらいに迫力がある。


俺も勉強している教室に楽しそうなお笑い芸人が現れたら殺意が沸くと思う。

そのお笑い芸人枠として恨まれている中心人物が俺と絵美に該当する。


「よし!永遠、休憩の時間だ!」

「しません。15分前にしたばかりじゃないですか。とりあえず咲夜はテキストを埋めててください」

「ぅぅ……。永遠が持ってくるこのテキストシリーズ難し過ぎるんだよ」

「咲夜には『バカを秀才に変えるテキスト』シリーズくらいのドーピングをしないと次のテスト間に合いませんから。私なんか毎日『バカを天才に早変わりテキスト』シリーズやってるんだからね。そっちの方が遥かに難易度低いんですよ!?」

「この勉強ドMが……」

「このテキストに欠点があるなら情報系の教科だけ販売されてないところなんですよね……」

『あちょちょちょちょぉぉぉぉ!』


永遠ちゃん愛用の『バカを●●に変える』シリーズのテキストは一般人気はないものの、コアなファンを獲得しているとのこと。

最上の難易度を誇るのが『バカを天才に早変わり』シリーズだ。


俺も中学時代に彼女から借りたことがあるが、難易度が高過ぎて前世の記憶という優位性が一切無くなるレベルの難問で時間が止まった体験をした。

しかし、これに慣れると学校の授業がお遊びレベルになる感動を味わうことになる。

まるでRPGを序盤から100レベルで冒険するような背徳感、チートの様な気分を味わえる。

それで、俺も永遠ちゃん推しのテキストを使うことにしていた。

推しヒロインと同じ推しテキストを使うというファンなら堪らないことをしれっとやっていた。

俺の勉強バフは宮村永遠のおかげだ。


絵美や円、理沙からは『こんな難し過ぎるテキスト使えるか!』と大顰蹙であったが……。


「さ!咲夜は勉強の時間です!この2ページ終わったら休憩して良いですからちゃちゃっと終わらせましょう」

「物質作成系ギフト構築に於いて、物質が出来上がる順番を説明せよ……。ギフト使えないウチがんなこと知るわけないだろうが……」

「物質作成系ギフトという単語に振り回されないで!最初はどんなギフトも概念から生まれるって習ったでしょ!」

「概念以降がわかんないんだよ!」

『おりゃりゃりゃりゃ!』


永遠ちゃんの勉強魔神に咲夜はとても苦しんでいるみたいであった。

絵美も「こういうの難しいんだよ……」とちょっと苦しそうな顔をしている。


「ギフト扱える人ならわかるのかな?」

「さぁ……。扱えても原理とかはよくわかってないと思う……」


俺が扱う『命令支配』のギフトも全然原理とかわからないもん。

原作の明智秀頼なら理解していたかもしれないが、俺はそんなこと興味すらないしなぁ……。


「と、ところで絵美は……、なんかギフト覚醒してる?」

「うーん……」

『ちぇすとぉぉぉぉぉ!』


ギフト陽性なのでギフトが覚醒していてもおかしくない絵美。

しかし、原作でもリアルでも絵美がなんかギフトを使っている素振りすらない。

原作者・桜祭に見捨てられた人物だから佐々木絵美というキャラクターは設定について何もかもが中途半端なんだよなぁ……。

詠美に出番を食われちまったし。

感情移入も出来ず、かつ好印象が残るキャラクターでもないのだから存在意義がほとんど感じられない人物であったのは間違いない。

原作やりまくっていた俺でさえ、初対面時に絵美の顔を見てもピンと来なかったのだから。


「…………」


絵美が自分の右手を視界に入れるようにして近くに持ってくる。

その開いた右手を見ながら少しの間無言で見続けていたが「よくわかんない」と言いながら注文した緑茶に口を付ける。

その絵美の態度を見て、『薄々自分のギフトに気付いているけど確信には至らない』ような雰囲気を悟る。

だから「そうなんだ」と返し、絵美のギフトについては触れないようにする。


『あびびびびびびびび!』

「そしてさっきからなんなの奇声は!?」

「ヨルさんが「最強の賄い料理を作るぜ」って言って厨房を独占しているのさ。その奇声じゃない?」

「いや、料理を作るのに奇声は必要ない……」


カウンターに居座るマスターも、緑茶を飲んで寛いでいる絵美も、勉強している永遠も咲夜も何も突っ込まなくて俺がおかしいんじゃないのか?って気がしてくる。


「出来たぜ、最強の賄い料理だ。明智と絵美もついでだ。食っていけ」


汗だくなヨルがやり遂げた顔をしながら厨房の奥からタオルで顔を拭きながら店内にやって来た。

全員の視線を集めながらその賄い料理を披露した。


「ふーっ、やっぱ熱い日はざるそばだよな」

「ざるそば作ってたの!?なんだったんだよ、さっきまでの奇声!?」


てっきりフライパンでなんか凄い料理をしていたんだと思ったよ。

フランベでもしているかのような暑苦しい掛け声はなんだったのか?


「あれは、そばを茹でていた時の声だ」

「『ちぇすとぉぉぉぉぉ!』とか言ってた意味は!?」

「めんつゆを水で割っていた掛け声だな」


独特過ぎる掛け声であったが、俺以外はみんなそばに夢中になっていた。

変なタイミングで喫茶店に来てしまったと思いながら賄い料理をご馳走になっていたのであった。


因みにそばになった理由を聞いたら、咲夜が翻訳した英文でそうめんって単語が入っていたからそばが食べたくなったとヨルが告白していた。

「うめー、うめー」と言いながらそばを啜っていた。

味わいながらざるそばを10分程度で完食して満足な気分になる。

そして、マスターからコーヒーのおかわりを貰いながら声を掛けられた。


「ところで今日はなんか用かい?」

「あぁ、マスターに大事な話があるんだった。知り合いとかで良いから占い師を紹介してくれないかな?」

「は?」

「知り合いにいないなら別に知り合いじゃない占い師でも良いんだけど。とりあえず俺は占い師から占ってもらいたい」

「君っていつも唐突だよね」


マスター、及び他4人も占い師という単語に驚いているのであった。

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