第72話 仲介

自由人はアメリカの首都NYへ戻っていた。それは自由人にとってかなり危険な賭けでもあった。十五年の時間が過ぎているとはいえ自由人は軍の規律に違反した犯罪者であり当然見つかればアメリカ軍へ引き渡され投獄もしくは銃殺、最悪の場合人体実験のサンプルにされることは容易に想像できたのだった。しかしその危険を冒してでも自由人は元の軍の伝手をたどり何とか城の内部へ潜入できる方法を模索していた。

自由人が軍に属していた時代海外部隊の連中とは腹を割って話もしたしそれぞれが不平不満を言い合っていた。と言うのも主軸になる本部は白人種で占められており有色人種の軍人達は皆周辺諸国である海外へ飛ばされていたと言う理由から当然の流れとして自由人が付き合える同じ立場の人間は海外組みということになっていたのである。

自由人が当時の元師・サイモンに近かったこともありいくつか話をつけて融通を通してやったという経緯もあり貸しをつくったままの連中も居た。そう言った昔の貸し借りを持ち出すのも自由人には気がひける事だったたが、そう言った連中ほど逆に今の自分の犯罪者という立場を見逃して話をしてくれるタイプの人間だった。人に貸し借りを作らないやつ。それは自分に厳しい分、他人にも厳しく自由人と出会いそのことを黙っていたと言うことがばれるのを恐れて必ず軍へ垂れ込むというのは目に見えていたからだった。自由人は心当たりのリストを五十人ばかり作り順にあたっていった。しかし十五年の月日は自由人にとって思った以上に厳しいものだった。心当たりのある五十人の内九割は退任、転属、死亡等といった理由で連絡が取れない状況だった。残った約一割やっとのことで連絡が取れた五名が全員口を揃えたように言う言葉は「あの頃とは事情が違うんだ・・・」だった。その五名の内二人に断られわずか三名にしか会うことが出来なかったのである。


メディアの発表を通して自由人も世情の変化は把握していたつもりだった。自由人が軍に属していた頃はサイモンを筆頭とした白人優位な序列の中なんだかんだと言ってもハメッドを頭にまだ有色人種たちも権限と立場を守られていた時代だった。サイモンは生かさぬようにしかし殺さぬように彼ら肌の色が濃い軍人達をコントロールするのが旨かった。しかし時代は流れ大統領フレデリックが全権を握るようになってからはサイモンの頃よりもむしろ右よりの政治が行われそれに伴い軍内部も相当に厳しい締め付けが図られているようだった。ハメッドは十五年前に軍の内部告発を行い今では民主党モーリスの右腕となっているがその愛弟子であったウイルが当初は軍内部で有色人種軍人の大頭としてかなりの勢力を起こしたこともあった。しかしそれもウイルの不慮の死により下火になった。その後軍内部も派閥争いの元色々な勢力が入れ替わり立ち代り巻き起こったが、その度に首謀者が死を遂げるという結末で尻切れトンボのようにその運動も消失して行ったという。その結果既に正気を失っているという噂のサイモンが何時までも元師の地位に居座り、しかし実質上の元師として大統領のフレデリックが実権を握っているという現象がまかり通っていた。自由人はそのフレデリックに取って都合の良すぎるそれぞれの運動に加担した首謀者の死についていやな予感がしていた。

(赤羽が利用されている・・・)

その自由人の恐るべき想像には根拠があった。自由人が紫音と黒鷹をつれ雪道を逃げていた時フレデリックはたいした武器も持たずにたった一人で現れ、自由人と黒鷹を亡き者にして紫音だけを連れ去ろうと言う計画を立てていた。それには赤羽の巨大な能力を知っていたからこそ立てることが出来た計画ではないのだろうか?ではどこで赤羽のあの力を知ったのか?自由人は砂漠の襲撃の時に赤羽と戦いあの能力をまじかに見ていた。赤羽の持った剣から振り下ろされるレーザー銃のような刃を必死でよけて逃げ惑い、寸でのところで助かった経験を思い出した。と同時に黒鷹と紫音を連れ雪道を逃げていた自分を殺すためフレデリックは赤羽をリリアと呼びながら指図していたのを思い出していた。

(あの綺麗な仮面の下にとんでもない悪魔の魂を隠しているあいつに赤羽は何をさせられ幾度悲しみ血を流したのだろうか?)

