第33話 NC七七九年の夜襲
NC七七九年まだヤマトの民が移民として集落をなし定住して生活を営んでいた時代。ミコには緑尽と紫音の母・碧卯が在をなし、民は富んではいないが平和な暮らしを送っていた。村にはヤマトの昔から伝わる桜の木が満開に咲き誇り花見と称した宴があちこちで催されていたそんな季節だった。
十二歳になる緑尽は昼ごろから熱を出し八歳にまだなっていない紫音もその日は昼からぐずりがちだった。母親である碧卯はそばについていてやりたいが公務があり二人のそばを離れていた。
緑尽のそばに寝かされている紫音は緑尽に向かって話していた。
「お兄様。私気持ちが悪いの・・・今日は胸の辺りが苦しくて。」
そばで緑尽が高熱にあえぎながら紫音を慰めようと手を出しながら言った。
「大丈夫だよ紫音。横になってお休み・・・私も今日は気分が悪いんだ・・・」
紫音はこっくりとうなずいて隣の布団から手を出し緑尽の右手を握り締めた。緑尽の右手は熱で熱くほてっていた。紫音がその熱い緑尽の右手を掴んだとき二人の間に電気が走った。二人はそのまま宙に目を見開いたまま動けなくなってしまった。二人には同時に同じ光景が見えていた。緑尽が口を動かしその光景を語り始める。
「たくさんの乗り物で大勢の人が・・・ここに来る・・・殺し・・ている・・殺される・・いっぱいの人・・この村の・・・」
紫音が横で口を開いた。
「炎が海みたいにひろがって・・・おかあ・・さま・・?はくみ・・おばさま?真っ赤に・・着物が・・真っ赤に・・いやーーーーー!アアアーーーーーー!」
その声に女官があわてて二人の部屋に飛び込んできた。二人は離されそれぞれにあやしつけられる。緑尽も紫音も今見たことが何なのか自分たちで理解できないまま息を切らしていた。不思議なことにそれを見た後は緑尽の熱も引き紫音も気分が元に戻っていた。女官には言わなかったが二人は夕刻になり母・碧卯が戻った夕飯の席でそのことを告げた。碧卯とその夫である赤午は顔を見合わせ事の重大さを察知したようだった。すぐさま翁が呼び寄せられ相談が成された。
当時のヤマトは村といっても五千人余りが生活する大集団を成していた。すぐさま全体を移動させることは到底困難だったし、その攻撃の相手がアメリカなのか、はたして何時なのかそれすらも解らない今、打てる手段は少なかった。翁と当時の幹部五名はとりあえず緑尽と紫音の身柄を安全なところへ移すこと、パニックを避けるためにも動きやすい周辺に住んでいるものから少しずつ避難させること、その襲撃の時までに出来るだけの民を散らばらせることを決行に移した。碧卯は翁を捕まえてそっと耳打ちをした。
「翁あなただからお願いします。白酉に・・・白酉にだけはこのことを知らせておいてください。」
翁は碧卯の身を案じて子供たちと共に逃げてくれるよう頼んだが民の全てが避難するまでこの座を立つわけには行かないと碧卯はとどまる姿勢を決めているようだった。緑尽と紫音はすぐさま当時のクロコ・雪虎(青磁と黒鷹の父)により村から離れた安全な場所へと避難した。このとき青磁と黒鷹も同じように避難させられていた。
緑尽と紫音が予知した場面、その時刻は思ったより早くまた相手は大国であるアメリカだった。予知したその夜真夜中が回ったところで碧卯の屋敷に音も無くアメリカの兵士が乗り込んできた。簡単な木造の作りの引き戸が次々を壊され火を放たれた。逃げ惑う女官やお付の人間が次々と血飛沫を上げ殺されていく。ワーギャーという悲鳴の中アメリカの特殊部隊は碧卯だけを探して奥の部屋へと突き進んでいく。元師であるジャックが最後の扉を打ち破った時、周りを御簾で囲まれた台座の上に碧卯が座っていた。部屋の中は香のが焚かれ臭いが充満していた。ジャックの後ろで息を切らしながら立っていたサイモンはその白くボウっと光る御簾は中から何か電気の光で照らされているのだろうと思っていた。が落ち着いてよく見てみると周りにあるろうそく意外中から照らす電気のような設備はまったく見当たらなかった。驚くサイモンに父・ジャックはニヤリと笑い告げた。
「サイモンよ。私の感は当たっていたようだ。めでたいことになりそうだ。」
父の言葉にサイモンはその光は目の前にいるセキウという女が放っていることに気がついた。ジャックの合図で後ろの兵士がその御簾を破り落とすと光に包まれた碧卯が真っ白い着物をまとい立ち上がった。碧卯の髪は銀色というより白く輝き、その体の周りに浮かぶようにまとわりながらたゆたっていた。その瞳は血の様に赤く炎のように揺らめいていた。白い肌は粒子のような光を放ち瞳と同じく血のように赤い唇からゆっくりと言葉が発せられる。
