第63話 沈殿
権力ー全ての人間をかしずかせる事が出来る地位を手に入れた人間はそれを手放すことを必ずや拒むのではないだろうか。当然フレデリックもそうだった。シオンを手に入れる目的から始まりやっとの思いで手中に収めた今の地位と権力だったがシオンを手に入れることが困難となった今でも、そのこととは関係なく、もはやこの地位を他の誰にも奪われたくは無いと思いは日を追うごとに強くなっていった。かつてはその元師という地位に固執するサイモンを滑稽だと侮蔑していたフレデリックだったが、それ以上の権力を手にしてみると、その逆らえない強大な力に魅了されていた。しかしながらそれに付随してくる責務というものに関しては一切省みることは無かったのである。
またフレデリック自身は子供が生まれてからというもの、めったにリリアの元には近づかなくなっていた。自分も幼少の頃、誰からも愛情を受けたことが無く愛し方が解らないということに加え、子供が自分に似ても似つかない事からまったく愛情がわかないということも一因ではあった。しかしそれ以上に子供を溺愛するリリアの姿はフレデリックの中では女として見るよりも子供の母親として見てしまうことが大きな原因だった。リリアも我が子マリオンに対する愛情に傾けば傾くほどフレデリックへ気配りが薄れ、時が経つにつれお互いにこれまで歪んだものだったとは言え、以前のような信頼感や共有感というものが薄れて行ったのは当然の流れだった。
最初の任期時に軍内部でサイモン降ろしの旗が有色人種代表軍人幹部ウイルの元で起こり始めたがフレデリックはそれを究極の手段を使い潜り抜けたのだった。
究極の手段。それは自分の地位を守り抜くためフレデリックはリリアへ反対勢力の主要人物の抹殺を頼んだ。当然のことながらリリアは強く拒否した。フレデリックの父親を殺してしまった時とは異なり、母として人として既にリリアという人格を完成させていた後では“殺人“という罪に両手を染めるわけにはいかなかったのである。しかしフレデリックはリリアが我が子マリオンを事の他かわいがっていることを利用し誰かを死に至らしめることをリリアへ頼む時には決まって城を訪れマリオンをかわいがった。
ある日のことだった。珍しく城を訪れたフレデリックは白いバラの咲き誇る中庭でまだ幼いマリオンをあやしている。マリオンを片手で抱え、もう一方の手でマリオンの首元をくすぐっている。フレデリックはあやしながらマリオンに語りかける。
「いい子だね。」
マリオンが笑う。
「キャッ!キャッ!」
旗から見れば美しい容姿のフレデリック大統領が白いバラの咲き誇る城内の庭園で東洋人の子供をあやしている。絵本に出てきそうなのどかな風景を前にその横では唇をかみ締め真っ青な顔をした母親リリアが立ちすくんでいた。フレデリックはマリオンをあやしながら心でリリアへ話しかける。
(リリアさっきの私のお願いを聞いてくるか?ほうらマリオンはこんなに喜んでいるよ。首を触られるのが好きなんだね。もっと強く触るとどうなるかな?リリア?やってくれるね。)
フレデリックはマリオンをあやす。マリオンが笑い転げている。
「キャッ!キャッ!」
リリアは真っ青な顔でフレデリックとマリオンの様子を震えながら見詰めている。リリアの耳にはフレデリックの「いい子だね。」という声が呪いの様に低く木霊して聞こえていた。リリアは小さく頷くと心でフレデリックに返事をする。
(おっしゃるとおりに・・・いたします。マリオンを・・・返してくださ・・い)
「ほうら!楽しかったね。」
フレデリックはマリオンを降ろすが皮肉なことにマリオンはもっともっとと言いたげにフレデリックの方へしがみついて行く。フレデリックはマリオンの視線までしゃがむと顔を見て話した。
「もうおしまいだよ。ママみたいに聞き分けが良くならなくては。」
リリアは走り寄りマリオンを抱きかかえるとその場にうずくまった。きつく抱きしめられマリオンが泣き始める。フレデリックはうるさそうに顔をしかめるとリリアに冷たい視線を投げてその場を去った。
またマリオンが少し大きくなるとフレデリックは方法を変えた。リリアへ例の頼みごとをする際には城を訪れ三人で食事を取った。リリアとフレデリックが先に席に付きフレデリックは給仕に食前のワインを三つ運ばせる。自分達以外は退出を命じ三つのワイングラスの内一つにリリアの目の前で薬を溶かして見せる。赤いワイングラスに溶けていく薬を見詰めるリリアの真紅の瞳がその紅いグラスの向こうで苦しげに揺れている。フレデリックはそのグラスをマリオンの席にゆっくりと置く。やがて九つになったマリオンが部屋へ入ってくる。父親に恭しく挨拶をすると何の疑いも無い表情でその席に付く。食前酒のグラスを手にした瞬間にリリアがフレデリックへ返事をする。
(おっしゃるとおりに・・・いたします。マリオンを・・・)
フレデリックはマリオンの手を止め給仕に代わりを持ってこさせる。
こうしてリリアの能力でウイルを死に至らしめ、その後も数人フレデリックに不利に働きかけるものは、死因は異なれどリリアを使い自分の前から抹殺した。病死、交通事故死、戦死・・・理由は違えど、だんだんと「フレデリック大統領に楯突くものは呪われる。」という恐怖の噂がささやかれる様になっていった。
月日は流れフレデリックが大統領として就任してから十五年が流れた。その間三回の選挙を戦ったフレデリックだったがどうにかこうにか潜り抜けて四期目の在籍を成し遂げていた。数々の卑劣な手段と策を講じフレデリックは我が子マリオンを餌にリリアを使い数々の人間を抹殺した。そうして築き上げてきた十五年間だった。
当然のことながら政治には大きなほころびが生じていた。最初の年こそ軍事費を抑え教育福祉に予算をつぎ込み有色人種のウイルを軍の幹部に選出していたフレデリックだったがサイモン卸の声が上がる軍幹部連中をたらしこむためにもたんまりと裏金を使ったし、その分その金を供与してくれる軍事産業界の連中とも付き合いを深くしていった。それは当然のことながら最初に掲げた公約よりも軍事産業を優先する元のサイモンが行っていた右よりの方針へと方向転換するものであったのだった。軍事産業を活発にするためには武器を使用する。その為には周辺諸国への戦争の参加が必然であった。
反対派のモーリスたちを中心とした一派は最初の一期目は公約が果たされたこともありフレデリックの続投を黙認した。二期目に入るとフレデリックは単なるサイモンの再来でしかなかった。モーリスやハメッドを中心に軍の運動を起こしてくれそうな人物にも声をかけ何度かデモクラシーの運動を起こしかけたがその都度その首謀者たちは不慮の事故や病気で亡くなっていき軍内部はとうとう逆らう人間が出てくる気合は無くなってしまっていた。あまりに続く都合のいい主要人物の死に警察も動きモーリスたちも調査に走ったが病死は明らかに病死であったし事故死にも何らの不審な点も見受けられなかった。
モーリスたち自身も三期目の選挙に向け決起したが共和党を主軸に産業界の圧力は強く労働層を基盤とするモーリスたちは惨敗した。
つまりは軍の元師サイモンが大統領フレデリックにすり替わっただけでモーリスたちから見れば事態は悪化の一途をたどっているに過ぎなかったのである。貧しいものはより貧しく富める者はより守られ貧富の差は広がる一方だった。同時にアメリカの軍事力は更なる拡大を続けていったのだった。
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