10、ヨル・ヒル

俺は教室に向かうために階段を歩いていた。

大きい校舎なので、自分のクラスに行くまでに一苦労する。

これを毎日歩くのはちょっとしんどい……。


そんな風に学園を歩いていた時であった。


「ーー見付けた」

「あ……?」


聞き覚えのする上へ振り替えると、階段の上で待機している学園のブレザーを着込んだ女子生徒を発見する。


「よぉ、明智秀頼だよな」

「……」


エニアと会った次はこいつかよ……。

黒幕、そして次は『悲しみの連鎖を断ち切り』シリーズのメインヒロインの登場だ。




「あたしの名前はヨル・ヒル。あたしは絶対にお前の存在を認めない。ギフトによる悲しみの連鎖を断ち切るために、お前の存在は邪魔でしかない」




赤茶色の長い髪をポニーテールのようにまとめ、血のように真っ赤な瞳で俺を殺意の籠った目で見ている。

そして、胸元には銀色のペンダントが目を惹き、キラリと光る。


「なんならここでっ!」


ペンダントを強く握るとそれは変形し、彼女のトレードマークのコンバットナイフに変わる。


ゲームでこんな邂逅シーンあったか?

ずっとタケル目線のゲームで、タケル目線の秀頼しか出番がなかったから裏でこいつが何をしていたのかとか全然わからない。




『おーい、ひでよりー?どこー?』




「っ!?」

「なっ!?」


タケルの声が響く。

するとヨルは舌打ちをしながらコンバットナイフをペンダントへ戻す。


「おっ?いたいた!お前何してたんだよ?」


タケルがヨルの隣へ来て俺に手を振る。

エニア、ヨルとの邂逅イベントで、俺の頭は既にパンク状態になっていた。


「た、……タケ……ル?」

「あ?」


ヨルがタケルを呼ぶ。

そうか、このシーンは原作のタケルとヨルの出会いのシーンか!


秀頼を探していたらヨルと出会うイベントだ。

うわ……、俺がリアル中学生の時に見たシーンが今頃になって再現されるとかファンにとって感涙ものだ。


「誰……?」

「あ、あたしはヨル……。ヨル・ヒルだ……」

「そうか、よろしくな」

「あぁ、よろしく」


ヨルがタケルを前に小さい粒の涙を流す。

わかるわかる、お前の境遇からするとタケルと運命の出会いを果たしたシーンだもん。

ゲーム本編の1番最初のイベントCGである。


「秀頼、お前迷子になってんじゃねーよ」

「あぁ、悪い悪い」

「は?」


タケルがヨルをスルーして俺に駆け寄る。

あれ?こんなシーンだっけ?

ヨルが目をまん丸にしている。


「お前さ、そのクラス表見た直後に消える癖やめろよ」

「す、すまん……」

「ったく、ほらみんな待ってる」


タケルが俺を急かすように言葉を掛ける。

そうだな、俺も教室に行かないと。


「ま、待ってよ!?タケル!」

「ん?」


ヨルの声にタケルが振り替える。


「こ、こいつを信用するな!明智はお前が思っているような善人じゃない!こいつは人を騙し、人を不幸にする悪人だ!ギフトの欲に溺れたクズそのものの人間だっ!」

「あ?なんだてめえ?」

「え?」


タケルがヨルの一言に急に喧嘩口調の声を出す。

や、やばい……。

あれ?こんな殺気立った主人公とメインヒロインの出会いシーン知らねーぞ!?


「てめえが誰だが知らねぇがお前が秀頼の何を知ってる?」

「な、何って……?だってこいつ、女を食い物にしてたり犯したりとかしてるゲス野郎だろ!?なんで明智を庇う!?」

「秀頼がそんなことするわけねーだろバカ。なんだこの被害妄想ガールは」

「ちょ、た、タケル!?」

「俺はこいつ以上の善人は知らねぇ。秀頼を何も知らねえクセに見た目で判断する奴は消えろ!」


うわ……、めっちゃ怒ってるじゃん……。

もうどうしようもねーよ。

こんなタケルははじめて見たよ……。


「行くぞ秀頼」

「あ、あぁ」


な、なんかおかしい!?

あれ?こんなロマンもエモさも何もない出会いだっけ?

タケルはヨルにまったく興味を示さないまま階段を登って行く。

俺も、ちょっとタケルが怖くて黙ってついて行く。


タケルについて行きながら、タケルとヨルの出会いシーンを思い返していた。

というか、秀頼と出会っている時点でゲームの展開変わってるじゃねーか。


タケルとヨルの邂逅シーンはもう死ぬほど見てたから凄く記憶にある。

確かこんな感じのイベントだったはずだ。




ーーーーー





「た、……タケ……ル?」

「あ?」


目が赤い少女は、俺を見て涙を溢し、俺の胸に飛び込んでくる。


「タケル……。タケルっ!」

「う、うわわっ!?」


胸の中で彼女は突然俺の名前を叫ぶ。

名前を名乗っていないのに、なぜ彼女は俺の名前を知っている……?

ブレザーに付いた名前のネームを見たからだろうか……?


「会いたかった……、会いたかったよタケル」


彼女は俺の名前を愛しい者を呼ぶようにして叫ぶ。

俺には意味がわからない。

いつの間にか消えていた親友の秀頼を探していたはずが、そんなことは頭からはすっかりと抜け落ちている。


ただ、気付けば俺はこの名前すら知らない少女を抱き締めていた。

なぜだかわからない。

俺はこうしなければならないと、身体が勝手に動いていた。





ーーーーー





こんな出会いシーンだったはずだ。

…………あれ?

既にゲームと展開が変わっている……?


んん?








本格的にヨル・ヒル参戦です!

クズゲス本編でロクな良いシーンがもらえない彼女ですが、果たして……。

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