「やはりお前たちか・・・私が目的なら民を殺す必要はあるまい!」
サイモンは始めてみる異種に明らかに動揺していた。及び腰になりながら前の父の横顔をチラリと盗み見たときサイモンの背筋に電気のようなものが走った。父・ジャックの横顔は碧卯の放つ光で白く照らされていたがその横顔には不敵な笑みがたたえられていた。この瞬間を本当に楽しんでいるかのような、いや目の前の獲物をどう料理しようかと考えているハンターのようにその眼差しは喜びと期待で大きく見開かれ輝いていた。サイモンはその父を心から尊敬し(この父のようになりたい!)と瞬間切望した。
父・ジャックは左頬に笑みを浮かべたまま碧卯の言葉には耳を貸さずに後方の兵に左手の親指を立て、さらにひとさし指を立てそののち手を振り指示を出した。その合図を見た兵士が一瞬のうちに二手に分かれ同時に碧卯に襲い掛かる。その時だった。二手に分かれた兵士は痛いほどの閃光に包まれた。全員思わず両手や両腕で目の前を被った。やがて光はゆっくりと止み兵士が眼を開いたとき目前には信じられない光景が繰り広げられていた。
桃や桜の花が咲き乱れ木々の小枝には鶯がとまりホーホケキョと時折さえずっている。白い玉砂利で作られた庭園の先・南側には赤い朱塗りの御殿が建っており御殿の下には透き通るような青い湖がこうこうと湧き出る水をたたえている。御殿の中には天女のようないでたちをした美しい女たちが宴の用意をして兵士たちを出迎えている。
「はよおおーーーお越しください・・・」
「はよおおーーーこちらへ」
スローモーションのように肩にかけた薄衣をなびかせながら美しい女たちが御殿の廊下から手招きして兵士たちを呼んでいる。その異国情緒あふれる風景に兵士たちは皆銃をおろしお互いの顔を見つめあいこの状況をどう理解していいものか戸惑っていた。兵士の一人が隣の兵士に語りかける。
「俺たち・・・極秘・・任務の最中だった・・よな?」
問われた兵士も面食らった表情を浮かべうなずきながらあたりの様子を見回している。
しばらくすると一人の兵士が目を見開いて南側の御殿の方を指差した。
「ああ!ママ!ママだ!どうして?」
もう一人の兵士も今度は東側を指差して叫んでいる。
「トミー!トミーだろ!俺の弟なんだ!どうしてここに!」
そう叫んで近寄ろうとする兵士にジャック元師が大声で止めた。
「行くな!とどまれ!」
サイモンをはじめ呆然としている兵士たちが一斉にジャックの方へ振り返った。ジャックはナイフを取り出し自分の左手に突き刺した。ジャックの体に痛みが突き抜ける。その瞬間ジャックの目の前は元の炎に包まれたヤマトの屋敷の中へ戻っていた。目の前にいる兵士たちは未だ夢の中らしくジャックの方へ向いてはいるものの周りの景色はジャックの見ている現実のものとは違ったものに見えているようだった。
左手から血を流しながらジャックは兵に向かって叫ぶ。
「幻だ!目を覚ませ!」
ジャックのその声に兵士たちはあたりを見回すが兵士たちの周りには変わらずのどかな美しい風景が繰り広げられている。その時母親を見た兵士が驚いた表情を浮かべる。母親が何者かに後ろから襲われていたのだった。
「助けておくれ・・・」
弱々しく叫ぶ母親に兵士は思わず母親を襲っている黒い影めがけて銃を放った。ドサッという音と共にその黒い影が崩れ落ちる。
さらに東側には弟トミーが何者かにナイフで襲われている。その身内の兵士も同じように弟の周りの数名に向け銃を放った。弟を襲っていた周りの数名も一瞬で崩れ落ちる。
「ああっ!」
一瞬のことにジャックが叫ぶ。ジャックの目の前には仲間同士打ち合いをし始めた兵士の姿が繰り広げられていた。
「おのれ!」
ジャックは白く輝く碧卯に向けて銃を放った。が。碧卯の白く輝く粒子のようなものに跳ね返され銃弾は碧卯に当たらない。続けて何発か撃ち続けるが弾はその白い光に跳ね返されていく。ジャックがそうしているうちにも兵士は仲間同士打ち合いどんどん数を減らしていく。
ジャックは己自信に語りかけた。
(冷静になるのだ。幾度と無く苦しい前線を突破してきた自分ではないか!冷静になって状況を見極めるのだ!)
そう自分自身に言い聞かせたジャックは輝く碧卯から目を離し素早くあたりを見渡してみた。すると碧卯の右手後ろの角に立てかけてある屏風の一部が小さくボウッと輝いている。
(あそこに何かおる!)
