俺の話を聞け!



「まさか……」



 少女を背負いながら、正文は午前中に起きたエクスレイガとレガーラの戦闘を思い出していた。


 レガーラのパイロットが行方不明だと、シーヴァンたちも大人たちも慌てていた……。


 まさか……?



「あのレガーラバカデカい奴に乗ってたのは……アンタか……?」



 正文の質問に、未だに意識が混濁の奥底にある少女が応える事はなく……ただ、微かに震えながら、正文の背中に身を委ねていた。


 背中から伝わる、心拍数は……正常。


 正文はどうしたものかと溜め息を吐きながら思考する……。


 病院に連れていく?駄目だ、大騒ぎになる。


 イナ特基地は?此処からは時間が掛かり過ぎる。


 基地よりも……。



平沢庵うちに連れてった方が早いな……」



 思い立ったら即行動。


 正文は少女を背負ったまま別嬪号を停めた所まで戻ると、少女の下半身が衆目に晒されないよう、座席下のアタッシュケースからブランケットを取り出し、少女に巻き付けた。


 続いて正文がシートに跨り、少女の両手を自身の腰に回し、デニムのベルトで巻いて固定する。


 最後に少女の頭にヘルメットを被せれば……これで完了。


 何処からどう見ても、バイクに二人乗りをするアベックだ。



「ヒューーッ!」

「アツイね!お二人さ〜〜ん!!」



 近所に住んでいるのだろう、高架路を歩いていた小学校低学年と思しき男児たちの野次が、正文の巧妙な偽装を確証してくれた。



「お兄さんみたいな人、送りオオカミって言うんでしょ?」



 何処でそんな言葉覚えやがったマセガキ。


 正文は心中で悪態を吐きながら、外面ではニヒルな笑みを顔面に貼り付け、ちょっと気取った動作で別嬪号のアクセルを噴かす。



「「か、かっこいい……!」」



 野次を飛ばしていた時とは打って変わって、正文の動作にときめく男児たちにエンジン音を投げ付けて、正文は帰路を急いだ。



 無論、法定時速は守りつつーー。



 高架路を降り、貸しスキー店の前を通過し、真理子が勤めるスーパーマーケット前を通過し、深緑映える磐梯山を左手に眺めながら、走ってーー走ってーー!


 途中、愛弟の学び舎である小学校の横を通過した時。


 長瀬川の、酸化鉄の赤い川底が夏の日差しに輝き、少女の波打つ赤髪を一層鮮やかに染め上げた……。





 ****





 正文が中ノ沢温泉街に帰り着いた時、平沢庵の門前に大型バスが一台泊まっているのが見えた。



ZECTゼクト警備保障御一行様!いらっしゃいませ!ようこそ平沢庵へ〜〜!!」

「「お世話になりま〜〜す!!」」



 塀越しに正文が聞き耳を立てると、文子の至極態とらしい余所向けの声(真理子曰く『気持ち悪りぃ声』)が聞こえた。


 団体客が来るのはもう少し早かった筈。渋滞でも起きていたか……?


 帰宅したら文子に少女の件を報告しようとしていた正文は、「チッ」と少女を背負ったまま不満をはらんだ舌打ちを一つした。


 しかし……想定外ではない。


 正文は、少女の尾鰭をしっかりと抱えると、宿の裏戸を開け、忍び足で裏庭を渡り……。


 そして、母屋の勝手口に辿り着いて、正文は母屋のーー台所を見渡した。


 誰もいない。ハルナとナルミは文子と同様に客を出迎えているだろうし、修二とゆきえはティセリアたちのペンションに遊びに行っている。


 取り敢えずひと段落。正文は安堵の溜息を吐いた。



 未だ眠り続ける少女は、かなりの美少女だったが、流石の正文も、この状況で破廉恥な気は起きない。


 早くこの人魚姫を布団に寝かせて休ませなければ。


 正直まさなおや文子には、然るのちに報告。真理子やシーヴァンたちにも報告を送れば、それで良いだろう。



 あれこれと考えながら、正文は少女を背から降ろそうとしたーー。



「う……っ!」

「なっ……!?」



 突然、少女が正文のデニムを掴んだ。まるで、正文の背から離れるのを嫌がるかのように。



「おいおいおいおいっ!?」



 少女によってデニムは引き摺り下ろされて、正文はボクサーパンツ一丁の状態にされてしまった。


 流石の正文もこの状況には慌てた。


 気を失った少女を前に、パンツ一丁の男!


 もしこの様を誰かに見られたら……!


 性犯罪者に間違われてしまう……!


 何とかして正文は少女の手からデニムを離そうとしたがーー!



「なんだコイツ!?離れねぇ!!」



 気を失っているにもかかわらず、少女はデニムをがっきと掴んだまま微動だにしない。


 焦燥の汗が、正文の額に浮かび上がった。




「…………正文?」




 背後から聞こえる男の声に、正文は凍り付いた。


 正文の全身から、恐怖の冷や汗が溢れ出る。



「……なにを…………してるんだい…………?」



 正文は、ゆっくり……ゆっくり背後を振り向いた。



「……………………OH………………」




 父正直まさなおが……其処に立っていた。



 終わった……。正文はそう思った。



 恐れていたことが……最悪の事象が……現実になろうとしていた……。



「……………………」



 正直まさなおはしばらく……能面めいた無表情で、パンツ一丁の正文と床に倒れ伏している少女を交互に見てーー。



「お、親父……」

「……………………」



 正直まさなおの瞳から……光が消失していく……。


 正文には父の目付きに見覚えがあった。


 この目付きは……時緒が……怒りに我を忘れた時の……!




「親父……俺の話を聞いゴフオオオッッ!?!?」



 戦々恐々、状況説明を試みようとした正文の顔面に、正直まさなお渾身の正拳突きが叩き込まれたーー!



「ギャ………………!!」




 正文の視界が真紅に染まる!


 正文をしても避けること不可能な恐ろしく早く、恐ろしく重い正拳突き!一発だけではない!二発、三発、四発!さらに続く!



「情けない……ッ!」



 愛息子の不貞に咽び泣きながら、正直まさなおは猪苗代最強の鉄拳を正文へと叩き込み続けた。



「女湯覗きだけじゃ飽き足らず……何処ぞのお嬢さんを垂らし込んで……ッ!嗚呼…情けない……ッ!」



 拳を受ける度、グチャグチャと水気を帯びた破砕音を放ちながら、正文の身体が跳ねる、跳ねる。



「……………………」



 正文は悲鳴一つあげない。


 最初の一撃で、正文の意識は綺麗さっぱり吹き飛んでいたからだ。



 ーー正文の金的ウイークポイントを攻撃しなかったのは、正直まさなおが今持ち合わせていた限界ギリギリの慈悲であった……。






 ****






『ルーリア騎士、シェーレ・ラ・ヴィース卿を、我が家の長男が無事保護』



 文子からのメールが時緒たちイナワシロ特防隊組、ならびにシーヴァンたちルーリア組に届いたのは、暑くて長かった夏の一日が終わろうとしていた……ひぐらし鳴く夕暮れ時だった……。




 続く

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