第57話 日本

 はるか昔人々が忘れ去ってしまったくらいの遠い過去に南北の統一を果たした韓国。その地に紫音と黒鷹は足を踏み入ようとしていた。船が着くと船長は韓国の案内人らしき者を探し出し黒鷹たちが目指す地“JAPAN”について聞き出してくれた。韓国の人間からすると近き島その地については皆知っているようだった。その島はかつてアジアで一番の繁栄と栄華を誇ったと言う伝説としかし今は滅亡し現存していないという皮肉を込め、このあたりでは “エルドラド”と呼ばれているようだった。しかながらアメリカから上陸を禁止されており公に近づくものはいないという。船長は金で“エルドラド”の南の島であれば連れて行ってくれるという者を探し出し黒鷹たちはどうにか日本へ渡ることができたのだった。


数日分の食料と水を買い込み黒鷹と紫音は案内人の小さな船で日本に渡った。案内人は片言の英語でまた一週間後にここにくれば食料は調達してやるし、住めそうに無ければ連れて帰ってもやると言い残し二人を港に残すと逃げるように去っていった。

黒鷹と紫音は人っ子一人いない港にたたずんでいた。初めて母国の地を踏んだと言う感動よりは人気の無い不気味さに二人は圧倒されていた。しかし港の海には魚が泳ぎ見上げた空にはかもめが飛び交っていることからどうやら放射能の心配はしなくていいようにも見えたのだった。

紫音は黒鷹に肩を貸し港から出口と思われる方へ歩き始めた。港を出ると道路に建物が続いていた。アスファルトはひび割れ土がむき出しになっており両サイドのビルも朽ち果て埃をかぶり崩れかけたものがほとんどだったが遠方にはタワーのようなビルも見えそこは本当にかつては繁栄を極めたであろう痕跡を見てとることが出来たのだった。紫音はビルを見上げてつぶやくように言った。

「ほんとうにここに人が住んで生きていた時があったのね・・・」

黒鷹もあたりをゆっくりと見渡しながら頷いて言った。

「ああ・・・俺達の祖先が・・・暮らしていた・・・ここは俺達の祖国なんだ。」

少しの間立ち止まって見渡していた二人だったが意を決して歩き始めた。しばらく行くとアスファルトを割り地面から高く立ち上っている一本の大木が目にとまった。大きく太く成長したその木に二人は目を奪われていたがその数メートル位先に「HAKATA」と書かれた地下へ続く階段のような入り口があることに気が付いた。何故だかそこだけ比較的汚れが無く最近まで人が使っていたような痕跡が見て取れた。というのも道路の反対側にある同じような入り口は崩れて埋められたように閉ざされているのにそこだけは何度か補修を繰り返されたような跡があり安全に地下へ降りられそうな形跡が残されていたからだった。紫音と黒鷹は顔を見合わせて頷くとその地下の階段を下りていった。


下りながら暗くなるあたりに紫音は携帯用に持っていた懐中電灯を取り出し手にした。ボウッと照らし出されたその光の先には下へと続く階段と人が書いたであろう落書きが目にとまった。英語で「Fuck You!」とか「BITCH!」と書かれているものはアメリカでもよく目にしたが、漢字とひらがなが混ざった形で他にも色々と書かれていた。「日本よ永久に!」「大和魂」など漢字を全ては読み取れない二人にとって意味は理解できなかったが「さようなら」というひらがなで書かれた文字は見て理解することが出来た。

下まで降りるとそこは昔、地下鉄の駅として使われた場所のようだった。かつては車両が通っていたであろう窪みに向け周りを大きくえぐりながらさらに下に続く階段が作られていた。おそらくは手作業であったのだろういびつな造りでコンクリートを塗り壊れた鉄やコンクリートの破片をはめ込まれて造られたその細い階段を下りていくと少し広い踊り場に付いた。そこにはかなり頑丈な造りの金属で作られたと思われるドアが立ちはだかっていた。紫音は自分の肩から黒鷹の腕を外して黒鷹を座らせると一人でそのドアのハンドルを掴み下におろして引いてみた。ガガギギギイイー。大きな軋む音は立てたがその扉は開けることが出来た。紫音は再び黒鷹に肩を貸すと中へ足を踏み入れた。


そこはつい最近まで人が生活していたであろうと思われるシェルターになっていた。天井の高さは二メートルちょっとで部屋の広さは七十㎡くらい。センターには事務机があり埃をかぶった皿やフォークと一緒に書類が散らばっていた。周りには洗面のようなキッチンのような箇所があるしTOILETと書かれた部屋も別に作られているようだった。反対側にはベッドが三つ並べられ枕も毛布も乗せられていた。紫音は黒鷹を真ん中の椅子に座らせ別のドアも開いてみた。そこは食料の貯蔵庫になっていて缶詰やレトルト食品ミネラルウオーターが貯蔵庫の半分は残されていた。日付はとうの昔に過ぎていたが食べられなくもなさそうだった。紫音はセンターの部屋に戻るとベッドの埃を払い自分の着てきたコートを広げるとそこに黒鷹を横たえた。まだ少し発熱し咳き込む黒鷹に持ってきた薬を飲ませ心配そうに見詰めながら紫音は少し眠るように告げた。黒鷹は頷くと落ちるように眠りについた。その後も紫音はまだあけていないドアを開き資料室のような部屋や体を洗うことの出来る小さなシャワー室を見つけた。また自家発電をしていたらしくそのスイッチを入れてみると部屋の電気や水道など全てを使うことができたのだった。紫音はあわてて黒鷹の眠る部屋の電気を消し一人センターのテーブルに座りほっと胸を撫で下ろした。テーブルの上には積み上げられた資料の紙の束がありその中に数枚の子供の塗り絵のようなものが見て取れた。紫音は手元の電燈をその紙に照らし数枚をめくってみた。クレパスで色とりどりに描かれた子供らしいその絵からはこのシェルターの中で親子三人でむつまじく暮らしている様子が見て取れた。子供は自分にスカートを履かせ赤いリボンをつけていることからどうやら女の子のようだった。微笑みながら紫音が絵をめくっているとヒラリと一枚の紙が手元から落ちた。拾い上げて見て見るとそこには子供の字で「さいた。さいた。さくらがさいた。」と何度も書かれていた。それは紫音たちがヤマトで最初に習った母国の言葉だった。紫音は胸の内が熱くなりその瞳からポロリと涙がこぼれ落ちた。そして両手を合わせて目を瞑り神に感謝した。

(ありがとうございます。ここで暮らしておられた私達のご先祖さまと神に心から感謝いたします。)

紫音はここで暮らし子供を生み育てようと心に決めていた。こうして黒鷹と紫音の日本での生活の一ページが開かれたのだった

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