第41話

物音はなにも聞こえてこなかったはずだ。



でも、今なら廊下へ出ることができる、チャンスだ!



そう思ってドアへ顔を向けたその瞬間、先生と視線がぶつかった。



「キャアア!」



思わず大きな悲鳴を上げていた。



あたしの真後ろでしゃがみこんで、こちらをジッと見つめている先生。



「やぁ」



先生はニタァと笑顔を浮かべてきた。



全身から血の気が引いていく。



そんな、いつの間にあたしの真後ろまで移動してきたの!?



先生の手が伸びてきてあたしの髪の毛をわしづかみにした。



そのまま作業台の下から強引に引きずり出されていた。



髪の毛がブチブチと抜ける音が耳元で聞こえてきて激痛が走る。



「痛い! やめて!」



叫んで暴れるが、筋肉質な先生にはかなわない。



先生は片手であたしの髪の毛を鷲づかみにして無理やり立たせた。



「君は北上くんか」



先生がグッと顔を近づけてくる。



血なまぐさい匂いが鼻腔をくすぐり、また吐き気がした。



「お願いです助けてください。殺さないでください」



震えながら情けなく懇願するしかなかった。



視線は自然と作業台の上に置かれた一の遺体へ向かってしまう。



あたしもあんな風に食べられてしまうんだろうか。



そのとき先生が目の前で大きなゲップをした。



「悪いけど、生きている人間を食べたいとは思わないんだ」



先生はそう言うとあたしから手を離した。



咄嗟に逃げようとしたけれど、腰が抜けてしまったようでその場に座り込んでしまった。



「死んだ人間なら食べるけどな」



そう言って先ほどまで座っていた席へと戻っていく。



そしてまた黙々と一の体を食べ始めたのだ。



あたしは唖然としてそれを見つけていた。



とにかく、先生はあたしに危害を加える気はなさそうだ。



もちろん油断はできないけれど……。



あたしはどうにか立ち上がり、ヨロヨロとドアへ向かって歩いた。



廊下に誰かいるかもしれないと思い、少しだけドアを開けて確認する。



暗がりの中月明かりだけじゃよく見えない。



「他の先生たちは狩が目的だから、気をつけたほうがいい」



後ろから声をかけられて振り向いた。



先生は相変わらず食事を続けていて、こちらには視線も向けていない。

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