第61話

☆☆☆


この日も屋上は平和だった。



こちらから出て行かない限り誰もこない。



でも、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。



「俺、ちょっとトイレ」



授業時間中、大志がそう言ってテントから抜け出した。



片手にハンマーを握り締めて屋上の鍵を空ける。



誰もいないのを確認して階段を降りていったと思った矢先のことだった。



途端に廊下から大志の悲鳴が聞けてきたのだ。



あたしと花子は目を見交わせてドアへと駆け寄った。



そこで見たのは腕を切りつけられた大志が階段を駆け上がっているところだった。



「大志。どうしたの!?」



それに答える余裕もなく駆け上がってくる大志。



手を伸ばせば届く距離だ。



そう思った瞬間、大志は誰かに足をつかまれ転倒していた。



「やめろよ! 離せ!」



大志の足をつかんでいるのは大柄な生徒だった。



「ははっ! ちょっとトイレに行こうと思って教室を出たら商品になったお前がいるんだもんなぁ。まじでラッキーだぜ!」



男子生徒はカッターナイフを握り締めている。



あれで切り付けられたのだろう。



「大志、ハンマーは!?」



「んなもん、どっか行った!」



必死に逃れようともがきながら叫ぶ大志。



突然襲われて手放してしまったのかもしれない。



「女2人か。待ってろよ、こいつ殺したらすぐに遊んでやるからよぉ」



男子生徒が舌なめずりをするのを見てサッと血の気が引いていった。



早く大志を助けて屋上へ戻らなきゃ!



武器を取りに戻るため体を反転させたときだった。



花子が両手で力をこめてドアを閉めたのだ。



え……。



花子がなにをしているのか咄嗟には理解できなかった。



あたしは唖然として、鍵をかける花子を見つめた。



「な、なにしてるの!? 外に大志がいるのに!」



「相手はカッターを持ってた。あれで切り付けられたら逃げられない」



花子が小刻みに震えながら言った。



「なに言ってるの? こっちにだって武器はあるんだから!」



「テントに戻ってる暇なんてない!」



花子の叫びに絶句してしまった。



同時に廊下から大志の絶叫が聞こえてきた。



愕然としてドアを見つめる。



キュッキュッとシューズの足音が聞こえてきたかと思ったら、軽いノック音が聞こえた。



2回だ。



あたしはゴクリと唾を飲み込んでドアを見つめた。



「俺だ。大志だ。開けてくれ」



それはとても静かな声だった。



花子が左右に首をふる。



また、ノック音が聞こえてきた。



今度は3回。



ハッとして息を飲むが、花子は動かない。



「番号は?」



その代わり、ドアの向こうの人物に静かな声で質問していた。

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