そう踏んだのは幾度となく危険な戦場を切り抜けてきた獣の感という他無かったがジャックには確信があった。迷わず腰の刀を振りぬくとその屏風めがけて振り下ろした。一瞬の間をおいて屏風が斜めに切り取られるとその後ろから赤午が姿を現した。赤午は正座して座り両手を合わせて祈る姿のまま右肩にジャックの刀をザックリと受けていた。赤午の肩の骨でその刃はかろうじてとどまっていると言う状態だった。赤午の白い着物は右肩から見る見るうちに赤く染まっていく。苦渋の表情を浮かべる赤午だが祈る姿勢を崩そうとしない。やがて赤午の体が小刻みに震え始めると同時に切れかけた蛍光灯の点滅の様に碧卯の体の輝きが瞬き始めた。ジャックは刀を抜こうとせず赤午に切りかかった姿勢のままその赤午と碧卯の状態を伺っていたが、さっと刀から手を離すと銃に持ち替え赤午をねらう構えを見せた。
「お前がこの女のバリアを張っておるな。そしてこの女は我が兵に幻覚を見せておる。」
碧卯は赤午の状態を解っている様だったが目を閉じ両手を合わせたまま残り二名になったアメリカの兵士を相打ちさせようと必死で思念を送り続けている。ジャックは後ろのサイモンの左手を掴み短刀でその手の平に傷をつけた。
「アウッ!」
サイモンは痛みに叫んだがそれと同時にサイモンの周りの景色はヤマトの屋敷へと戻っていた。サイモンの目の前には肩に刃を刺されたまま祈り続けている男に向け、父親が銃口を向けている。ミコの碧卯は最初より輝きを失っているようだが必死に両手を合わせて祈っている。とっさの状況を飲み込めないサイモンに向かって父ジャックが叫ぶ。
「私がこの男を撃つ!すぐにその女の輝きがなくなるだろう!その光はバリアなのだ!光が無くなったらその女を生け捕りにするのだ!」
後ろを振り向かず叫ぶ父の姿に圧倒されながらサイモンはただうなずいていた。その間にも残りの2人の兵士がお互いを撃ちぬき両者がドサッと倒れこんでいく。驚くサイモンを尻目にジャックが赤午に向け銃を放った。こめかみに銃弾を受けた赤午は一瞬目を見開いたがのけぞるように後ろへ倒れこんだ。それと同時に碧卯の体から白い光が消えていった。すぐにサイモンが碧卯に飛びかかろうとした。その瞬間サイモンの後ろから一発の銃声が響き玉がサイモンの左の髪の毛をかすめて過ぎ去った。驚いて後ろを振り向くジャックとサイモンの目の前には碧卯と瓜二つの女が銃を構えて立っていた。
「その女はミコではありません。私の影武者です。本当のミコ・碧卯は私です。」
そういいながら銃口をサイモンに向けゆっくりと近づいてくる同じ姿の女。ジャックは一瞬驚いた表情を見せたがすぐにまたいつもの不敵な笑みに戻った。
「聞いておるわ。お前が妹の白酉だな。いや本当にお前が碧卯なのかもしれぬ・・・どちらでも良いわ。両者共連れ帰るまでのこと。」
そう言い放つとジャックは祈る姿勢をとり続けていた碧卯の方へ走り出した。その時だった。碧卯は祈る姿勢をやめ小銃を腰から抜くと両手を広げ碧卯の正面に襲い掛かってきたジャックのこめかみに一撃を放った。驚くサイモンの目の前でジャックは眼を見開きながらゆっくりと後ろに倒れていく。
「チチウエーーー!」
サイモンは叫びながらジャックの方へ駆け寄った。ジャックは焦点の合わぬ眼差しで宙を見据えたまますでに息絶えていた。ジャックを抱きかかえながら背後を振り返ると瓜二つの姿をした碧卯と白酉が立っていた。片方は小銃をもう一方は長い銃をサイモンに向けて立っている。右側の女がポツリとつぶやくように言った。
「お前の父親が赤午にしたことと同じ事をしたまでのこと。」
目の前にいる化け物に対してサイモンはこれまでに持った事無いほどの憎悪が自分の内側に湧き上がってくるのを感じていた。こめかみの辺りに血管が浮き出し歯を食いしばってこらえるが殺したいと言う気持ちが自分のうちでどんどん膨らんでいく。
(自分が死ぬのはかまわない。その前にどちらか片方だけでも!)
そう思った瞬間に外部から手榴弾のようなものが部屋に投げ込まれた。シュルシュルという音と共に部屋中に白い煙幕が張られて行く。
(アメリカの援軍だ!)
咄嗟にサイモンは右側の女を撃ち殺し左側の女のみぞおちを蹴り上げ気絶させた。視界のきかない中、軍の訓練を受けてきたサイモンの瞬時の機敏な行動に碧卯も白酉もかなわなかった。ドカドカとマスクをしたアメリカ軍が部屋に入ってくる。サイモンを担ぎ出しながら兵士が問いかけた。
「お怪我は?」
その問いに首を横にふるサイモンだったがその眼から流れる涙は煙幕によるものなのか父ジャックの死を悼むものなのかサイモンは自分でも解らなかった。外に出たサイモンは痛みを伴う目を凝らし夜空を見上げた。涙でかすんでいるせいなのか沢山の星がいつもより近く大きく見えるような気がした。涙で月は揺れて見えたが三日月だと言うことが見て取れた。
「父上・・・」
ポツリとサイモンはつぶやいた。多大な喪失感と言い知れぬ悲しみが大きくサイモンの胸中に広がっていた。
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