愛憎!旅館内肉弾戦
カウナは、悩んでいた……。
最近、律の元気が、無い……。
「リツ!カナミの店のソバメシを買って来たぞ!共に食べようではないか!」
「……いい。父様が大好きだから父様と食べてろ」
「…………そうか」
「リツ!聞いてくれ!トキオが変テコなことを言ったのだ!まずな……」
「……椎名が変テコなのはいつもだ……一人にしてくれ……」
「…………そ、そうか」
原因は……何となくだが……カウナは分かっている。
正文だ。
夏休みに入ってからというもの、正文は三日に一度の割合で磐梯神社に現れ、律を冷やかしたり、カウナと毒にも薬にもならない、しょうもない話をして笑っていたのに……。
シェーレを保護してからというもの、正文は律の周囲へ来ることを、止めた。
以来、神社で働くカウナの目の前で、皮肉を言う喧嘩相手を失った律は、みるみる元気を失くしていった……。
先日、昼飯に出かけた筈の律が、早々に戻って来たことがあった。
その日ーー
「マちゃフミ、きょうシェーレとおでかけしたのョ」
ペンションでの団欒時、ティセリアの言葉に、カウナは耳と尻尾の先の体毛が逆立つのを感じた。
「きれーなお花ばたけがあるゅ。シェーレうれしそーだったゅ。あたしも明日シュージとユキエにつれてって貰うゅ〜」
……気に入らなかった。
律を差し置いて、シェーレと……!
カウナはつくづく、今の正文が……気に入らなかった……!
思い立ったら即行動が、カウナの……ルーリア人の性分である。
「行くぞ!リツ!」
「は!?」
「マサフミに文句言ってやる!」
「はぁ!?」
意気揚々と、カウナは腕輪型通信機を操作しーー
「来い!ゼールヴェイア!!」
神社の境内に、愛騎ゼールヴェイアを呼び出す。
「おい!?止めろバカ!バカウナモ!こんな場所で呼ぶなウワーーッ!!」
稲妻の如き衝撃音を伴い、次元の壁を割って顕現した細身の巨大ロボに……全長十八メートル余りの巨人に参拝客はひっくり返り、律は呆れ果て、口を開けたまま棒立ちになる。
もし……今のカウナ自身の予想……妄想が的中していたら……。
急がなければ!
此処、磐梯神社から中ノ沢温泉までは車でおよそ三十分掛かるが、
正文を責めるのだ!
…………。
これで律のことを愛する男は我一人……なんて考えは、カウナには微塵も無い。
****
そして、今現在ーー
「え!?何!?決闘!?マジ!?」と、文子が瞳を輝かせる中。
「マサフミ!男らしく出て来いッ!我と決闘せよッ!!」
カウナは平沢庵のロビーで声高に叫んだ。
「か、帰る!帰せ!!」
「マサフミ出て来い!」
「無視するな!」
「マサフミーー!!」
「カウナモーー!!」
無理矢理同行させられた律は、何とかカウナの手を振り解こうとしたが、律の手を確と握るカウナの手はびくともしない。しかも、やや汗ばんで気持ち悪い!
やがてーー
「やかましいぞ!!」
床板を踏み締める音がして、土産売り場の磐梯山タペストリーの影から、不機嫌面の正文が姿を見せた。
「カウナモに……律……!?」
律の顔を見た途端に、正文の表情に僅かな焦りが滲み出たのを、カウナは決して見逃さない。
「……っ!」
同時に……握り締めた律の手が強張って……。
嗚呼、正文は律に対して後ろめたい気が……。
律は未だに、正文のことが……矢張り……。
友情……恋……嫉妬……苛立ち……。
カウナの中のあらゆる感情が、ぐちゃぐちゃにまざくり合いーー
「この破廉恥マサフィーーーーッ!!」
気付けばカウナは、両腕をX字状に交差させ、凄まじいスピードで正文に突進していた。
「な……っ!?」
訳が分からないが、それでも、猪苗代の大自然で培った反射神経で、正文はカウナを真正面から受け止める!
!!!!!!
それでも、カウナの細く見える外見に反して、鍛え抜かれた強靭な筋肉から生成された慣性を相殺することは出来ない。
「な、何をしている!?や、止めろーーッ!!」
静止を求める律の叫びも、二人の男には届かない。
組み合った正文とカウナは、慣性に身を委ねたまま、ゴム鞠のように、平沢庵のロビー内を跳ね回る。
「何のつもりだ!?正気か!?カウナモ!?」
「もう貴様は気安くカウナモと呼ぶな!我をカウナモと呼んで良いのはリツだけだ!!」
「な……っ!?」
カウナの発する怒気に充てられて、正文はたじろぐ。
情けない、焦燥の表情。カウナは正文を顔で嗤って、心で恥じてやった。
「……前までの貴様なら……」
「な……!?」
「前までの貴様なら、『ヘイどうしたカウナモ?何をカッカしてる?お前の頭でバーベキューでもやるか?』なんて軽口でも叩くだろうさ!」
「カ、カウナ……!?」
「リツのことはどうでも良いか!?」
カウナが歯を剥き出しにして、怒りの情を迸らせた。
刹那、カウナの素早く洗練された動作から成る回し蹴りが、気圧された正文の脇腹に炸裂!
「ぐっ!?」
正文の身体は、文子が折角朝一で活けて飾った花数点を巻き添えに、大浴場へと続く廊下を数メートル吹き飛び、廊下の中間点で、まるで土下座をするようなポーズで停止した。
こつ……こつ……。
平沢庵は土足厳禁。わざわざ靴を脱いだカウナの規律の良い足音が正文の鼓膜に侵入し、平静を乱す。
「……リツを蔑ろにして、シェーレ卿へと鞍替えか……!?」
「…………!」
「記憶を失ったシェーレ卿……!さぞかし破廉恥な貴様には……御し易いレディに見えたろうな……!」
やっと、カウナの怒りの原因が理解しかけてきた……廊下に這いつくばったままの正文を、対するカウナ本人は冷たい……軽蔑の瞳で見下ろした。
「あの日の……あの夜の誓いを忘れたか……!?マサフミ!?」
「…………」
「いずれリツの愛を賭けて、戦おうと……あの月下の誓いはどうした!?」
若干、声が涙混じりになって来たカウナを。
「我は……貴様を軽蔑しなければならない……!」
「………………!」
正文はしばらく、ただじっと……睨め上げていた……。
****
普通、若者同士が諍いを起こした場合、仲裁をするのが年長者の常である。
だが……。
「こ、これよ……!私が観たかったバトルはこれなのよっ!!」
最近、正文が女湯覗きを絶っていたお陰でフラストレーションが溜まっていた母文子は、目をぎらつかせ、興奮の面持ちで正文とカウナの戦いを観ていた。
ぶつかり合う、研ぎ澄まされた肉と肉!骨と骨!技と技!心と心!
二人の動機がどうあれ、未だ体内に充満している若かりし時の……不良グループマクベスの
拳を握り締め、文子(三十七歳)は声高に叫んで主張する!
「正文ッ!カウナちゃんッ!砕け散るまで戦えッ!!」
続く
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