自由人はフレデリックが眉一つ動かさず赤羽に呼びかけ自由人を殺せと命じた時の顔を思い出し身震いした。


今日は自由人が連絡を取ることが出来た最後の一人と会う約束の日だった。先週と先々週に会った二人はそれぞれがたいした情報も無く逆に自由人が金の無心をされると言う結末に終わっていた。最後の一人名をビリー・ワイマンという男。プエルトリコ系のビリーは昔から世渡りが旨くハメッドに忠実かと思いきや白人幹部へあまり重要でないハメッドの情報を流して金をせしめてみたりと一筋縄ではいかないヤツだったがどこと無く人懐っこい大きなくりっとした瞳と口笛を吹くときのように前に尖らせた唇に愛嬌のある憎めない性格の男だった。自由人は最初に連絡を取ったビリーだけがやはり最後まで軍の中で生き残っていたことと自分の感の良さに多少の誇らしさを感じていた。


仕事帰りのサラリーマンが帰路を急ぐ中、夕暮れ時の街は渋滞の車のクラクションと人の波で気ぜわしさが増していた。人の波を縫いながら自由人は待ち合わせの店へ急いだ。ビリーが指定した店は古めかしいピンクのネオンサインで看板を掲げたレストラン兼バーと言った風情のどこにでもあるような中途半端な感じの創りをしていた。ピンクのネオンサインは「SALLY(サリー)」と筆記体でかかれていた。切れ掛かっているのかそのネオンサインは時々チカチカと点滅しまた思い出したようにパッとつき当分の間その店の名前をあたりへ明るく指し示していた。そのサインが掲げられたアーチ状になった入り口をくぐると下へ降りていく階段が続く。続いて現れた木製の重たいドアを開けると自由人はいきなりどっとした人息れに押された。賑やかな雰囲気の中チップをエプロンに挟んだまま料理を載せた皿を自分の頭の上に背伸びをして掲げながら数人のウエートレスが忙しそうに走り回っている。客層は明らかに低所得者達でまだ六時を回ったばかりだと言うのにすでにベロベロの酩酊状態の親父がカウンターに溶けた様にうつぶせて寝込んでいる。ガヤガヤとした店内はそれでも人が一杯で、空いている席を見つけることが困難なほどだった。自由人は目の前を通り過ぎようとしたウエートレスを捕まえて空いている席はあるか?と尋ねたがBGMが大きすぎて声が聞こえないようだった。「何?」と大げさに怪訝な表情を作り片手に料理の皿を持ち空いた方の手を耳に当ててガムを噛みながらウエートレスは自由人に聞き返した。仕方なく自由人は席を指し示し指でVの字を作り「二人で話したい。」という事を伝えた。ウエートレスは遠くに居る別のウエートレスにまるでいつも地黄がやっている手話のような仕草で確認すると奥のテーブル席に行くように自由人にジェスチャーを交え大声で伝えた。自由人は礼を言いチップを渡すと人の波を掻き分けて示された奥のテーブルへやっとのことでたどり着いた。


そこは中心から少し離れた位置にあり、カウンターで仕切られた部分でちょうど死角になっていることもありこの店にしては珍しく落ち着けてしかも音楽があまり聞こえてこないことで話も出来そうな雰囲気だった。ひとまず安心して自由人は席についた。羽織っていたコートを脱ぎフォアローゼスのロックを注文してタバコに火をつけた。タバコを二口吸ったところで店の中に入ってきたビリーを見つけ自由人は立ち上がって手を振った。ビリーも自由人に気が付き片手を挙げて合図をしてから人を掻き分けてこちらへ向かって歩いてきた。自由人はビリーを一目見た瞬間妙な違和感を覚えたが、それが自分では何なのか解らなかった。ビリーは自由人の目の前までやってきていつもの人懐っこい笑顔を浮かべ自由人を抱きしめ再会を喜んでいた。自由人と同じ年齢くらいだったと記憶しているので四十前といった年齢だろうか。記憶してた頃よりは目尻に皺が増え鼻から口にかけてほうれい線がくっきりと入っていたがその丸いくりっとした人なつっこい瞳ととがらせたような口元は当時のままだった。しかしビリーがウエイターに飲み物を注文しコートを脱いだ瞬間自由人はさっき自分がビリーを見た瞬間に感じた違和感を理解した。ビリーには左腕の肘から下が無かったのである。まるで書き間違えた絵のように左手が無くなっているビリーに自由人は言葉を失った。その自由人の表情に気づきビリーは自分の左手を見てわざと驚いた振りをして言った。

