第58話 誕生
紫音たちには逃げられその後の捜索もむなしく何の音沙汰もつかめぬままフレデリックの一月は過ぎって言った。研究室の探索機のモニターにはまったく何の変化も見ることが出来ない日々が続いていた。自由人も雲隠れしたため半ばシオンの捜索も諦めかけこの研究室の維持をどうするかに頭を悩ませ始めていたフレデリックには外の寒さと同様また軍部でも厳しい批判が沸き起こり始めていたのである。
冬の厳しさと同様にアメリカではフレデリックに対するサイモン降ろしの要求がだんだんと過熱の様相を呈していた。サイモンの様子がおかしくなくなるに連れその重要な仕事は他の幹部連中に回された。最初こそ喜んでいた彼らだったが、だんだんと「お飾りのサイモンなど要らない。」というリコールの雰囲気が主流を占めるようになっていた。またフレデリックが良かれと思い選出したハメッドの愛弟子である有色人種の軍人代表でもあるウイルがこの運動の中核をなしていると言うことは皮肉な展開でもあった。今や民主党の党首モーリスの右腕となっているハメッドがウイルの背後で糸を引いていることはフレデリックにも想像できたことだった。しかしながら機密費の問題などすでにフレデリックが両足を突っ込んでしまった今の状態で表ざたにするわけにもいかず相も変わらずフレデリックはサイモンを据え置くことに固執していたのだった。当然フレデリックのその選択には軍の内部から激しい抵抗と不満が沸き起こった。フレデリックはウイル以外の数名の幹部に、時には名誉を時には金をと甘い汁を吸わせながらサイモンのリコールと言う表決の場をどうにかこうにかかいくぐっていた。
そんなストレスのたまる生活の中フレデリックは密かにリリアと自分の間に生まれる子供にだけはかすかな期待と言うより好奇心のようなもので胸をときめかせていたのは事実だった。そして軍内部が大統領フレデリックに厳しい評判を加え始める中リリアは極秘裏に出産したのだった。
リリアの出産を聞きつけフレデリックは急いで城に戻った。リリアの待つ寝室に入っていくと天蓋の付いた白い大きなベッドにリリアが嬉しそうに小さな赤ちゃんを抱いてフレデリックに微笑んでいた。真っ白なフリルが沢山ついた着ぐるみに包まれた我が子の顔を一目見ようとフレデリックは珍しく微笑みを浮かべ、リリアへ近づいていった。フレデリックがリリアの傍らに立ちリリアはフレデリックによく見えるようにその赤ちゃんの顔をフレデリックの方へ向け差し出した。その我が子の顔を見た瞬間フレデリックの表情は凍りついた。その子の肌はアジア系の民族のように黄色くうっすらと生えかけた髪の毛は黒く間違ってもフレデリック自身とは似ても似つかない様相を呈していたのである。その父親の気持ちを知ってか知らずかその子はまだ見えぬ目を眩しそうにうっすらと開けて見せた。フレデリックは少しでも自分に似た箇所を探そうとその瞳の色を覗き込むようにして確かめた。そこにはエメラルドのような深いグリーンの色の瞳が輝いていた。最後の望みを絶たれたフレデリックは落胆の表情を浮かべ小さくため息をつくと伺うようにフレデリックの方を見ているリリアへ冷たい視線を送った。
(本当に私の子供なのだろうか・・・)
自然に沸いたフレデリックの疑問だった。リリアはすぐにそのフレデリックの気持ちを読み取り差し出していた我が子を胸に抱きしめるとそのまま下を向いて小さく震えていた。フレデリックは期待していた自分が馬鹿らしくなると同時にこれ以上リリアに自分の考えを覗かれることに煩わしさを感じ、くるりと身を翻すと早々に部屋から退出した。
廊下を歩いていくと隣の部屋でリリアの担当医を見かけた。フレデリックはノックをして部屋に入っていった。医師は祝辞を述べて微笑みながらフレデリックの顔を見詰めてその表情が暗いのを気にして言った。
「何か・・・お気にさわることでも・・・?」
フレデリックは素直に自分の疑問を述べた。確かにリリアはアジア系の人間ではあるが白人である自分との間に生まれた子があそこまでアジア系民族の顔をしていることがあるのか?本当に自分の子供であるのだろうか?と言ったフレデリックの疑問を医師は自分の黒い顎鬚を触りながら静かに聴いていた。医師はフレデリックを座らせると自分もその前の席に座り腕を組んで話し始めた。医師の話は次のようなものだった。
確かに黄色人種と白人種の間に出来た子供は確立で言えば白人種の特徴が強く出るものだ。今回のケースは自分自身非常に珍しいと思うが疑問に思うのならDNA鑑定をしてみると言う手もある。それで本当に自分の子であると確信できればそれもまた一つの方法なのではないだろうか?
フレデリックは医師の話を聞くうちに少し落ち着きを取り戻し始めていた。フレデリックは考えをめぐらしていた。
(DNA鑑定しかしそれは医学的にあの子は自分の子供だと証明する確固たる証拠を残すことになってしまう。それよりも今のままのあの子を見て誰が自分の子供だと思うだろう。そうだその方が自分にとっては好都合ではないか。リリアとリリアが生んだどこの誰とも解らない子供・・・見た目はそれでいいではないか・・・)
フレデリックはため息をつき医師へ自分の非礼な言動を詫びた。先ほど自分が言った話は聞かなかったことにしてくれと頼むと医師はフレデリックのリリアへ対する優しさだと誤解したようでフレデリックの心の温かさを賞賛した。フレデリックは立ち上がり部屋を後にしようとした。その時背後から医師が声をかけた。
「フレデリックさま。お子様の・・・あの子のお名前はどうされますか?」
フレデリックは医師の方へ振り向いて(そういえばまだ性別を聞いていなかったな・・)と思い口を開いた。
「あれは・・・あの子は男の子ですか?女の子ですか?」
医師はちょっと驚いた表情を浮かべたがいつもの温和な眼差しでフレデリックを見詰めて言った。
「男の子ですよ。お名前を考えておあげなさい。」
フレデリックは頷くと部屋を後にした。歩きながらリリアへ向けて心の中で話しかけていた。
(リリア・・・どうせ私が今考えていたことも既に解っているのだろう。お前に隠し事をするつもりはない。お前とその子を放り出すようなことはせぬから安心しろ。いつもそうだ。私はお前を大切に思っている。解っていれば返事をするのだ。)
遠くから途切れるように細くリリアの想いが返ってきた。
(は・・・い・・・フレデリックさま)
フレデリックは歩きながらふっと笑みをもらすと考えを仕事の方へ切り替えた。やらなければならないことが散在していた。問題は山済みだった。降り始めた雪の中フレデリックは足早に城を後にした。
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