第46話 荒ぶるデルフォス3


「……………………………………」


 俺は物言わぬカスに近づき、生死を確認する。


「……こ、今度こそ……!」

「………………うぐ……いたいでゲス」


 カスは今回も普通に生きていた。


「なんなんだよ貴様はァッ!」

「ガスでゲス…………ってあれ……デルフォスの旦那……あっしは一体何を……?」

「………………」

「だ、旦那……?」


 そこで俺は考える。


 もしかしたら、また先ほどのように記憶を取り戻すかもしれない。


 しばらくは様子を見ていよう。


「………………何も覚えていないのか?」

「はいでゲス」

「思い出しそうな気配もないか?」

「ないでゲス」

「神に誓ってないか?」

「ないでゲス」


 どうやら、問題なさそうだ。


「……なら教えてやる。貴様が事故を起こして馬車が大破したんだ」

「へ?」

「一体どうしてくれる。もうすぐ日没だぞ? 夜になったらこの森には魔物が出没するというのに……」

「ほ、本当でゲスか?!」

「崇高なるヴァレイユ家の長男であるこの俺が嘘をつくはずないだろう」

「そそそそそんな…………ッ!」


 俺にまんまと騙され、みるみるうちに青ざめていくカス。いい気味だ。多少怒りが収まった。


「俺に土下座して詫びろ。そして今日中に馬車を直して森を抜ける方法を死ぬ気で考えるんだ」

「む、無茶を言わないで欲しいでゲスぅ……」


 カスはそう言って俯いた後、ハッとした様子で顔を上げた。


「そ、そういえばあっしのロシナンテちゃんとスレイプニルちゃんは無事でゲスかっ?!」

「……あ? 誰だそれは?」

「お馬ちゃんのことでゲスよぉっ! ロシナンテちゃーん……スレイプニルちゃーん……どこへ行ってしまったんでゲスかー……!」


 カスが呼びかけると、先ほど俺が追い払ったメス馬どもが戻ってくる。


「「ヒヒーン!」」

「おお! ロシナンテちゃん! スレイプニルちゃん! 無事で良かったでゲスぅ!」

「「ヒヒーンッ!」」

「ど、どうして泣いてるでゲスか? あっしはこの通り、大丈夫でゲスよ~!」


 再会を喜ぶメス馬とカス。


 俺は一体いつまでこの茶番を見ていないといけないんだ?


「……そういえば、旦那にはちゃんと紹介してなかったでゲスね。――こっちの幸薄そうで守ってあげたくなる感じのコがロシナンテちゃん、こっちの強そうで守ってもらいたくなる感じのコがスレイプニルちゃんでゲス」

「知るか。どっちも同じメス馬だろ」

「なんてことをっ!」

「いいからさっさと馬車を直せ」


 俺がそう言うと、メスの馬とオスのカスが何やら喚いてくる。この珍獣どもが。


「見損なったでゲス!」

「「ヒヒーンッ!」」

「あっしのお馬ちゃん達になんてことをッ!」

「「ヒヒーンッ!」」

「もう知らないでゲス! 森を抜けたいなら一人で歩けばいいんでゲス!」


 騒がしい奴らだ。今度はメス馬諸共半殺しにしてやろうか?


 一瞬だけそんなことを考えたが、それをすると徒歩で森を抜けることになってしまう。


 不愉快だが、森を抜けるまではこいつらに付き合うしかないのだ。


「御託はいいから早く馬車を直せ。……これで三回目だぞ。俺を町まで送り届けることが貴様の仕事だろう?」

「おとといきやがれでゲス! ちょっと偉いからって調子に乗らないで欲しいでゲスよ! このオタンコナス! 親の七光り属性!」

「は?」


 カスはそう言うと、メス馬にまたがって走り去っていった。


 こうして、俺は日没寸前の森の中に一人取り残されたのである。


「おいおいおい、冗談だろう? ヴァレイユ家の人間に下民が逆らったらどうなるかくらい、普通に考えれば分からないか? 処刑確定だぞ?」


 俺はそう呼びかけるが、返事はない。どうやら本当に俺を置き去りにしたらしい。


「カス……お前はそこまでカスなのか……?」


 このデルフォス・ヴァレイユ様を。稀代の天才魔術師を。この国唯一の光属性の使い手を。ヴァレイユ家の次期当主を。そして将来の国王となる男を。低脳な下民如きが置き去りにしたのだ。


「……クククッ、ハハハハッ!」


 愉快だ。あまりにも愉快すぎる。これほどの喜劇はない。


「……ブッッ殺してやるよこのオァッボビュァブョッピャギャ解読不能アアアアアアアァァッッッ!!!」

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