39、鈴【大好きなお姉様】
【原作SIDE】
熱い……。
熱い……。
熱い……。
灼熱に魘されたような熱さがジリジリと顔を蝕む。
その通り道が、コードのように、蛇のように、糸のように幾重にも伸びている。
女の命ともいえる顔であっても、遠慮なく伸びる黒いおどろおどろとした紋章が存在している。
こんな紋章剥がしてやろうと顔の皮膚を抉ってやろうと爪を立てるも、尚更顔が醜くなっただけでやらなきゃ良かったと後悔した過去が思い浮かぶ。
もう、嫌だ……。
熱いだけなら我慢できた。
醜いだけなら我慢できた。
なぜ、両方が常に美鈴の身体を支配するの……?
何をやっても治らない。
美鈴の生活に、紋章の呪いは常に隣合わせであった。
お姉様は、美鈴からどんなに非難されようと『必ず呪いを解いてみせる』と優しく、強く、気高く言い放つ。
大好きなお姉様。
大好きなお姉様だからこそ、その約束が果たされないのがイライラするの。
綺麗事を吐かれるのがもううんざりするの。
大好きなお姉様が、嘘付きだから憎むの。
もう、美鈴にはお姉様しか優しくしてくれない……。
紋章に蝕まれる前は、たくさんの友人に恵まれていた。
『一生の友達だよ』と言ってくれて毎日遊んでくれた友人も、顔を見た途端に悲鳴を上げられ、泣かれた……。
何もしていないのに、目の前に立っただけで泣かれた。
泣かれた美鈴は悪人にされ、『美鈴が虐めをした』などと根も葉もない謂われもないレッテルを貼られる。
当時の小学6年生の担任だった先生からは『深森が虐めをしていたなんてガッカリした』と失望された。
「な、何もしてないです……」と真実を語るも、担任は『はぁ……』と面倒くさそうにため息を出した。
『泥棒が逮捕された時に『やってないです』って言われて深森は信じるか?目撃情報もあり、被害者も泥棒がそいつと証言しても嘘だってわかるだろ?同じだよ同じ。深森が泣かせた目撃情報もあり、深森のせいで泣いたと言って家に引きこもったんだぞ。何もしてないなんて嘘を付くのか……。ガッカリを通り越して失望した』と悪人を見る目で2時間説教をされた。
美鈴は泥棒と同じ扱いを先生にされたのだ。
『大体なんだ、その汚ならしい顔は?化粧でませたい気持ちはわかるが度を越してるだろ!ピエロより酷いぞ。何回その化粧をやめろと言ってもやめない。ふざけるのも大概にしろ』と顔の紋章を非難された。
消せるモノなら消したい。
誰が好きで、顔にこんな『醜いです』と宣伝するようなメイクをするか。
何も知らない教師の首を絞めて、殺したい衝動に駆られる。
『ギフト享受の呪縛』など、普通は知らない人生を送ることが多い。
知らない癖に、無責任なことを言う教師に美鈴が教師失格の烙印を下す。
美鈴がお父様に『あの担任は頭がおかしい。何も知らない美鈴を泥棒と同じ扱いにした』と説教の内容を訴えて、お父様の権力で裏から根回しをして教師を辞めさせて、地方に飛ばした。
でも、結局はそんなの何も解決しなかった。
次の教師は前担任の末路を知っているからか美鈴には何も口は出しをしない黙認主義の教師だった。
クラスメートからは腫れ物扱いで、コソコソと美鈴の悪口や、美鈴本人も知らない悪行をでっち上げられるなど最悪な日々であった。
5年間は輝いていたのに、最後の1年間は最悪な小学生時代だった……。
「ねぇ、美鈴。私と遊ぼう」
「っ……」
そんな中、お姉様が1番の親友と自負している宮村永遠から優しい言葉を掛けられる。
彼女は事情が知らないながらも、偏見もなく何事もなかったように美鈴へと声を掛ける。
……お姉様にはこんな立派な親友がいるのに、どうして美鈴の親友だった子はみんな美鈴を裏切ったの……?
最後に優しく声を掛けてくれたのが、お姉様の友達なのがもっと惨めになった……。
人望ですら、美鈴はお姉様に劣っていた。
永遠が、美鈴の親友だったらどんなに嬉しかったか……。
でも、そんな施しみたいな優しさは美鈴にとっては苛立ちの対象だった。
「永遠……。別に無理に美鈴に構わないで。お姉様とずっと仲良くして、美鈴なんか無視して良いから」
「別に私は無理に構っているわけじゃないよ。私は美鈴の親友だし味方だよ。美月の妹だからとか、そんな義務感ないよ」
永遠の言うことは間違ってない。
お姉様もたくさん人望があるが、お姉様と美鈴の共通の友人の中でも唯一話し掛けてきたのが永遠だけだったから。
嬉しくて涙が流れそうなくらいに嬉しいし、本当は力になって欲しい。
……でも、美鈴のお姉様へのコンプレックスから生まれたプライドがそれを許さなかった。
「美鈴の手なんか取らないで……」
「…………わかった」
永遠が辛い顔をして美鈴に背を向けた。
さようなら。
もしかしたら、美鈴の親友になっていたかもしれなかった人……。
でも、紋章に支配された美鈴はもう孤独が1番気楽になってしまっていた。
それからすぐ、宮村永遠は遠い土地へと引っ越して行ったらしい。
中学時代に入り、本当は学校になんか通いたくなかったが、お父様もお母様もそれを許さずに学校に通っていた。
地方に飛ばされた教師の二の舞にならないようにお父様が『ギフト享受の呪縛』についての資料やデータを学校に提出し、偏見がないようにと事前に根回しをしてくれた。
その甲斐もあり、教師からは口では何も伝えなかった。
そのぶん目で、美鈴を特異な目で見ているのは気付いていた。
酷い教師は3度見くらいして驚愕するのが伝わる。
人間不審だった。
何もかも顔にある紋章のせいで、みんなに引かれる。
クラスメートは『呪われている』だの『気持ち悪い』だの言って3年間美鈴をクラスに居ない者として扱われた。
紋章が消える終わりがないのが、辛かった……。
「美鈴、必ずわたくしが呪いを解くからな。だからお姉様に任せろ」
「…………うざい、口を開けばそればかり」
「ごめんな美鈴……」
「ふんっ」
お姉様は口を開く度に呪いを解くと言うばかりで何も変わらなかった。
勉強もしているらしいが、結局解除方法はわからず仕舞いだ。
大好きなお姉様。
でも、結局そんなの無駄だよ。
無駄な努力をするお姉様を嘲笑う。
その間違った努力を続けるお姉様が大好きだよ。
それからお姉様は無限の可能性を秘めているというギフトの力に注目した。
『自分のギフトでは美鈴の呪いを解くのは不可能だが、別の人ならばそれが出来るかもしれない』
希望を見出だしたとばかりにお姉様は美鈴に第5ギフトアカデミーの入学を薦める。
正直お姉様とまた同じ学校に通うなどこちらからお断りしたい気分だった。
「この学校ではギフトに詳しい人も多いから『ギフト享受の呪縛』の紋章に対しても差別的な目は普通の学校より低いらしいぞ」
差別的な目が少ないならそれも良いかもしれない。
大好きなお姉様。
期待もロクにしちゃいないけど、呪いを解く可能性が他の学校よりも高いならと美鈴は第5ギフトアカデミーへと進学を決意した。
†
美鈴もまた美月が大好きです。
拗らせているだけで、美鈴もまたシスコンです。
大好きなお姉様。
新しい境地が開けそうです。
次回、タケルとの出会いは突然に。
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