第68話
でも、自分の臭いが気になって素直に甘えることもできない。
あたしは手の甲で涙をぬぐい、息を吸い込んだ。
「部室棟には休憩する場所がなかったの。授業時間になったら、本館に移動しよう」
あたしは悲しみを押し殺して、そう言ったのだった。
☆☆☆
それから2人で屋上へと移動していた。
テントを張っていた場所から一段高くなっている諸水槽の影に隠れて、身を寄せ合う。
今日は天気がいいからこうしていられるけれど、雨が降ればここにいることも難しくなるだろう。
「そのハンマー、ずっと持ってるのか?」
聡介があたしの右手に視線を落として聞いてきた。
木工教室から持ち出してきたハンマーはしっかりと握られている。
それでも女子生徒たちはあたしを見ても恐れなかった。
あたしが商品だからか。
もともと攻撃できないと思っているからか。
あるいは両方かもしれない。
「うん」
あたしは短く答えてハンマーを見下ろした。
いずれ、これを使わないといけないときが来るかもしれない。
その時は人間に向かって振り下ろすのだ。
あたしは左手で右手首をつかんだ。
できるだろうか?
自分を殺そうとしている人間を、こちらから殺すことなんて……。
その時、聡介があたしの手を握りしめてきた。
「俺がいるから、きっと大丈夫だから」
その言葉に心底安心する。
聡介がいてくれればどうにでもなる。
そんな風に思えるのだった。
☆☆☆
その場所から動かないまま時間は過ぎていき、あっという間に夜になっていた。
空には星空が輝き、狩の時間が始まったことをアナウンスが告げる。
「どうする? 逃げるか?」
聞かれて、あたしは左右に首を降った。
もっとずっと、この星空を見ていたいと思っていた。
満点の星空は今にも落ちてきそうなほど輝いている。
立ち上がって手を伸ばせば届きそうな距離。
だけどあたしたちはここにとどまっていて、ここから出ることはできない。
校舎内から足音が聞こえてきた。
あたしたちを探して階段を駆け上がってくる1人分の音。
聡介がハッと身構えて出入り口へ視線を向ける。
貯水槽の影に隠れていれば、少しの間ならやり過ごすことができると思う。
だからあたしは「聡介はここにいて」と声をかけて、ひとりで入り口へと向かった。
「恵美!?」
聡介が呼んでも振り返らなかった。
ハンマーを両手で握り締めて力をこめる。
足音はどんどん近づいてくるけれど、あたしの方が一足先にドアの前に到着していた。
ドアノブが回り、ギィと音を立ててドアが開く。
あたしは相手の顔を確認する前に、その頭へ向けてハンマーを振り下ろしていた。
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