18、谷川咲夜は抱え込む

「本当に今のままで大丈夫なのか……?」

「大丈夫だよ。それにウチもこの店好きだから離れたくない……」


今日、学校で2人の悪魔を見付けたことをお父さんに報告すると『家を引っ越して転校するか?』という話になる。

でも、そんなお金が家にないなんていうことはわかりきっている。

多分店も潰しての新しいスタートになるのだろう。


ウチのためにお父さんの生活を捨てる選択肢の方があり得ない。

ウチが3年我慢すれば良い。

それだけの話。


どうせ、学校に居てもウチは空気みたいな扱いだ。

一言も声を発しない日もあるくらいだ。

それが日常だった。


「…………」


ある日のこと、今日もこそっと帰ろうとした時に女の声に引き止められる。


「ねぇ、ちょっと良いかしら?」

「は、は、……はいっ!?」


目が一瞬だけ合った人に不意打ちで声を掛けられる。

薄紫色の髪を伸ばした胸の大きい美人の人だった。

ウチもこれくらい美人なら、自分の自信も持てたのかな?と思う。

でも、こんなウチに話しかけてくれた彼女は優しい人だと思う。


「こんにちは」

「……こんにちは」

「あなたは……」


彼女はウチと同じクラスである十文字さんと津軽さんと向かい合っていた。

やっぱりリア充だったか。

その彼女の隣にもう1人、女性の姿があったのを目視した。


ーーっ!?

感情のない目でウチを見ていた。

この女は、お父さんの車の窓を割った悪魔であった。

まずいと思い、慌てて教室の出入口に振り替える。


「すみません、失礼します」


拒絶の言葉を掛ける。

大丈夫です、ウチはあなた達に干渉しません。

心で泣きながら外を目指して走った。


「…………」


ただただ受ける視線に不快感を感じながら、早足で逃げていった。



ーーーーー



「38度弱あるよ」


その出来事の週末、38度手前の熱を出す。

完全に体調を崩し、風邪を引く。

横たわるウチの身体をお父さんから毛布を掛けられる。


「おとうさん……、仕事行きなよ」

「行けるわけないだろ……。子供なんだから大人の言うことは聞きなさい」


日曜日、お父さんは店を閉めて看病に務めてくれる。

本当にウチは1人で大丈夫なのに申し訳ない。


「ぅぅ……、すまない。ウチに友達がいないばかりにお父さんに迷惑かけて……」

「いや、君に友達居ても友達に看病任せないから。良いから大人しく寝てなさい」

「ウチが死んだらコーヒーの見える花畑の丘に墓を作ってくれよー」

「普通に谷川家の墓に入れるよ。てか縁起悪いこと言うな」


2日ほどで熱も下がり、学校に行けるようになる。

でも、学校生活はつまらないものだ。


ウチが風邪を引こうが、先生も誰も心配しない。

それくらいの存在感なのだ。


教室にウチが存在するだけで誰かの迷惑になるんじゃないかと思い、意味もなく廊下を歩いたりすることもある。

昼休みはよく図書室にこもる。

今日は料理の本を読もうとしていると、また彼らを発見した。

そして、もう1人。

ウチに声を掛けてくれた美人の人が身の上話をしているところであった。


「とりあえず、君のお父さんの事情を聞かせて欲しい」

「わかりました」


こそこそ隠れていたら、鳥籠の少女の事情を全部聞いてしまった。

自分の父親に生活を強制されているという。

色んな父親が世の中にはいるもんだなと思う。


そして、悪魔の男は白々しい演技をしながら叔父から体罰を受けていたという告白をしている。

これは実際本当なのは父親に聞いている。

しかし、だからといって別に男は鳥籠の少女に同情をしているわけではなく、新しいオモチャを見付けた程度の軽薄な感情しか持ち得ていないのは、心の内側を知り、第3者だからこそわかる。


あぁ、この鳥籠の少女を不幸のターゲットにするんだと確信を得てしまった。

……図書室なんかに来なければ良かったと後悔してきた。


違う、そんなクズでゲスな獣2人の言う通りにしても少女が望む未来はカケラも手に入らない。

お父さんを殺されたくはないし、直接は教えられない。

でも、なにか一矢を報いることはできるかもしれない。


いつもはダラダラと帰るんだけど、今日だけは門限で急ぐ彼女に合わせる必要がありそうだ。

帰りのHRを終えて、全速力で校門に辿り着く。


鳥籠の少女がまだ帰ってないという確信がなかったが、待つしかなかった。

そして、5分ほど待機するとお目当ての鳥籠の生活に苦しむ少女がやや急ぎながら学校を出てきたので、申し訳ないけど、彼女を正気に戻すために声を掛ける。


「き、気を付けてください……」

「え?」


失礼で言葉足らずで声を掛けてしまう。

人と話すのが慣れないからどんな言葉使いにすれば正解かはよくわからない。


明智秀頼も、その彼女の佐々木絵美もあなたが思うような善人ではない。

中身はドス黒い正気をまとう悪魔だと伝えたいのをぐっと堪える。


干渉し過ぎるな……。

失敗したらウチはお父さんを殺す呪いが発動する。

それとなく、忠告にできる言葉を慎重に選んだ。


「と、……図書室で……。会話を聞いちゃって……。すいません……」

「あ、あぁ……、聞かれてたか!ごめんね、変な家庭事情のこと聞かせちゃって……」


恥ずかしそうに笑ってみせる鳥籠の少女。

悩んでいるのに演技をさせて申し訳ありません。

申し訳ない気持ちが上がってくる。


「そ、その……気を付けてください……。お父さん……」

「あぁ、うん!大丈夫!必ずお父さんの問題を解決させるからっ!」

「……お父さん、大事にしてあげてください」

「うんっ!確かに口うるさいとこあるけど、私もお父さん大事にしてるよ!じゃあね!そろそろ帰らなくちゃ」


ダメだ。

全然伝わっていない。


悪魔2人の話はきちんと聞く信頼関係が構築されているのだ。

でもウチみたいな陰キャには、優等生を演じた当たり障りのない反応しか返してくれないのが悲しい。

人間関係構築を怠っていたウチが悪いのだけれど。


正しさよりも、愛嬌の良さ。

人間関係のドライさが、よりウチを孤独にさせる。


「気を付けてください……、あの2人は悪魔です……。友達面をしたクズゲス共より……お父さんの方を大事にしてください……。…………どうか、血が降らないことを祈ります…………」


鳥籠の少女が見えなくなり、祈る。

お願い、彼女にどうか救いのある終わりを。

彼女にとって良い未来を掴めるように。


「……ギフトなんて無くなれば良いのに」


祈りを終了し、そのまま家に帰ろうと足を自宅へ向かう。

その時、ウチの右肩に誰かの手が掴む感触があった。


「こんにちは、咲夜ちゃん」

「っ!?」


嫌な汗が全身に広がる。

この身も凍るような女性の声に振り替えると、ニコニコと人が良さそうな笑みを浮かべる女性が立っていた。

左目の泣き黒子が彼女の滲み出る黒さを表現しているようにしか見えなかった。

佐々木絵美の降臨だ。

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