「ああ家に忘れてきてしまった!」

自由人はそのジョークに笑うことが出来なかった。その自分をビリーに「すまない。」と謝るとビリーは起用に右手だけでタバコを取り出し口にくわえながら言った。

「相変わらずだな。あんた真面目すぎるところがあるよ。変わってないな!」

(自分のことを真面目と言ってくれるのは生きてきた時間の中でもこのビリーだけだろう。)

ふとそんな風に思いながら自由人はビリーのタバコに火をつけてやった。ビリーは旨そうに一口吐き出すとソファーの背に身を預けて話始めた。

「でもな。この左手を失ったおかげで俺はこうして生きていられるし本部配属で事務仕事の席に付くことが出来たのさ。なあ自由人あんたのことだから昔の知り合いに連絡したんだろうがほとんどつかまらなかったろう?皆死んじまってるか、どっか遠くの水も出ないような外国へ飛ばされちまってるかだ。帰る場所があるヤツはとっくの昔に帰っちまってるよ。それほどアイツの支配下は俺達みたいに肌に色がついてるヤツには酷いもんだよ。今ではあのサイモンすら俺には天使に見えるね。」

自由人にはビリーの言った“アイツ”と言うのがフレデリックを意味していることは充分解っていた。ビリーは注文した酒が来ると一口飲んでから続けた。

「アイツは綺麗な顔をした悪魔さ。知ってはいるだろうがアイツに逆らうヤツはこの十数年間で綺麗にあの世へ逝っちまった。残されてるのは怖気づいた白人幹部と小心者の政治家達だけさ。そいつらがあいつに媚売ってへばりついてる。アイツは逆らうヤツを忌み殺せる力を持ってるって軍の内部じゃまことしやかに囁かれてる。外のやつらはこれを聞いたら笑い飛ばすだろうが軍の内部の人間は皆本気さ。まあ見たこと無いだろうがあの綺麗な顔の中に形よく納まってる濃いブルーアイズで見つめられてみろよ。噂は嘘じゃないって一発で解る筈さ。テレビで映される顔を知ってるって?ありゃ作り物の笑顔さ。アイツは昔からちゃーんと考えて大衆用の天使の仮面と軍内部で幹部連中を締め上げるときの悪魔の素顔を使い分けてるのさ。」

自由人はビリーの言いたい事が骨身にしみて理解できるのだった。それを目の当たりに経験しているのは他でもない自分自身だったからである。しかし自由人は心を切り替えて本題に移った。

「ビリー他でもない。知ってる限りでいいんだ。当然礼もする。電話で話したとおりそのアイツの居る城の中へ入り込める伝手を知らないか?」

ビリーはわざと寒そうに身震いすると呆れた顔で自由人を見詰めて言った。

「あんたは真面目なだけじゃなくって間抜けなんだ。」

自由人はビリーがそれを悪い意味で言っているのではないことを理解していた。自分の身を案じて遠まわしにやめるよう言っているのだと。ビリーを見詰めたままの自由人をまたビリーも見詰め返したまま酒を飲んだ。ビリーはため息をつくと話始めた。

「はあ~あんたから連絡が入った時いやな予感がしたんだ。やっぱりな。今日の星占いも最悪だったけどまあ当たってたってことだ。ちょっと連絡させてくれないか。」

そう言うとビリーはタバコを灰皿にもみ消してズボンのボケットから携帯電話を取り出しどこかへ連絡を取った。気ぜわしくこの店の名前を告げて相槌をうつと電話を閉じポケットへしまい込んだ。ビリーを見詰めている自由人の視線に気づきニッコリと笑うと言った。

「伝手になるかどうかは解らないけどある情報を持った人間がここへやって来るよ。」



 十分も経たないうちにそのビリーが呼び出した相手は店にやってきた。店に現れたその人物は自由人の予想を大きく裏切り若い白人の女性だった。プラチナブロンドの髪を肩のあたりで外側へカールさせ白いブラウスにベージュのタイトスカートを掃き綺麗な足を斜めにそろえて自由人の前に座った。丸い輪郭の顔にこじんまりと収まった水色の瞳は彼女の不安の色を映し出していた。ちょっと短い過ぎるかと思われる鼻筋もその下のふっくらとしたピンクのルージュを塗った唇で緩和されどちらかと言うと愛嬌のある顔立ちに見える。まるで高校生の女の子が無理をして化粧をしているといった雰囲気に見える女性だった。ルーシー・フィンレイと名乗った二十一歳のその女性は急いで出てきたらしくまだ少し肩で息をしていた。座るなりテーブルの上に出されたビリーのチェイサー用の水を一気に飲み干すと不安そうな眼差しでビリーを見詰めた。ビリーはちょっと肩をすくめて顔半分で笑うとルーシーにリラックスするように伝えた。状況が飲み込めない自由人にビリーは説明した。


まずビリーは大統領フレデリックが強固に情報を漏らさないよう固めている城の内部に自由人が何故侵入したいかという理由は聞かないし聞きたくも無いと前置きした。

「ヤバイ事は知らないのが一番だから。」

という彼独自の理論からだった。そして自分へ情報の仲介料金として四千ドルと情報提供者であるこの娘に言い値で払ってやって欲しいと自由人に告げた。自由人は

「情報次第だし言い値と言っても上限がある。」

と一度は突っぱねた。先にビリーが四千ドルと言ったのを聞いた時ルーシーと名乗ったその娘は眉が動いていた。当に乗り気になっていたのを自由人は見逃さなかった。


自由人が話の腰を折ったにも係わらずルーシーは自由人を見詰めて言った。

「結構です。私の話を聞いてから決めてください。」

ビリーはちょっとあわてていたが仕方ないといった風情で諦めてルーシーとビリーとの関係を自由人に説明した。

ビリーの後輩でやはりプエルトリコ系の若者ジョー・ワイズと彼女は恋人同士だった。二人は何かとビリーへ相談を持ちかけてくるので知り合いになったのだとビリーは語った。元々はジョーの友人とルーシーの友人同士が付き合っていてその友達が集まるパーティーで知り合ったと言う。ジョーは貧民街を抜け出し苦学の末やっと軍へ入ることが出来たような青年だったがルーシーの家は裕福で父親は早くに亡くなっていたが母親が女手一つで娘・ルーシーを育て上げていたのだった。ルーシーの母親は城の内部でメイド頭の仕事をしているらしかった。加えてルーシーは人手が足りないとき大学を休んで母に城の手伝いを頼まれたことがあると言うのだ。ほんの一週間そこらだったが母親は城の内部で見たことを絶対に他言するなときつく言い渡したのだった。そしてルーシーはそこで驚くべき光景を目にすることとなった。ルーシーは自由人を上目遣いに見て言いにくそうな表情を浮かべながら言った。

「あの・・・もしかすると・・・あの女性の恋人でいらっしゃるんですか?・・・」

自由人は驚いた。この娘の言った「あの女性」とは誰のことを言っているのか?赤羽なのか?同じアジア系の顔の自分を見てそう推測したのだろうか?一瞬頭の中を色々な思いが駆け巡ったが歯を食いしばって抑えてルーシーの目を覗き込んだ。ルーシーはすぐに下を向きつぶやいた。

「ジョーと・・・駆け落ちしようと言っているんです。ママは絶対に私とジョーとの結婚には反対だから・・・でも逃げるにもお金が必要なんです。」

ビリーは自分の役目は終わったと言う風情でソファーに深く腰をかけた。自由人を不安そうに上目使いに見上げているルーシーへ自由人は言った。

「あんたの知ってる事を話してくれないか?言い値とはいかないが金は払えそうだ。」

ルーシーの目はぱっと輝き息をのんでから話し始めた。

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